活躍する泉萩会会員

石井 武比古さん

S32年物理学科卒
石井 武比古さん

【現在】東京大学名誉教授
元日本物理学会会長


1934年生まれ。1957年東北大学理学部物理学科卒業、1962年同大学大学院理学研究科博士課程修了。 1962年同大学理学部助手、1968年助教授、1979年筑波大学教授、1983年東京大学教授、1995年定年退官、東京大学名誉教授就任。 1995年日本人事試験研究センター特別参与、1996年タイ国立放射光科学研究センター総轄学術研究専門官、1997年-2005年スラナリー工科大学教授。 1990年日本物理学会会長、1991年日本放射光学会会長。1967年愛知敬一記念賞、2003年タイ国立放射光科学研究所功労賞、2005年タイ王国勳4等ディレクナボーン勲章受賞。

今回訪問したOBは、S32年物理学科卒の石井武比古さん。石井さんは物理学科をご卒業後、昭和37年本学にて博士課程修了。ご専門は「放射光」で、日本物理学会会長や日本放射光学会会長なども務めた方です。石井さんへのインタビューを通して、理学部物理系同窓生の活躍をご紹介します。


―石井さんのご専門「放射光」について、教えてください。

 電子加速器の中では、電子は、円運動のような加速度運動をしているんですね。電子が加速されると、電磁波を出すんです。その電子の速さが光の速さに近づくと、相対論的な効果によって、発生する電磁波が、ちょっと変わったものになるんですよね。

 普通は、アンテナから出てくる電磁波のように四方八方へ出て行くのですが、それが、その電子が進んでいく方向に集中していきます。ですから、レーザーみたいに(そもそもレーザの原理とは違いますが)非常に細いビームの光で、連続スペクトルを持っていて、強度がものすごく強い。波長が連続なので、いろんな波長の光を、自分が好きなように選び出すことができるのです。しかもその光は偏光です。

 この世の中で、私達は、研究や照明に使うために、いろいろな光の発生装置を作るわけですが、ある波長領域に対しては、強い性質の良い光って作れなかったんですよ。波長で言えば180ナノメートルくらいの真空紫外線よりももっと短くて、X線の領域と言っても構わないかな。そういう領域です。実は、波長が長い方では、レーザーというものすごく良い光があるわけですけど、短い方ではなかったので、放射光がいろいろ役に立つわけです。

 それだけの話なのですけど。要は、非常に強いX線が出るという具合に思ってくれれば良いんですよ。X線って、いろんなものに使われていますけど、いつも弱かったわけです。そのX線の強度が強くなると言うと、いろいろなことがまたできるようになるわけです。それが「放射光」。

 さらに、私の専攻は分光学です。物質に吸収されル光や物質からの発光のスペクトルを調べる学問です。特に光電子分光です。固体に光を照射した時に飛び出してきた光電子のエネルギーを分析して、固体の成り立ちがどうなっているかとか、あるいは固体の表面がどういう具合にできているかとか、そういうことを調べる専門家です。

 ところで、物理の世界では、光のことを「放射」と言うんですね。放射線とは違うんですよ、「放射」ですから。電子加速器のひとつである「シンクロトロン」のベンディングマグネット〈偏向磁石)という磁石の中で、電子軌道が曲げられるときに見られたのが最初でした。ですから、人々はそれを「シンクロトロン放射」と呼ぶようになったんですね。

 そして、日本では、シンクロトロン放射を使って、いろいろな研究をするために、いろいろな研究分野の人たちを結集したわけですが、そこでは、相応の研究費が必要になるでしょう。ところが大学や研究者が予算申請をするときに、「シンクロトロン放射」と言ってもね、理解してもらえない、ということが起こる。だから、当局にわかってもらえるような、そういうネーミングにしたいと言い出す人達がいたのです。

 誰かからの入れ知恵があったのでしょうが、生物学の人達ですよ。「放射光というのは、いかがでしょうか」と言ったのは。我々物理学の人間は、それを馬鹿にして、「馬鹿なことを言ってもらっちゃ困る。放射は光なのだから、放射光なんて言ったら、『真っ暗な闇夜』って言っているようなものだ。『馬から落馬』の類のね。だから放射光という名称は絶対に駄目だ」って言ったんですよ。

 けれどもやっぱり、多勢に無勢でね。「放射」っていうのが何だかわからない人には、「放射光」と言っても、それは「光光」って言っているのと同じなんだってことは、どうせわからないですから。『「光」って言葉が後ろについていれば、何となくそれは光なのかな、って思ってくれるから、「放射光」にして下さい』、と言うことで、「放射光」になっちゃった。

 日本独特のネーミングです。実に悪いネーミングだと、専門家は言うのです。ところが、お隣の中国では、素晴らしい名前を、彼らは付けた。中国では、日本人が昔呼んだ輻射(ふくしゃ)という言葉を、そのまま残したんです。中国語では「ふうしぇえ」と発音するらしいですよ。「シンクロ」は日本語で「同期」ですよね。中国では「シンクロトロン放射」を「同歩輻射」と書いた。意味は一目瞭然でわかるけど、発音してもらうと、実に良い響きなんだよなぁ。「ドンプウ・フーシェ」。

 こんな変な呼び方をしているところは、日本の他にないですよ。「放射光」とはそういうものです。その「放射光」を使って、いろいろやるんです。「放射光」って、応用が多岐に渡るのですよ。

―「放射光」には、どのような応用があるのですか?

 今、いろいろなところに、結構使われています。いろいろあるのですが、考古学にも使われるのですよ。歴史を辿って話をすると、面白くなくなっちゃうので、ある学会の時の話をします。あれはだいぶ前の話だな。その頃ちょうど、パリの街あげてのお祝いがありました。

 ナポレオンの墓が、修理が終わって綺麗になったんです。ナポレオンが棺の中にいるんです、未だに。その頃、工事のためにナポレオンの墓を空けたらしいんです。ナポレオンの遺体は非常に貴重なものですよね。そんな貴重なものには、触っちゃいけないわけですよ。けれどもそれを、触った科学者がいるんだな(笑)そして、髪の毛をちょっとだけ、いただいたらしい。勿論、無断ではないですよ。その髪の毛を、「放射光」を使って分析したの。

 日本では、この間、和歌山毒入りカレー事件の死刑判決が確定しましたよね。あの時、砒素の分析に用いられたのも「放射光」ですよ。けれども、カレー事件のだいぶ前に、フランスの研究者が、ナポレオンの髪を分析したんです。その結果を学会で発表した。彼は何と言ったか。

 「ここ百数十年間の長きにわたって、世の中に語り継がれた噂がある。ナポレオンは、イギリス人に殺されたのだ」ってね(笑)。会場は大爆笑ですよ(笑)。何故ならば、国際学会ですから、会場にはイギリス人の先生もいるわけです。

 では、イギリス人はどのような手段を使ってナポレオンを殺害したと言われていたのか。「毎日の食事に砒素を入れたのだろう」と言われていました。いきなりやったら死んじゃうから、毎日少しずつ入れていた。もし本当にそんなことをしていたら、髪の毛に砒素が蓄積されている。だから、ナポレオンの髪の毛について、砒素を調べたわけです。

 その結果、ナポレオンの髪の毛の中に含まれていた砒素の量は、(試料が少ないため誤差が大きく、あまり精度が高い実験はできなかったのですが)通常、我々の髪の毛の中に入っている砒素と比べると、ナポレオンの髪の中の砒素の方が多いとは言えない、という結論で話は終わった。

 それから、後日、パリの大きな化粧品会社の研究員が、ESRF(欧州放射光施設:European Synchrotron. Radiation Facility)を使って、博物館にあったエジプトの遺跡から出たあるものの化学分析をしたのです。実はそれはエジプトの遺跡の中で発見された小瓶だと言うのです。それの中身は、化粧品だった。昔のエジプトの女性が、目のまわりをはっきり見せるために使う真っ黒な物質、あれだと言うのです。

 けれども、その瓶は開けられません。開けると、中身は空気に触れて化学変化し、変わっちゃうかもしれない。非常に貴重なものですから、その価値たるや、ものすごいものですよね。何千年も前のものですから。それを、「放射光」なら、強いので、小瓶を開けなくとも、X線は完全に透過するから、中身を分析できるのではないか。そして、やってみたの。そしたら、できたの。

 結果、その中の化学物質には、鉛が入っていた。つまり、毒だって言うの。だから、あれは化粧品ではなくて、目に虫が入らないようにした薬じゃないか、というわけです。

 そもそも「放射光」を考古学に応用しようとしたのは、どこからはじまったかと言うと、日本なんですよ。ある人が、昔の記録文書に使われた墨はどんなものだったのだろう?と分析したのが、はじまりなのだけど。今は、ものすごくいろいろな応用があって、「放射光」はいろいろな方面に応用されているらしいですよ。

―「放射光」の歴史的な流れについても、教えてください。

 「放射光」が役に立ちそうだということを、最初に世の中へ示したのは、米国コーネル大学のトンボリアンという先生です。そのトンボリアン先生が、「放射光」の性質を調べて、理論の教える通りであると、実験で示した。これは非常に珍しいことで、理論の方が先行した。

 その理論を打ち立てのは、ノーベル物理学賞受賞者のシュヴィンガー先生。素粒子・高エネルギー物理学の大先生です。実は、電子加速器にとって非常に厄介なのは、加速度運動をする電子が「放射光(シンクロトロン放射)」を出して、エネルギーが減衰してしまうことなのです。高いエネルギーの加速器を作るには、この大問題を克服しなければいけなかったんだね。

 それで、シュヴィンガー先生が、「放射光」とはどんなものなのだろうと調べた。ロシアの科学者もやった。名前は忘れました。真空中を加速度運動する電子が、磁場で曲げられたときに、どんなことが起こるか、理論的に調べたんだね。その結果、非常に指向性が良くなるとか、スペクトルは連続スペクトルであるとか、強度が非常に強いとか、スペクトルはこんな格好をするとか、偏光であるとか、そういう「放射光」のすぐれた特性と言われているものを全部、理論で予測したのです。

 それで、本当にそうかって言うんで、トンボリアン先生が調べて、「その通り」ということになった。そうなれば、他の目的にも使えることになる。そこで、そういう施設を持っている大学や研究所に人が集まって、それを利用して、どんな研究できるかっていう検討が始まったの。

 圧倒的に先を走っていたのは、アメリカのNBS。応用研究として素晴らしい研究が出てきたんですよ。「放射光」でしかできないような、うわぁとびっくりするようなデータで出てきていた。

 ところが、それは原子・分子の吸収スペクトルの話だったのです。だから、原子ではなくて、固体に応用したら、さぞ素晴らしいことができるのではないか。と言うんで、固体でどのような応用の仕方があるだろう、という研究を世界中でやったわけです。その時に、突如、東京から、固体のスペクトルで、これまでは絶対に測ることができなかった、驚くべきスペクトルが出たのです。

 それでね、佐々木泰三さんから聞いた面白い話しがあります。後でESRF(ヨーロッパ18カ国共同開発のフランスにある第3世代放射光施設)のサイエンスディレクターになったクリストフ・クンツという私の親しい男がいたのだけど、彼の話が面白くって。当時、そんな新しいことをやるのは、若い連中ばっかりで、年寄りは何も知らない。「俺達が新しい世界を切り拓くんだ」ってね、鼻息荒かったわけだ、みんな。

 ところが一人だけね、白髪の年寄りがある研究会にやってきて、一番前の真ん中の席に、どかっと座った。クリストフ・クンツが、金属の電子状態の話をいろいろ説明した時に、そのおっちゃんが、いろいろ質問をして、茶々を入れる。休憩時間になって、彼がコーヒーを飲んでいたら、そのおっちゃんがやって来て、「君の研究はなかなか面白い。将来うんと発展するだろう。こんなことをしたほうがいいぞ」と、挙句の果てには訓示をたれる。

 それでクリストフ君は、「この分野じゃ、俺が世界の第一人者だ」なんて思っているから、「何だ、このおっちゃん、その態度は。生意気だな」と思ったんだそうだ。若いというのは、元気があって、馬鹿なのだけど、クリストフ君は、自分が馬鹿だとは思っていないから、我こそは、と思っているわけだね。

 「お前風情に指図されるいわれはない!」と思ったんだと。とうとうしゃくに触って、「Who are you?」と訊いたたんだって。そしたら、その先生はすかさず、「Sir Nevill Francis Mott」って言ったんだってさ(笑)

 ネヴィル・モット先生は誰でも知っている、固体物理学の世界では、神様のような人ですよね。モット先生が書いた教科書は、バイブルですよ。「波動力学」という教科書と「イオン結晶中の電子現象」という教科書をわたしも持っています。

 そういうことで、「放射光」っていうのは、一時期ものすごくブームになって、もてはやされました。けれども、何しろそれに関与する人が、私も含めて、新人類だったから、古い人達から睨まれて、あまり恵まれなかった。放射光は非常に優秀な道具ですからね。やがて、その応用研究が盛んになっていきました。そのうちに、だんだん生物学への応用が主流になってきました。たんぱく質の構造解析とかも、やれるようになってきて。
各種工学、基礎物理学、応用物理学、化学、鉱物学、生化学、臨床医学などの分野で、広く利用されています。

 もう、今では、「SPring-8」に行ってみてもそうですけど、生化学や生物学の人達が、肩で風切って歩いてますよ。我々物理屋は、小さくなっちゃって。昔は我々が肩で風を切って歩いて、皆で、「あの連中は馬鹿だ」なんて言っていたのだけど。

 それで、化学関係の人は、大体物理学やっているような感じなのだけど、化学の方が、応用をぐっと進展させるという意味では、もっと分野が広くて、いろいろやることができるんですよね。何たって、彼等は、サンプルを作ることができますからね。

 というわけで、高エネルギー物理学と物性物理学、それから分光学。それらが結合した境界領域では、非常に新しい多彩な研究ができる、ということになったのですが、そして実際にそうなったんですが、これも長い時間が経って、大体頭打ちになってきていまして。

 今は、次なる発展で、X線のレーザーを作りましょう、ということになってきています。タウンズのレーザーの理論では、X線領域では、レーザができない筈なのだけど、それはそういうやり方をすればできないというだけで、新しいやり方をすれば、擬似的にコヒーレントな光を作り出すことができます。

 たしか、北村教授が「SPring-8」でやっているんじゃないかな。私がはじめて仲人したのが、北村さんなのだけど。

―そもそもなぜ石井さんは物理学科に進学したのですか?

 私の場合はね、話がちょっと複雑で。母と姉から、「医者になれ」と言われていたのです。昔は医学部に対する教養部はなくて、医学部進学に必要な基礎教科を教養部で勉強してから、また試験を受ける仕組みでした。つまり、2回試験があったのです。

 東北大学へ入って、教養部の時に、私の周りにいた人間は全部、医学部を希望していました。私も当然、医学部を受験しなくてはいけないだろうと思っているうちに、なぜか物理に、トラップされちゃったのです。その時に、一人の友達がいて、そいつは天文学にトラップされちゃった。

 私、本当は数学科に進学しようかと思ったんです。けれども物理って言えば、親に許してもらえるかなと思いまして。数学よりは通リが良いだろうと。それで、物理の勉強を一生懸命やっていたら、あれがまた面白いものでしてね。

 例えばね、人々をとらえて離さないと言うか、好きな人間をとらえて離さないのが、昔の哲学じみた話でしてね。光子(フォトン)って、言いますよね。そもそもフォトンって何だ?これはわかんない、わかんない。つい一週間前かな、私、それがわかった気になったのは。どんな教科書にも、多分、載っていないですよ。もちろんフォトンの概念をつくった人はわかっていたけど、後の大先生からして、大元を写したのだと思いますよ。

 よくよく考えると、すぐわかんなくなっちゃうんです。一発間違えるとね。ほら、フォトンの関与する公式があるでしょう。実際はね、ノーマライゼーション(規格化)しますから、係数は皆、落ちちゃうわけですね。割り算して。関係ないわけだから、実験屋は気にしない。理論屋もそんなの見ないから、関係ないって言うんだね。係数はどうなっているか、見ていない。

 どれくらい差が出るかと言うと、例えば、cの3乗。cって、光の速さですよ。すると、3の3乗まで入れて10の31乗でしょう。cの3乗なんて差が出ちゃうと、因子にしてどっちが本当だ?ってことになるんです。で、数値をつっこんで、計算する。正しければ、尤もらしい。間違っていれば、10の31乗のファクターがくっついちゃったりする。これが年寄りの頭の体操には絶好で、どこがどう間違っているんだ、と考えるわけ。

 例えばね、細い光をぴゅーと通して、この光の波が、原子にぶつかって、そこの原子の中の電子と何か事を起こす。その時には、一見すると、そういう光のビームが、定まったある方向に、やってくるように見える。だから、その光は、その広がりを決める立体角の中に入っているように見える。つまり、一見すると、その光のモードだけ考えればよいようなのですが、それは違うのですよね。

 原子はね、勝手な方向を向くわけです。原子から見ると、空間のある一定の方向から出て来た光でも、あっちから来るし、こっちからも来るし。あらゆる方向から来るわけです。だからやっぱり、空間を満遍なく埋め尽くしている、という具合に考えないといけない。

 アイシュタインや昔の偉い人は、はじめっから、そんなのわかっていたわけです。ところが教科書だと、2、3行の結論しか出ていない。ちょっぴり。それに気付くまでに、何日もかかったもんな。2週間くらい、かかったんじゃないかな。そこを変えると積分領域を変えるのですよ、微分方程式を解く時は。境界条件だ。0から4πまで積分する。なんだ、単にδωをかけるだけなのか。とかね、そんな話。

 だから、そういう具合に、人をトラップするんです。それが今の若者は、これですか。パソコンですか。四六時中、若者がトラップされちゃうのが。私は疲れると、コンピュータ相手に囲碁をやるのですけど、すると、どういうことが起こるか、わかりますか?大体、パターンが読めてしまうんです。だから、人とやらないと駄目なのです。

―では最後に、若者に向けてメッセージを。

 若い人に言うとしたら、無理して何かをやる必要はないけれども、何か自然現象とか、そういったものに興味を持つことが大事ですね。科学という切り口で言えば、そうですけど。興味を持てなければ、どうしようもないですけどね。数学は面白いから、必ずトラップされますけど。受験勉強の頃覚えたやつって、なんだか忘れないですよ。60年たった今でも、覚えているんですよねぇ。

―石井さん、本日はどうもありがとうございました。



【宮城の新聞】石井 武比古さん(東京大学名誉教授)