泉萩会奨励賞

泉萩会奨励賞について

佐藤繁東北大学名誉教授のご配慮を受けて、以下の要領により泉萩会に学術賞、泉萩会奨励賞を設置する

  • 泉萩会に、東北大学理学部・理学研究科関係者で、物理科学の分野において特色があり将来性に富む業績を上げた若手研究者を表彰することを目的とした泉萩会奨励賞を設ける。
  • 表彰される者の資格は、東北大学理学部・理学研究科の物理系学科・専攻に所属するあるいは所属していた者、及び卒業生とし、年齢は35歳までを目安とする。
  • 賞の対象となる研究は、物理科学全般を弾力的に扱い、また技術開発や特許などで社会的な評価のある業績も含む。
  • 賞は泉萩会会員の推薦形式による公募とする。但し自薦は認めない。推薦は所定の形式に従った書類によるものとする。また、論文等少なくとも一編を資料として添えること。なお、推薦書および添付論文は、可能であれば、電子ファイルで提出するものとする。
  • 前項の一般公募とは別に、物理学専攻2名、地物物理学専攻1名、天文学専攻1名の枠内で各専攻長にも推薦を依頼する。
  • 受賞者の選考は泉萩会理事会で行い、総会に報告される。
  • 受賞者の表彰式は泉萩会総会時に合わせて行う。また、業績の要旨は会報に掲載されるものとする。
  • 本賞の賞金は7万円とする。受賞者は毎年2名を原則とする。なお、本賞の設置期間は平成21年より7年とし、以後は打ち切られるものとする。
  • 本賞決定に要する諸経費は特に計上しない。通常の諸行事のなかで処理される。
  • 具体的な選考手続きは理事会が決定する。また、選考内容は公表されない。

これまでの表彰

受賞者氏名 受賞の業績
第8回
(H.28)
後神 利志
平成22年物理学専攻博士前期課程修了,博士(理学),現在,大阪大学核物理研究センター特任研究員
7ΛHeおよび 10ΛBe ハイパー核精密分光の成功
石垣 美歩
平成22年物理学専攻博士後期課程修了,博士(理学),現在,東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構特任研究員
銀河系の古成分恒星系の化学動力学に基づく銀河系の形成と進化の研究
第7回
(H.27)
茅根 裕司
平成18年宇宙地球物理学科(天文)卒業,博士(理学)、University of California at Berkeley, Postdoctoral Scholar
宇宙マイクロ波背景放射偏光Bモードの初測定
小園 誠史
平成14年九州大学理学部卒業、博士(理学, 東京大学)、理学研究科地球物理学専攻助教
火道流の数値モデリングに基づく噴火機構に関する研究
第6回
(H.26)
佐久間 由香
平成18年お茶の水女子大学理学部卒業,博士(理学)、理学研究科物理学専攻助教
分子集合体からみた生命機能の解明
石渡 弘治
平成17年理学部卒業、博士(理学)、DESY(ドイツ) PD
宇宙暗黒物質直接検出のための系統的量子計算
第5回
(H.25)
内田 健一
平成24年物理学専攻博士課程修了、東北大学金属材料研究所助教
スピン流・熱流相互作用物性に関する研究
川村 広和
平成15年立教大学理学部卒業、博士(立教大学)、サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター・助教
時間反転対称性破れの探索のためのレーザー冷却不安定原子生成工場の開発
第4回
(H.24)
鵜養 美冬
平成11年物理学科卒、平成16年物理学専攻博士課程修了、東北大学大学院理学研究科物理学専攻助教
ハイパー核ガンマ線分光学の発展とハイパー核精密構造の解明
第3回
(H.23)
佐藤 宇史
平成9年物理学科卒、平成14年物理学専攻博士課程修了、東北大学大学院理学研究科物理学専攻 准教授
高分解能光電子分光による銅酸化物及び鉄系高温超伝導体の電子状態の研究
伊藤 洋介
平成9年宇宙地球物理学科卒、平成14年天文学専攻博士課程修了、東北大学大学院理学研究科天文学専攻 助教
重力波天文学の理論的研究
長谷川 拓也
平成10年宇宙地球物理学科卒、平成16年地球物理学専攻博士課程修了、(独)海洋研究開発機構 研究員
太平洋熱帯域における海洋表層貯熱量の研究
第2回
(H.22)
遠藤 基
平成12年物理学科卒、平成17年物理学専攻博士課程修了、現在、東京大学大学院理学研究科物理学専攻助教
インフレーション宇宙におけるグラビティーノ過剰生成問題の研究
大槻 純也
平成15年物理学科卒、平成20年物理学専攻博士課程修了、現在,東北大学大学院理学研究科物理学専攻助教
近藤格子模型に基づいた強相関 4f 電子系の理論的研究
第1回
(H.21)
是枝 聡肇
平成12年物理学第二専攻博士課程修了、東北大学大学院理学研究科物理学専攻助教
高分解能光散乱分光による量子常誘電体の低エネルギー素励起の研究
萩野 浩一
平成10年物理学専攻博士課程修了、東北大学大学院理学研究科物理学専攻准教授
低エネルギー重イオン核融合反応の理論的研究

第8回泉萩会奨励賞報告(平成28年度)

1.選考経過等

 第8回泉萩会奨励賞(平成28年)の公募に対して、2名の候補者推薦があった。選考委員会(9月9日)において慎重審議した結果、物理学分野の後神利志氏と天文学分野の石垣美歩氏(年齢の若い順)を受賞者に決定した。

2−1.受賞者

受賞者氏名
後神 利志(ごがみ としゆき)
平成22年物理学専攻博士前期課程修了,博士(理学),現在,大阪大学核物理研究センター特任研究員
受賞の業績 7ΛHeおよび 10ΛBe ハイパー核精密分光の成功(Success of precision spectroscopy of 7ΛHe and 10ΛBe hypernuclei)
受賞の対象となった論文
  • HKS(JLab E05-115) Collaboration: T. Gogami, et al, PHYSICAL REVIEW C93, 034314-034321 (2016), "High resolution spectroscopic study of 10ΛBe"
  • HKS(JLab E05-115) Collaboration: T. Gogami, et al, PHYSICAL REVIEW C94, 021302(R)-021308(2016), "Spectroscopy of the neutron-rich hypernucleus 7ΛHe from electron scattering"

2−2.受賞理由

 後神利志氏は,大学院生のときから電子線を用いたハイパー原子核の精密核分光の研究に取り組んできた.米国ジェファーソン研究所において東北大学を中心にした国際共同研究において電子線K+中間子生成反応により世界で初めてハイパー原子核の精密核分光を成功させた.従来は中間子ビームを用いて研究が進められてきたラムダハイパー核であるが,後神氏の行った研究では電子ビームを用いることにより高分解能,高精度の実験が可能であることを示した.
 受賞対象に挙げられた論文はともにΛ粒子が原子核を束縛する力(核力)において果たす役割について重要な知見を与えた研究である.1)では10ΛBeハイパー核の精密分光(0.78 MeV分解能)により,これまで乾板による研究やπ中間子ビームを用いて測定された数多くのラムダ粒子束縛エネルギーに対して見直しが必要である極めて重要な情報が報告されている.これまで測定されているミラーハイパー原子核 10ΛBの束縛エネルギーとの違いを指摘しNΛ相互作用の荷電対称性が破れている可能性も指摘している.2)では,7ΛHeハイパー核の精密分光では基底状態および励起状態の観測に成功し、従来よりも高精度の基底状態の束縛エネルギーと世界初の励起状態の束縛エネルギーを求めた.この励起状態の観測成功は6Heの不安定な励起状態がラムダ粒子の「糊的役割」により安定化するという極めて興味深い現象の確認につながる.後神氏は東北大学の大学院生としてジェファーソン研究所に長期滞在し実験の中核として研究に参加した.これらの論文は後神氏の博士論文研究内容の主要な部分となっている.また後期課程修了後も後神氏は京都大学と大阪大学で新たな研究を進めながら,筆頭著者としてその成果を上記論文にまとめた.
 このように優れた成果研究成果をあげ,今後の成長が大いに期待される後神氏は、泉萩会奨励賞にふさわしいと判断される。

3−1.受賞者2

受賞者氏名
石垣 美歩(いしがき みほ)
平成22年物理学専攻博士後期課程修了,博士(理学),現在,東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構特任研究員
受賞の業績 銀河系の古成分恒星系の化学動力学に基づく銀河系の形成と進化の研究 (Formation and evolution of the Milky Way galaxy based on chemistry and dynamics of the old stellar populations)
受賞の対象となった論文
  • M. N. Ishigaki, N. Tominaga, C. Kobayashi, and K. Nomoto, FAINT POPULATION III SUPERNOVAE AS THE ORIGIN OF THE MOST IRON-POOR STARS, The Astrophysical Journal Letters, 792:L32-38, 2014.
  • M. N. Ishigaki, N. Hwang, M. Chiba, and W. Aoki, LINE-OF-SIGHT VELOCITY AND METALLICITY MEASUREMENTS OF THE PALOMAR 5 TIDAL STREAM, The Astro- physical Journal, 823:157-171, 2016.

3−2.受賞理由

 石垣美歩氏は、本学の博士課程(天文学専攻)を終了後、国立天文台に所属し、ハワイ観測所の研究員として、すばる望遠鏡の高分散分光器(HDS)等を用いて金属欠乏星の観測的研究を継続的に行ってきた。現在は暗黒物質など宇宙の根源的謎の解明等を行っている東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の特別研究員である。上記論文はいずれも世界的に最も権威のある天体物理学会誌に掲載されたものであり、氏が筆頭著者となっている。
 恒星内部の核融合で形成される金属(天体物理的な意味で、水素・ヘリウムより重い元素)がない宇宙初期の恒星は種族Ⅲとされているが、これは観測されていない。その理由は種族Ⅲの恒星が大質量星であるため進化が早く極超新星爆発で消失したためと考えられている。氏は添付の論文(1)で銀河系において最も初期に形成された金属量の少ない恒星について、すばる望遠鏡を用いて詳細な化学元素組成を調べ、超新星爆発の理論模型との詳細な比較検討から、種族IIIの星の質量範囲と爆発のメカニズムについて重要な制限を与えた。
 石垣氏の現在の研究テーマは銀河の形成史であり、氏の衛星銀河「うしかい座矮小銀河」のすばる望遠鏡による化学組成の分光学的研究も銀河系の化学進化に手掛かりを与える成果の一つである。また、氏は比較的初期に形成された恒星(種族Ⅱ)の集団である球状星団に属する星の組成とその運動を解析することで銀河の化学・力学的な進化 (chemo-dynamical evolution)を調べている。添付の論文(2)が扱っているのは、球状星団「パロマ―5」が銀河の潮汐力によって破砕され引き伸ばされている銀河面を横切る軌道を持った恒星集団の流れ(star stream)である。氏は化学組成の分光分析から「パロマ―5」起源の恒星(母星団と同じ化学組成のもの)を同じ方向に観測される星から分離して、この星流に固有の運動を測定して銀河系の重力場ついて新たな知見を提供している。これは銀河系の重力を支配する暗黒物質ハローの質量・構造を知る重要な手がかりとなるものである。このような直接観測されない種族Ⅲの恒星や、直接観測が不可能なダークマターの研究は銀河の形成史さらには宇宙の歴史を知る上でも重要な現代的課題であり、今後の進展が期待される分野である。
 現在、氏は若手研究者として研究グループの指導的立場でこれらの研究作業を進めており、これらの業績から石垣美歩氏は泉萩会奨励賞相当と判断される。


第7回泉萩会奨励賞報告(平成27年度)

1.選考経過等

 第7回泉萩会奨励賞(平成27年)の公募に対して、3名の候補者推薦があった。2回の選考委員会(9月8日および10月9日)において慎重審議した結果、天文学分野の茅根裕司氏と地球物理学分野の小園誠史氏(年齢の若い順)を受賞者に決定した。

2−1.受賞者

受賞者氏名
茅根 裕司(ちのね ゆうじ)
平成18年宇宙地球物理学科(天文)卒業,博士(理学)、現在、University of California at Berkeley, Postdoctoral Scholar
受賞の業績 宇宙マイクロ波背景放射偏光Bモードの初測定 (A First Measurement of the Cosmic Microwave Background B-mode Polarization at Sub-degree Scales)
受賞の対象となった論文
  • The Polarbear Collaboration: P. A. R. Ade, Y. Chinone, et al, The Astrophys. Journal, 794,171, 2014 doi:10.1088/0004-637X/794/2/171, "A measurement of the cosmic microwave background b-mode polarization power spectrum at sub-degree scales with polarbear"
  • P. A. R. Ade, Y. Chinone, et al, Phys, Rev. Lett. 113, 021301 (2014), "Measurement of the Cosmic Microwave Background Polarization Lensing Power Spectrum with the POLARBEAR Experiment"

2−2.受賞理由

 茅根氏の研究課題は、宇宙初期のスナップショットとも言うべき「宇宙マイクロ波背景放射(CMB)に関するものである。宇宙の誕生と進化に関するどんなモデルもこの宇宙最古の放射であるCMBの観測を説明しなければならないのでその正確な測定値は宇宙論にとってきわめて重大である。
 現在ハーバード大学を中心とする「BICEP2実験」研究グループや欧州宇宙機関(ESA)のグループと並んで、茅根氏が所属する「POLARBEAR実験」グループが精力的にCMBの観測を行っている。このグループは「KEK」や「IPMU」、カリフォルニア大学などの研究者で構成される国際研究グループであり、2012年以来南米チリ・アタカマ高地に建設された直径3.5mのサブミリ波望遠鏡と最先端の超伝導検出器を用いて観測を進め、小さな渦の偏光Bモードの精密測定によって世界で初めてCMBに特殊な重力レンズ効果の測定に成功した。その成果は昨年「PHYSICAL REVIEW LETTERS」(資料1)と「The Astrophysical Journal」(資料2)に発表され、世界的な反響を呼んでいる。この成果は、現在の宇宙の大規模構造の理解の鍵を握るとされる宇宙のニュートリノ質量の精密測定によるダークエネルギーやインフレーション宇宙の解明につながるものである。
 茅根氏はグループの一員として理論面の他、「POLARBEAR実験」の心臓部ともいうべき光学系、偏光観測装置の開発に携わってグループの重要な一翼を担い、上記発表論文の主要な部分に寄与している。現在「POLARBEAR実験」は観測範囲と精度を高めるべく「POLARBEAR2」の開発を行っているが、茅根氏はここにおいても指導的役割を務めており、これらの貢献から泉萩会奨励賞に相応しいものと判断される。

3−1.受賞者2

受賞者氏名
小園 誠史(こぞの ともふみ)
平成14年九州大学理学部卒業、博士(理学, 東京大学)、 現在,理学研究科地球物理学専攻助教(満36歳)
受賞の業績 火道流の数値モデリングに基づく噴火機構に関する研究 (A study of eruption mechanisms based on numerical modeling of conduit flow dynamics)
受賞の対象となった論文
  • Kozono, T., and T. Koyaguchi (2010), A simple formula for calculating porosity of magma in volcanic conduits during dome-forming eruptions, Earth Planets Space, 62, 483-488, doi:10.5047/eps.2010.02.005.
  • Kozono, T., and T. Koyaguchi (2012), Effects of gas escape and crystallization on the complexity of conduit flow dynamics during lava dome eruptions, J. Geophys. Res., 117, B08204. doi:10.1029/2012JB009343.
  • Kozono, T., H. Ueda, T. Shimbori, and K. Fukui (2014), Correlation between magma chamber deflation and eruption cloud height during the 2011 Shinmoe-dake eruptions Earth Planets Space, 66:139, doi:10.1186/s40623-014-0139-1.

3−2.受賞理由

 地下深部では高圧のためにマグマの液相に溶解している水などの揮発性成分は、上昇に伴う減圧により気相として析出するため、火道浅部ではマグマの急激な体積膨張が起こり、爆発的な噴火が発生する。一方、マグマ上昇時に揮発性成分が周辺岩体へ散逸する系外への脱ガスが十分進行した場合には、爆発的な噴火は起こらず、溶岩ドーム形成や溶岩流出を伴う穏やかな噴火となる。
 小園誠史氏は、このような爆発的・非爆発的といった極端に違う噴火現象が発現するメカニズムを理解するために、火道内マグマ流れの理論的研究を進めた。小園氏は、気液二相流の運動方程式、マグマの発泡、マグマ中に結晶として現れる固相の割合とその成長率に関する方程式を組み合わせるとともに、脱ガス効果をも加味した火道内マグマ流のモデルを構築した(業績1)。数値計算により、マグマ溜まり圧力と噴出率に正の関係を示す安定な定常火道流が生じる場合がある一方で、マグマ溜まりの圧力増の際に噴出率が減少するという、火道流が負性抵抗の性質をもつ場合があることを示した。また、負性抵抗のある場合には、定常的な流れが不安定となり、非爆発的噴火から爆発的噴火への急激な遷移が起こることを明らかにした(業績2)。小園氏は、マグマ溜まり圧力と噴出率の関係と、地質条件やマグマの性質を体系的に分類・整理し、爆発的噴火への遷移条件と観測される現象について解明した。小園氏は、さらに、火道内マグマ流れのモデルを、噴火活動時に得られる地球物理学的多項目観測データや、噴出物の岩石組織、火山ガス・メルト包有物の物質学的分析結果と比較し、 霧島新燃岳2011年噴火の活動理解と定量化を進めた(業績3)。これは、火山噴火予知・火山活動の推移予測方法の新しい枠組みを構築したものとして高く評価されている。
 以上により、小園氏は、泉萩会奨励賞にふさわしいと判断される。

第6回泉萩会奨励賞報告(平成26年度)

1.選考経過等

 第6回泉萩会奨励賞(平成26年)の公募に対して、3名の候補者推薦があった。選考委員会(9月16日)において慎重審議した結果、物理学分野の佐久間由香氏と石渡弘治氏(年齢の若い順)を受賞者に決定した。

2−1.受賞者

受賞者氏名
佐久間 由香(さくま ゆか)
平成18年お茶の水女子大学理学部卒業,博士(理学) 現在、理学研究科物理学専攻助教(満31歳)
受賞の業績 分子集合体からみた生命機能の解明
(Elucidation of Biological Functions Based on Molecular Assemblies)
受賞の対象となった論文
  • Y. Sakuma et al., Biophys. J 105, 2074 (2013), "Tubular Membrane Formation of Binary Giant Unilamellar Vesicles Composed of Cylinder and Inverse-Cone-Shaped Lipids"
  • Y. Sakuma and M. Imai, Phys, Rev. Lett. 107, 198101 (2011), "Model System of Self-Reproducing Vesicles"

2−2.受賞理由

 物質からどのようにして生命が生まれたのかは、物質科学と生命科学の接点に位置する重大な問題である。生命としての最小限の機能は、1)生命体と外界の接点としての小胞膜(ベシクル)、2)遺伝分子の自己複製、3)エネルギーや物質の代謝、の3点であるが、これらを兼ね備えた仮想的な生命単位を人工的に合成しようという研究は合成生物学と呼ばれる。また、このような生命単位はプロトセルと呼ばれる。
 この分野における成果はこれまで極めて限定的であった。佐久間由香氏は、最も単純な膜分子集合体系をプロトセルの物理モデルとして用い、プロトセルの持つ機能の一部を再現する試みを独自に進めてきた。具体的には、膜分子(リン脂質分子)の分子形状と相分離を連携させることにより、2成分ベシクルの膜変形が制御できることを示した。この原理により、佐久間氏はプロトセルの代謝経路に必要なベシクルの孔形成、ベシクル同士の接着、細胞内小器官の再現に成功した(参考資料1)。さらに、プロトセルの最も基本的な特性であるベシクルの自己生産の再現にも成功した(参考資料2)。これらの成果はプロトセルの誕生に関する研究におけるパイオニア的成果と言える。また佐久間氏はこのリン脂質分子の形状がベシクルの自発曲率に及ぼす機構を、中性子小角散乱を用いて世界で初めて示した。一方、これらの物理モデルと本来のプロトセルとの間のギャップを埋めるには、ベシクルに化学反応系を連携させる事が必要である。この点に関しては、ベシクルの化学反応を用いた変形の研究を、フランスのAngelova教授との共同で進めている。
 このように佐久間氏は、この分野の発展に大きく貢献しており、泉萩会奨励賞に相応しいと判断される。

3−1.受賞者2

受賞者氏名
石渡 弘治(いしわた こうじ)
平成17年理学部卒業、博士(理学) 現在,DESY(ドイツ) PD(満31歳)
受賞の業績 宇宙暗黒物質直接検出のための系統的量子計算
(Systematic quantum calculation for the direct detection of dark matter in the universe)
受賞の対象となった論文
  • J. Hisano, K. Ishiwata, N. Nagata and T. Takesako, JHEP 1107, 005 (2011) "Direct detection of electroweak-interacting dark matter "
  • J. Hisano, K. Ishiwata and N. Nagata, Phys. Rev. D 87, 035020 (2013) "Direct search of dark matter in high-scale supersymmetry"

3−2.受賞理由

 宇宙膨張の問題は宇宙物理学と素粒子物理学の接点に位置する。近年における初期宇宙に関する観測の精密化は素粒子物理学に対し大きなインパクトを与えつつある。中でも、宇宙暗黒物質の存在量が近年高い精度で決定されたことは重要である。宇宙暗黒物質を説明するためには、標準理論を越えた素粒子模型を構築する必要がある。そためには、まず暗黒物質の正体およびその性質を観測結果から正確に読み解く必要がある。
 石渡氏は暗黒物質直接検出実験に関する理論予測についての精密な計算を行った。対象となるのは、宇宙暗黒物質と原子核が散乱反応する非常に稀な現象である。石渡氏らは、a) 素過程(クォーク及びグルーオンと暗黒物質の散乱)に対する高次量子補正の計算、b) その素過程からの核子と暗黒物質の散乱振幅の導出、を初めて系統的に行い、従来の結果よりも散乱振幅が大きく抑制されることを見出した(資料1)。この結果は暗黒物質散乱のシグナルがこれまでの実験で不検出であったことと整合する。他方、2012年に発見された質量125GeVのヒッグス粒子の存在は、暗黒物質と核子の散乱振幅をより抑制することを示唆する。そこで石渡氏らは彼らの解析を拡張し、新しい素粒子模型の有力候補である超対称模型において、ヒッグス粒子を含めた精密計算及び将来実験での検出可能性を議論した(資料2)。これらの研究において石渡氏は共同研究者とは独立にすべての解析計算、数値シミュレーションを行った。さらに、計算技法や結果の物理的提示法などに於いて研究を先導した。これらの業績は多くの後続研究を刺激するとともに、今後の暗黒物質直接検出実験において理論予測と観測データを比較する上で重要な成果である。
 以上により、石渡氏は、泉萩会奨励賞にふさわしい判断される。

第5回泉萩会奨励賞報告(平成25年度)

1.選考経過等

 第5回泉萩会奨励賞(平成25年)の公募に対して、2名の候補者推薦があった。2回の選考委員会(9月12日、26日)において慎重審議した結果、物理学分野の内田健一氏と川村広和氏(年齢の若い順)を受賞候補者として推薦することとした。

2−1.受賞者

受賞者氏名
内田 健一
平成24年物理学専攻博士課程修了,博士(理学) 現在、東北大学金属材料研究所助教
受賞の業績 スピン流・熱流相互作用物性に関する研究
(Study on interaction between spin and heat currents)
受賞の対象となった論文
  • K. Uchida et al, Nature 455, (2008) 778 `` Observation of the spin Seebeck effect".
  • K. Uchida et al, Nature Materials 9 (2010) 894 ``Spin Seebeck insulator".
  • K. Uchida et al, Nature Materials 10 (2011) 737 ``Long-range spin Seebeck effect and acoustic spin pumping".

2−2.受賞理由

 内田健一氏は、東北大学金属材料研究所の斎藤グループに所属し、斎藤英治教授の指導のもとでスピントロニクスの研究分野で基礎的な概念となるスピン流と熱流との相互作用に関する研究に従事し大きな成果を上げた。
 スピン流とは上向きスピンの電子の流れと下向きスピンの電子の流れの差で定義され、通常の電流がゼロであっても有限であることが可能であり、スピン角運動量の流れを意味する。スピントロニクスでは、スピン流の生成、制御、検出が重要な課題である。内田氏はこのスピン流ならびにこれと熱流との相互作用について以下の様な大きな業績を挙げた。
 a)スピン・ゼーベック効果の発見。金属試料の両端に温度勾配が存在するとき、これに応じて電圧が生じる現象はゼーベック効果(熱電効果)として知られている。内田氏は強磁性金属Ni_81Fe_19において、温度勾配に応じてスピン流を生成させるスピン圧(電流の電圧に相当するもの)が生じることを初めて発見した。これらの研究を契機に、熱によるスピン流生成に関する研究が進展した。 
 b) 絶縁体におけるスピン・ゼーベック効果の発見。温度勾配によるスピン圧の生成をフェリ磁性絶縁体La_xY_{3-x}Fe_5O_12において見出した。金属、絶縁体にかかわらず磁性体の素励起として存在するマグノンが角運動量を運ぶことがこの現象の起源であることを提唱し、スピン流の本質が電子の流れではないことを実験的に明確にした。
 c)音波によるスピン流生成の発見。フェリ磁性絶縁体Y_3Fe_5O_12に圧電素子を接合し磁性体に音波(表面弾性波)を注入することで、スピン圧が生じる現象(音響スピン・ポンピング)を見出した。
 このように内田氏はこの分野の発展に大きく貢献しており,泉萩会奨励賞に相応しいと判断される。

3−1.受賞者2

受賞者氏名
川村 広和
平成15年立教大学理学部卒業、博士(立教大学) 現在,サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター・助教
受賞の業績 時間反転対称性破れの探索のためのレーザー冷却不安定原子生成工場の開発
(Development of laser cooled radioactive atom factory for the study on the fundamental symmetry)
受賞の対象となった論文
  • Hirokazu Kawamura et al, Hyperfine Interact, 214(2013), 133-139 "Search for permanent EDM using laser cooled Fr atoms".
  • Hirokazu Kawamura et al, NIMB (accepted in publication, 2013 Jul.10) "Laser-cooled radioactive francium factory at CYRIC".
  • その他,◯ SSP2012: International Symposium on Symmetries in Subatomic Physics, オランダ・フローニンゲン, 2012年・招待講演,◯ EMIS2012: International conference on electromagnetic isotope separators and techniques related to their applications, 松江2012年・ポスター発表など

3−2.受賞理由

 川村広和氏は、大学院生のときから、素粒子における基本対称性、特に、時間反転対称性の破れに関する実験研究を進めており、この分野の若手第一人者の1人である。東北大学・CYRICに重点戦略支援プログラム(代表・田村裕和教授)助教として着任した後、電子の電気双極子能率(EDM)探索による時間反転対称性の破れの実験研究を中核研究者として牽引している。川村氏は、特定の原子系で電子EDMが格段に増幅されることに着目して、CYRICの加速器を用いて放射性元素・フランシウムを大強度で生成し、オンラインで引き出してレーザー冷却・トラップして、EDMを測定する事で、これまでのビームを用いた実験の測定誤差の限界を乗り越える事に着想を得た。
 川村氏は、この実験の心臓部であるフランシウムを生成するための表面電離型イオン源を開発し、特に、標的の金を高温に加熱して融解したまま核反応を起こす事で引出し効率が大きくなる事を見いだし、国際的にもユニークな融解型標的イオン源の開発を成功に導いた。その結果、フランシウムの引出し効率は、世界のトップレベルを超えて、大強度フランシウム生成を実現した。これらの成果をふまえて、多くの国際会議・研究会において招待講演を行っており、国際的にも高く評価されている。
 これらの研究成果をベースに、科研費も若手B(2011年採択)、挑戦的萌芽研究(2013年採択)と、連続して採択されており、その研究アクティビティの高さを示すものである。また、川村氏が実質的に指導した修士課程の大学院生が、2012年度の物理学専攻賞を受賞し、同時に、学振特別研究員に採用され、教育面での実績も非常に高く評価されるものである。
 このように研究・教育の両面による優れた成果をあげている川村氏は、泉萩会奨励賞にふさわしい判断される。

第4回泉萩会奨励賞報告(平成24年度)

1.選考経過等

 第4回泉萩会奨励賞(平成24年度)の候補者として、物理学専攻長より1名、天文学専攻長より1名、物理学専攻教授より1名の合計3名の推薦があった。2回の選考委員会(9月4日、26日)で慎重審議した結果、鵜養美冬氏(物理学助教)を受賞候補者として推薦することとした。本賞要綱の趣旨、研究の将来性および年齢等を総合的に評価した結果、本年は1名の推薦となった。

2−1.受賞者

受賞者氏名
鵜養 美冬
平成11年物理学科卒、平成16年物理学専攻博士課程修了,博士(理学)、 現在、東北大学大学院理学研究科物理学専攻助教
受賞の業績 ハイパー核ガンマ線分光学の発展とハイパー核精密構造の解明
(Development of hypernuclear gamma-ray spectroscopy and elucidation of precise structure of hypernuclei)
受賞の対象となった論文
  • M. Ukai et al., "Hypernuclear Fine Structure in 16ΛO and the ΛN Tensor Interaction", Phys. Rev. Lett. 93 (2004) 232501.
  • M. Ukai et al., "Cascade γ Decay in the 7ΛLi Hypernucleus", Phys. Rev. C 73 (2005) 012501(R).
  • M. Ukai et al., "γ-ray spectroscopy of 16ΛO and 15ΛN hypernuclei via the 16O (K-, π-γ) reaction", Phys. Rev. C 77 (2008) 054315.

2−2.受賞理由

 鵜養美冬氏は、東北大学のグループが1998年に世界に先駆けて始めたハイパー核精密ガンマ線分光研究のグループに2001年から参加し、一貫してグループの中心としてγ線分光研究を牽引し、発展させた。ハイパー核γ線分光は、鵜養氏の研究を通して、ストレンジネス核物理の最強の手法の一つとして重視されるに至っている。
 鵜養氏は博士課程後期から田村裕和教授のグループに加わり、米国Brookhaven研究所でハイパー核γ線分光実験E930を行った。ハード、ソフト両面に秀でた能力を発揮して、グループの中心となって海外での長期にわたる実験を成功させた。その後のデータ解析も単独で行い、論文(1)でΛ粒子・核子間のテンソル力の大きさを初めて解明した。さらに、ハイパー核では初のγγ同時計測の成功(2)、Λ粒子・核子間の全スピン依存相互作用の確定(3)、などの重要な成果を、独創的かつ画期的なアイデアに基づくデータ解析により得た。これらの成果により、2008年度物理学会若手奨励賞を受賞している。最近、鵜養氏はこれらの成果をまとめた物理学会誌の解説記事(vol.67(2012),No.1 14)を執筆したが、この記事は氏がこの分野の第一人者であることを示している。2006年には、J-PARCでの新しいハイパー核γ線分光実験のための実験提案書を田村教授と共同で書き、E13実験として高い優先度で採択された。その後、鵜養氏は、E13のための新型γ線分光装置Hyperball-Jの開発と実験準備を、研究グループを率いて進めてきた。震災などのため、E13実験は遅れているが、明年春には実施見込みとなった。Hyperball-Jはほぼ完成し性能が確認されており、大きな成果が期待される。 このように鵜養氏はこの分野の発展に大きく貢献しており,泉萩会奨励賞に相応しいと判断される。

第3回泉萩会奨励賞報告(平成23年度)

1.選考経過等

 第3回泉萩会奨励賞(平成23年度)の候補者として、物理学専攻長より1名、天文学専攻長より1名、地球物理学専攻教授より1名、合計3名の推薦があった。2回の選考委員会(9月9日、16日)で慎重審議した結果、3名とも水準に達してのみならず、分野が異なる3名の間で優劣が付けがたいこともあり、3名を同時授賞として推薦することとした。

2−1.受賞者1

受賞者氏名
佐藤 宇史
平成9年物理学科卒、平成14年物理学専攻博士課程修了、 現在、東北大学大学院理学研究科物理学専攻 准教授
受賞の業績 高分解能光電子分光による銅酸化物及び鉄系高温超伝導体の電子状態の研究
(High-resolution photoemission study of electronic states in cuprate and iron-based high-temperature superconductor)
受賞の対象となった論文
  • T. Sato et al, Science 291 (2001) 1517, Observation of d(x^2−y^2)-like superconducting gap in an electron-doped high-temperature superconductor
  • T. Sato et al, Phys. Rev. Lett. 103 (2008) 047002, Band Structure and Fermi Surface of an Extremely Overdoped Iron-Based Superconductor KFe_2As_2

2−2.受賞理由

 佐藤宇史氏は、これまで光電子分光装置の高性能化に取り組み、エネルギー分解能や最低到達温度において世界最高水準の性能を有する光電子分光装置を建設した。これを用いて、酸化物系高温超伝導体や最近見出された鉄系高温超伝導体の超伝導発現機構ついて以下の重要な知見を得た。
 ① 電子型高温超伝導体の超伝導ギャップの波数依存性の直接観測[業績1]
 電子型とホール型の超伝導機構が同じであるかどうかは、高温超伝導体における基本的問題である。ホール型に比べエネルギースケールが1桁小さい電子型高温超伝導体Nd_{2-x}Ce_xCuO_4の超伝導ギャップの波数依存性の直接観測に世界で初めて成功し、超伝導ギャップが異方的なd(x^2-y^2)波対称性をもつことを明らかにした。
 ② Bi系高温超伝導体での準粒子構造の発見
 Bi系高温超伝導体のブリルアンゾーンのアンチノード付近に現れる準粒子構造(キンク)を世界で初めて見出し、その波数および温度依存性から高温超伝導発現における磁気的相互作用の重要性を指摘した。
 ③ 高温超伝導の発現に関わる磁気揺らぎ
 高温超伝導の駆動力が磁気的なのかそれとも格子振動なのかという基本的問題である。この問題に対して、高温超伝導体に微量の磁性および非磁性不純物を添加して、フェルミ準位近傍のエネルギーバンド分散の変化を高分解能で測定する電子状態の「磁気的同位体効果」を研究し、超伝導に関与するアンチノード領域の電子が磁気的な揺らぎと強く結合していることを見出した。
 ④ 鉄系高温超伝導体の電子構造[業績2]
鉄系高温超伝導体について、世界に先駆けて超高分解能光電子分光測定を行い、超伝導ギャップや擬ギャップを見出し、その超伝導発現機構解明の手がかりを得た。
 以上のように、佐藤氏は、高分解能光電子分光装置の高性能化、および、それを用いた高温超伝導体の研究において大きな貢献をしている。よって、佐藤氏は萩会奨励賞相当と判断される。

3−1.受賞者2

受賞者氏名
伊藤 洋介
平成9年宇宙地球物理学科卒、平成14年天文学専攻博士課程修了、 現在,東北大学大学院理学研究科天文学専攻 助教
受賞の業績 重力波天文学の理論的研究
(Theoretical study on gravitational wave astronomy)
受賞の対象となった論文
  • Y. Itoh, Phys. Rev. D69 (2004) 064018, Equation of motion for relativistic compact binaries with the strong field point particle limit: Third post-Newtonian order
  • LIGO Scientific Collaboration (including Y. Itoh), Phys. Rev. D77 (2008) 062002, Search for gravitational waves from binary inspirals in S3 and S4 LIGO data

3−2.受賞理由

 約百年前に提唱された一般相対性理論により存在が予言されている重力波は未だその直接検出に成功していない。この課題は基礎物理学における重要な課題であるのみならず、有望な重力源とされるブラックホール連星や中性子星連星などの相対論的連星系の研究にとっても極めて重要である。現在、世界各地で重力波検出器の建設が予定されており、天文学の重要なフロンティアになりつつある。ここで必要となるのは、相対論的連星系に対して、その運動を理論的に高精度で予測することである。この問題を一般相対性理論で扱つかうことは解析的にも数値計算上でも極めて困難である。この困難を回避する方法としては、ポストニュートン(PN)展開がある。PNは、一般相対性理論のニュートン極限から出発し展開パラメタ (v/c)^2に関して近似の次数を上げてゆく方法であり、問題を質点力学の枠内で扱うことを可能とする:nPN(n次のPN)展開の精度は (v/c)^{2n}である。これまでの研究の場合、2PN方程式までは正確な結果が知られていたが、3PN方程式は不定定数を含んでいた。伊藤氏は、これまでとは別な方法を用いて、3PN方程式を正確に導出することに成功した[業績1]。この成果は氏の博士論文および研究論文としてまとめられた。また、PN展開に関するレビュー論文も執筆している。
 伊藤氏はその後、米国の重力波検出プロジェクトにおいて中心的な役割を果たしている研究施設のあるドイツ・マックスブランク研究所および米国ウィスコンシン・ミルウオーキー大学に移って、重力波データ解析の研究を行った。また、単独中性子星からの重力波検出のためのデータ解析や解析パイプラインの信号特性解析などに関して理論面からの寄与をした[業績2]。
 以上により、伊藤氏は重力波天文学の理論的研究において優れた研究成果を挙げているのみならず、今後もこの分野の発展に貢献するものと期待される。よって、伊藤氏は泉萩会奨励賞相当と判断される。

4−1.受賞者3

受賞者氏名
長谷川 拓也
平成10年宇宙地球物理学科卒、平成16年地球物理学専攻博士課程修了、 現在,(独)海洋研究開発機構 研究員
受賞の業績 太平洋熱帯域における海洋表層貯熱量の研究
(Study on Upper Ocean Heat content in the Equatorial Pacific Ocean)
受賞の対象となった論文
  • T. Hasegawa and K. Hanawa: Heat content variability related to ENSO events in the Pacific, J. Phys. Oceanogr. 33 (2003), 407-421
  • T. Hasegawa and K. Hanawa : Decadal-scale variability of upper ocean heat content in the tropical Pacific, Geophys. Res. Lett. 30 (2003), 1272-, doi: 10.1029/2002GLO16843

4−2.受賞理由

 東太平洋の赤道付近で海面水温が上昇するエルニーニョ現象が発生すると、その影響が地球上の様々な地域の天候変化に波及し、大きな気象災害につながることが多い。大気と海洋が密接に関連する代表的な大規模大気海洋相互作用として、多くの研究者の注目を集め、活発に研究されてきた。 長谷川拓也氏は、これまで海面水温に重きを置いたきらいがあったエルニーニョの研究に、海洋表層貯熱量(Upper Ocean Heat Content = OHC)の視点を新たに導入し、数々の新知見を見出してきた。2003年に発表した2編の論文[業績1、2]は、代表的な業績として、多くの研究者に引用されている。まず、業績(1)では、エルニーニョに伴うOHCの正偏差が、エルニーニョ終息後も北半球中線度(北緯15度付近)において西方伝播し、再び西太平洋にもどるというOHC変動サーキットが太平洋熱帯域に存在することを発見した。これは、エルニーニョ発生予測に大いに資するもので、国内外の研究者に大きなインパクトを与えた。
 長期間にわたって蓄積された海洋観測資料(主に、水温)を用いて、全球の様々な海域で、10年以上の時間スケールを有する変動現象が発見されるようになった。業績(2)では、OHCを有効に活用し、赤道域にも準十年変動が存在することを新たに見出した。
 これらの研究をベースに、エルニーニョ時にOHCが大気に放出される仕方には幾つかの異なった形態があること(2006年発表論文)、北太平洋亜熱帯循環系でもOHC偏差の数十年スケールを持つサーキットがあること(2007年)、南半球ではOHC偏差のサーキットが形成されないこと(2008年)、を明らかにし、活発な研究活動を展開している。
 長谷川氏は、OHCという新しい観点から、エルニーニョを含む熱帯赤道域の長周期大気海洋変動研究に新風を吹き込み、この分野の発展に大いに貢献している。よって、長谷川氏は泉萩会奨励賞相当と判断される。

第2回泉萩会奨励賞報告(平成22年度)

1.選考経過等

 第2回泉萩会奨励賞の候補者として、物理学専攻長より2名の推薦があった。2回の選考委員会(9月7日、14日)で慎重審議した結果、本年度の泉萩会奨励賞として遠藤基氏(東京大学助教)と大槻純也氏(物理学専攻助教)を推薦することが全会一致で決定された。

2−1.受賞者1

受賞者氏名
遠藤 基
平成12年物理学科卒、平成17年物理学専攻博士課程修了、現在、東京大学大学院理学研究科物理学専攻助教
受賞の業績 インフレーション宇宙におけるグラビティーノ過剰生成問題の研究
(Study of gravitino overproduction problem in inflationary universe)
受賞の対象となった論文
  • M. Endo, M. Kawasaki, F. Takahashi and T. T. Yanagida, Phys. Lett. B 642 (2006) 518, Inflaton decay through supergravity effects
  • M. Endo, F. Takahashi and T. T. Yanagida, Phys. Lett. B 658 (2008) 236, Anomaly-Induced Inflaton Decay and Gravitino Overproduction Problem

2−2.受賞理由

 宇宙の地平線問題および平坦性問題と整合し、宇宙論におけるパラダイムとなっているのは、初期宇宙の指数関数的膨張に基礎をおくインフレーションシナリオである。このシナリオは宇宙背景放射の観測によってその存在が明らかになったスケール不変な密度揺らぎによって支持されている。このシナリオでは、膨張の原動力となるインフラトンが指数関数的膨張の後で他の粒子に崩壊することによって、高温高密度の宇宙(火の玉宇宙)が生成される。この過程は宇宙の再加熱化(reheating)と呼ばれる。ところが、素粒子標準理論を包含した量子重力理論が未完成であるため、インフレーションシナリオの枠内でも様々な理論モデルが可能である。また、各モデルは未知のパラメタを含んでいる。量子重力理論の有力な枠組みとしては超対称性を取り入れた超重力理論がある。この理論には、グラビトン(重力子)の超対称パートナーであるグラビティーノ(中性フェルミ粒子)が含まれる。
 遠藤氏は超重力理論の枠組みの範囲でインフレーション宇宙に関する理論的解析を行い、宇宙再加熱過程に対する重力の効果を詳細に調べた[業績1, 2]。その結果、定説とは異なり、グラビティーノが一般的にかなり多く生成されることが判明した。この結果と現在の宇宙に関する観測データを比較することにより、各種のインフレーションモデルに含まれる未知のパラメタの値に対して強い制限を与えることに成功した。また、これらの研究はインフレーション後の宇宙再加熱のメカニズム、さらには超対称性の破れの機構の正体に迫る道筋を与えるものと期待される。
 以上により,遠藤氏は、発展の初期段階にある素粒子的宇宙論の分野において重要な成果を挙げるとともに、引き続きこの分野を牽引するものと期待される。よって、遠藤氏は泉萩会奨励賞相当と判断される。

3−1.受賞者2

受賞者氏名
大槻 純也
平成15年物理学科卒、平成20年物理学専攻博士課程修了、現在,東北大学大学院理学研究科物理学専攻助教
受賞の業績 近藤格子模型に基づいた強相関 4f 電子系の理論的研究
(Theoretical study of strongly correlated 4f-electron systems based on the Kondo lattice model)
受賞の対象となった論文
  • K J. Otsuki, H. Kusunose, and Y. Kuramoto, J. Phys. Soc. Jpn. 78 (2009) 034719, The Kondo Lattice Model in Infinite Dimensions II. Static Susceptibilities and Phase Diagram
  • J. Otsuki, H. Kusunose, and Y. Kuramoto, Phys. Rev. Lett. 102 (2009) 017202, Evolution of a Large Fermi Surface in the Kondo Lattice.

3−2.受賞理由

 結晶中の4f 電子系には強い電子相関が働き、4f 電子は状況に応じて局在性・遍歴性の両方の性質を示す。例えばRKKY 相互作用による磁気秩序状態は4f 電子の局在性の現れである。他方,4f 電子が伝導電子との混成効果により遍歴的性質を得ると,有効質量の大きい重い電子状態が実現する。ところが、重い電子系は理論的研究が極めて困難な強相関量子多体系に属する。そのため、重い電子系の本質を取り込んでいると考えられている近藤格子模型―伝導電子の海に局在スピンが周期的に配列されているモデル―が理論的研究のターゲットとなっている。候補者は,新しい数値計算手法(連続時間量子モンテカルロ法)を発展させ,これと動的平均場理論を組み合わせて近藤格子模型を研究し,目覚ましい成果を挙げた。以下,上記2論文の成果を分けて説明する。
 (1) 近藤格子模型における新たな相の発見
 近藤格子模型の安定相として,常磁性状態や強磁性・反強磁性秩序状態が既に知られていたが,伝導電子の密度によっては,電荷密度波(CDW)状態も実現することを明らかにした。このCDW 転移は近藤効果に起因し,基本的な模型で起こりうる新しい秩序という点で大きな意義がある。
 (2) フェルミ面に反映する電子の局在性と遍歴性の解明
 重い電子系の基本的問題として、フェルミ面の問題がある。すなわち、4f 電子が局在しているか否かにより伝導電子数が変化するので、それがフェルミ面に反映されるのではないかという問題である。しかしながら,その理論的扱いは有限温度効果が特に難しく,これまでは定性的な議論にとどまっていた。候補者は,不純物による乱れと電子相関をともに考慮した理論を構築し,局在から遍歴への移り変わりを,温度と不純物濃度をパラメタとして定量的に明らかにした。
 以上のように,大槻氏は、自ら理論的手法を開発し,固体物理学の基本的問題に対して信頼できる結果を出してきた。よって、大槻氏は泉萩会奨励賞相当と判断される。

第1回泉萩会奨励賞報告(平成21年度)

1.選考経過等

 選考委員会は9月8日と9月15日の2回開催された。
 森田記念賞の候補者は、前年度に推薦された2名のみで、新たな推薦はなかった。他方、泉萩会奨励賞の候補者は、専攻長推薦の3名であった。これら5名の候補者に対して業績等を検討した結果、各候補者の推薦区分を無視して、合わせて適任者を選考することとした。
 慎重審議した結果、本年度の森田記念賞には三好由純氏(平成8年地球物理学科卒)、泉萩会奨励賞には是枝聡肇氏(平成7年物理第二学科卒)と萩野浩一氏(平成5年物理第二学科卒)を推薦することが全会一致で決定された。
 以上については、10月23日の理事会で承認された。

2−1.受賞者1

受賞者氏名
是枝 聡肇
平成12年物理学第二専攻博士課程修了、東北大学大学院理学研究科物理学専攻助教
受賞の業績 高分解能光散乱分光による量子常誘電体の低エネルギー素励起の研究
(A High-resolution Light-scattering Study on the Low-energy Excitations in Quantum Paraelectrics)
受賞の対象となった論文
  • A. Koreeda, T. Nagano, S. Ohno and S. Saikan, Phys. Rev. B, 73 (2006) 024303(1-17), Quasielastic light scattering in rutile, ZnSe, silicon, and SrTiO3
  • A. Koreeda, R. Takano and S. Saikan, Phys. Rev. Lett., 99 (2007) 265502(1-4), Second sound in SrTiO3

2−2.受賞理由

 是枝氏の受賞理由は、代表的な"量子誘電体"チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)において、理論的に予測されていた第二音波の存在を、実験的に検証したことにあります[業績1,2]。この成果は、この種の物質において「温度の波動」、つまり「熱の固有状態」が存在することを示し、新しい物性研究の道を開いたものと高く評価されます。
 同氏は、光散乱、主にブリルアン散乱を用いて物質の低エネルギー励起状態を研究している新進気鋭の若手研究者です。この低エネルギー領域(1000 GHz以下、特に注目するのが100 GHz以下のエネルギー)では、分光装置の分解能が重要な要因となってきます。同氏は、単一モード発振のアルゴンイオンレーザとサンダーコック型のファブリーペロー干渉計を組み合わせた高分解能光散乱分光装置を開発し、使用してきました。本実験では、はじめに、SrTiO3を含むいくつかの物質の低エネルギー励起、特に熱拡散によるレイリー弾性散乱ピークと特異な非弾性散乱ピークの詳細な温度依存性を測定しました[業績1]。この研究から、SrTiO3に注目することになります。さらに、新しい手法として、「フォノン気体」に対して非平衡熱力学方程式から動的構造因子を導き、解析に用いました[業績2]。"測定分解能の向上"、"いくつかの物質による測定"、"新しい解析手法の定式化"と段階を踏んだ努力と成果の積み重ねがこの結果を生んだことは明瞭です。このような継続的な努力は、極めて高く評価されます。

3−1.受賞者2

受賞者氏名
萩野 浩一
平成10年物理学専攻博士課程修了、東北大学大学院理学研究科物理学専攻准教授
受賞の業績 低エネルギー重イオン核融合反応の理論的研究
(Theoretical study on low-energy heavy ion fusion reaction)
受賞の対象となった論文
  • K. Hagino, N. Takigawa, M. Dasgupta, D. J. Hinde, and J. R. Leigh,Validity of the linear coupling approximation in heavy-ion fusion reactions at sub-barrier energies, Phys. Rev C55(1) (1997), 276.
  • K. Hagino, H. Sagawa, J. Carbonell, and P. Schuck, Coexistence of BCS- and BEC-Like Pair Structures in Halo Nuclei, Phys. Rev. Letters, 99 (2007), 022506.

3−2.受賞理由

 萩野氏は原子核物理学における最も基本的な問題の1つである低エネルギー重イオンの核反応について,高精度なモデルを開発するとともに,実験データからポテンシャル形状の情報を取得する道を拓き,さらにその手法を核構造解析に応用するなど原子核反応,原子核構造の統一的理解に多くの功績を挙げております。
 クーロン障壁以下の低エネルギー領域における重イオン核反応は量子トンネル効果を通じて進行するため,反応断面積がポテンシャル障壁の形状に極めて敏感で,散乱核の励起すなわち結合チャンネル効果の影響を強く受け,モデル化が困難でありました。萩野氏は,結合チャンネル法に基づく理論的枠組みを検討し,従来の線形結合モデルは不十分で高次の効果が重要であることを見出すとともに,振動励起モードとの結合を含めて高次の効果を考慮する新たな手法の開発に成功しました。これによって,反応断面積の理論的予測精度が大幅に向上するとともに,反応断面積データから変形の符号を含めて原子核のポテンシャル形状を詳細に知ることが可能になりました。また,萩野氏がそのモデルを基礎に開発した計算コードは,世界各地で重イオン核反応データの解析に用いられ,重要な役割を果たしています(業績1)。
 さらに萩野氏は,この手法がハイパー核構造の研究等にも応用できることを示すなど,核反応,核構造という従来の枠組みを越えてより幅広い視点から原子核を理解する道を模索し,成果を挙げております(業績2)。
 よって,萩野氏の研究は今後の展開が大いに期待され,泉萩会奨励賞に値するものと評価されます。