森田章東北大学名誉教授、前泉萩会会長のご配慮を受けて、以下の要領により泉萩会に学術賞、森田記念賞を設置する
記
受賞者氏名 | 受賞の業績 | |
---|---|---|
第19回 (R.05) |
森下 貴弘 平成24年 宇宙地球物理学科(天文)卒、 博士(理学)、カリフォルニア工科大学 Junior Staff Scientist |
ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を用いた新たな初代銀河の探査手法の確立と宇宙再電離期の解明 |
第18回 (R.04) |
杉本 周作 平成15年宇宙地球物理学科卒、博士(理学)、東北大学大学院理学研究科 准教授 |
気候変動・気候変化への中緯度海洋の役割解明に関する研究 |
第17回 (R.03) |
西山 尚典 平成20年宇宙地球物理学科卒、博士(理学)、情報・システム研究機構国立極地研究所 助教 |
大型大気レーダーを用いた太陽-磁気圏高エネルギー粒子に対する中層大気の応答の研究 |
第16回 (R.02) |
南部 雄亮 平成21年 京都大学大学院理学研究科 修了、博士(理学)、東北大学金属材料研究所准教授・東北大学ディスティングイッシュトリサーチャー |
偏極中性子散乱を用いた磁性研究 |
第15回 (R.01) |
當真 賢二 平成20年 京都大学大学院理学研究科 修了、博士(理学)、理学研究科天文学専攻 准教授 |
ブラックホールジェットに関する理論的研究 |
第14回 (H.30) |
松原 正和 平成17年 東京大学大学院工学系研究科 修了、 博士(工学)、理学研究科物理学専攻 准教授 |
非線形光学効果を用いた機能性物質の研究 | 第13回 (H.29) |
石川 貴嗣 平成9年 京都大学理学部卒業、博士(理学)、電子光理学研究センター 助教 |
光子ビームによるクォーク・ハドロン物理の探究 |
第12回 (H.28) |
内田 直希 平成11年 宇宙地球物理学科(地物)卒業、博士(理学)、現在、地震・噴火予知研究観測センター 准教授 |
小繰り返し地震を用いたプレート境界の非地震性すべりに関する研究 |
第11回 (H.27) |
前田 拓人 平成13年 宇宙地球物理学科(地物)卒業、博士(理学)、東京大学地震研究所 助教 |
地震・津波現象のモニタリングとシミュレーションの融合研究 |
泉田 渉 平成6年 新潟大学理学部卒業、博士(理学)、理学研究科物理学専攻 助教 |
カーボンナノチューブのスピン軌道相互作用に関する研究 | |
第10回 (H.26) |
伊藤 正俊 平成15年 京都大学・理学研究科・物理学宇宙物理学専攻修了、博士(理学、京都大学)、 サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター 助教 |
炭素12原子核の新しい励起状態の発見縲恁エ子核におけるアルファ凝縮状態の探索と宇宙に於ける元素合成の謎に迫る核構造の研究 |
第9回 (H.25) |
川端 弘治 平成6年東北大学理学部天文および地球物理学科第一(天文)卒、博士(理学)、 広島大学宇宙科学センター 准教授 |
外層を剥ぎ取られた重力崩壊型超新星の爆発形態に関する研究 |
第8回 (H.24) |
木村 憲彰 平成5年筑波大学第三学群基礎工学類卒、博士(理学、大阪大学)、 東北大学大学院理学研究科物理学専攻 准教授 |
空間反転対称性の破れた重い電子系超伝導の研究 |
第7回 (H.23) |
中村 哲 平成1年東京大学理学部物理学科卒、博士(理学、東京大学)、 東北大学大学院理学研究科物理学専攻 准教授 |
電子ビームによるラムダ・ハイパー核分光研究の確立 |
川村 賢二 平成6年地球物理学科卒、博士(理学)、 国立極地研究所・研究教育系気水圏研究グループ 准教授 |
極域氷床コアの気体分析に基づく過去の大気組成・気候変動の研究 | |
第6回 (H.22) |
柴田 尚和 平成四年東京理科大学理学部物理学科卒、博士(理学、東京理科大学)、 東北大学大学院理学研究科物理学専攻 准教授 |
密度行列繰り込み群による強相関電子系の研究 |
第5回 (H.21) |
三好 由純 平成8年 宇宙地球物理学科卒、博士(理学)、名古屋大学太陽地球環境研究所 助教 |
地球放射線帯における粒子加速過程の研究 |
第4回 (H.20) |
木村 真一 昭和63年物理第二学科卒、博士(理学)、自然科学研究機構分子科学研究所 准教授 |
赤外放射光利用技術の開発と多重極限下での強相関電子系の低エネルギー分光研究 |
第3回 (H.19) |
西村 太志 昭和61年天文及び地球物理第二卒、博士(理学)、地球物理学専攻 准教授 |
火山噴火のダイナミクスの研究 |
第2回 (H.18) |
芳賀 芳範 平成2年物理第2学科卒、博士(理学)、日本原子力研究開発機構先端基礎研究センター 副主任研究員 |
f電子系化合物の開発的な物性研究 |
小松英一郎 平成9年天文学科卒、博士(理学)、Assistant Professor, University of Texas at Austin |
宇宙背景輻射の温度ゆらぎ及び偏光度の観測を用いた宇宙論標準模型の検証 | |
第1回 (H.17) |
石原 純夫 昭和62年物理第2学科卒、博士(理学)、東北大学大学院理学研究科物理学専攻 助教授 |
金属酸化物の軌道秩序の理論的研究 |
第19回森田記念賞(令和5年)について、選考委員会(10月3日)において慎重に審議した結果、森下貴弘氏に授与することを決定した。
受賞者氏名 | 森下 貴弘(もりした たかひろ) 平成24年宇宙地球物理学科(天文)卒、 博士(理学)、カリフォルニア工科大学 Junior Staff Scientist |
|
受賞の業績 |
ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を用いた新たな初代銀河の探査手法の確立と宇宙再電離期の解明 (New Exploration of the First Galaxies and the Epoch of Reionization in the early Universe with the James Webb Space Telescope) |
|
受賞の対象となった論文 |
|
2021年12月に打ち上げられたジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡JWSTは、宇宙で最初に生まれた銀河を検出しその特性と環境、進化を調べることによって、晴れ上がり後の宇宙はどのように進化したのか、我々の住む天の川銀河などの銀河がいつ誕生し、どのようにして現在の姿に至ったのかを探ることを可能にした。森下氏は博士課程在籍中から米国に留学してJWSTに備えたデータ解析法を開発し(Morishita,2021,ApJs,253,: 4)、初期宇宙の探査データが公開されるといち早く整約と解析を行って、インパクトの高い結果を公表した。
論文1では、かつてない精度の観測により可能となった探査手法を、巨大銀河団SMACS J0723方向の近赤外線撮像データに適用し、銀河の色を用いて赤方偏移z>7(宇宙年齢8億年より若い)の初代銀河を複数個同定して、それらの天体では恒星生成率がz<3(宇宙年齢20億年より古い)の銀河よりも二桁高く、恒星の平均年齢は5000万年程度と若くて金属量が太陽の0.2倍程度であることを示した。また、同定された銀河の近傍には将来合体されることが予想される小さな銀河が存在することも見出した。
論文2は、銀河の形成と進化を調査する天域として注目されているもう一つの銀河団Abell2744方向で得たJWSTの測光と分光データの解析を行って131億光年(宇宙年齢7億年)にある銀河の群れを発見し、宇宙年齢7億年の時の宇宙の再電離量を計算した。群れの総質量をもとに推定すると、この群れはいずれ、かみのけ座銀河団に匹敵する巨大銀河団にまで成長する可能性があり、小さな銀河が互いの重力で集合し大規模構造になるというΛCDM理論との整合性を問う新たな問題を提起した。
以上のように、森下貴弘氏はJWST のデータ解析に精通し、人類がまだ見たことの無い宇宙初期に関する重要な知見を得る共に、今後もこの分野において世界をリードして貢献することが期待されることから、森田記念賞にふさわしい研究者であると認められる。
第18回森田記念賞の公募に対して、推薦書提出があったのは2名であった。選考委員会(9月28日)で慎重に審議した結果、候補者の杉本周作氏に授賞することを決定した。
受賞者氏名 | 杉本 周作(すぎもと しゅうさく) 平成15年宇宙地球物理学科卒、博士(理学)、東北大学大学院理学研究科 准教授 |
|
受賞の業績 |
気候変動・気候変化への中緯度海洋の役割解明に関する研究 (Study on the Role of Mid-latitude Oceans in Climate Change) |
|
受賞の対象となった論文 |
|
杉本周作氏は専門分野である海洋物理学に加えて、大気物理学、気象学をも含む学際的な観点から気候変動に関する研究を推進し、優れた成果をあげてきた。
まず、海水温度や海面熱フラックス等のデータを用いて、冬季において中国大陸からの寒気の影響を受けて形成された水塊が、夏季に浅い海洋混合層の下に潜り亜熱帯モード水を形成し、翌年の冬に再び海面に現れる現象のメカニズムを明らかにした。また、このようなモード水や海面水温の長期変動解析により、海洋における地球温暖化、気候変動の実態を解明した。特に、世界中の長期海洋データを発掘、収集し、最新の観測データも併せて解析することにより亜熱帯の海洋内部で海面よりも温暖化が急速に進んでいることを明らかにした。
さらに、杉本氏は黒潮の大蛇行が大気に影響し、関東地域の気候に影響を与えていることを示した。黒潮の大蛇行に伴って東海沖沿岸海域の海面水温が昇温すると蒸発量が増加し、大気下層の水蒸気量が増加する。その水蒸気が関東地方に流入することにより高い気温とも相まって下向き長波放射が増加するという、いわばローカルな温室効果が強化されることにより、関東地域周辺が猛暑になることを明らかにした。この結果はマスコミ等でも多く取り上げられ社会的インパクトも大きいものであったが、単なる統計解析や考察ではなく、数値モデルを用いてメカニズムを解明した点は学術的にも高く評価できる。以上に加えて、三陸沖の海洋暖水渦が大気に及ぼす影響の解明や、黒潮蛇行そのもののメカニズム解明に関する研究等でも成果をあげている。
これらの研究の背景には流体力学や熱力学に関する深い理解と理論的考察がある。杉本氏の研究は独自の着眼点により重要な課題を発見し、研究に取り組むことにより、他の研究者が思いつかないようなアプローチで自然現象を解明するものである。
以上により、杉本氏の研究業績は泉萩会森田記念賞に相応しいものであると高く評価する。
第17回森田記念賞の公募に対して、推薦書提出があったのは1名のみであった。選考委員会(9月27日)で慎重審議した結果、候補者の西山尚典氏に授賞することを決定した。
受賞者氏名 | 西山 尚典(にしやま たかのり) 平成20年宇宙地球物理学科卒、博士(理学)、情報・システム研究機構国立極地研究所 助教 |
|
受賞の業績 |
大型大気レーダーを用いた太陽-磁気圏高エネルギー粒子に対する中層大気の応答の研究 (Study on solar/magnetospheric energetic particle impacts on the middle atmosphere by using atmospheric VHF radar) |
|
受賞の対象となった論文 |
|
西山氏は、日本の南極昭和基地に設置され、2015 年から本格稼働を開始したPANSYレーダーと呼ばれる大型レーダーの建設、初期からの観測、そして、昭和基地上空の大気の精密データの導出まで、一貫して、大型レーダーにかかわる研究を行なって来た。
地球大気において、気象現象が起こる対流圏(高度10km以下)と電波伝搬に需要な電離層(高度100km以上)との間の領域は、中層大気と呼ばれているが、この領域を研究対象とするのが、PANSYレーダーである。
極域の中層大気の研究において、宇宙から飛来する高エネルギー粒子の影響を検出する観測手段が限られていた。西山氏は、南極昭和基地の大型大気レーダー(PANSYレーダー)を運用し、高エネルギー粒子が中層大気に与える影響という問題に挑戦して来た。西山氏は、中層大気の電離の指標としての散乱強度の絶対計測を進めた点が独自の視点である。
西山氏は、レーダーのエコー電波の解析から、太陽や磁気圏を起源とする高エネルギー粒子が昭和基地上空の中層大気に降下してくるとき、散乱波が急激に増加することを見出した。中層大気の電離生成モデル計算を行い、高エネルギー粒子によって、高度60-80km の大気中の自由電子が短時間で増大していることを突き止めた(参考論文 1)。
また2013年3-9月の半年におけるエコー電波の出現高度・地方時依存性・季節変化を研究し、中層大気の電離には、太陽放射(X線や紫外線)が重要である一方、従来の定説以上に、高エネルギー粒子による電離が進行していることを指摘した(参考論文 2)
西山氏のこれらの研究は、南極昭和基地の大型大気レーダーを効果的に運用し、中層大気の電離の指標としてエコー電波の散乱強度を用いた点を起点として、太陽や磁気圏から降下する高エネルギー粒子が、従来の予想を超えて、中層大気電離を促進している事を明らかにするに至った点で、高く評価される。
以上により、西山尚典氏は、森田記念賞にふさわしい研究者と認められる。
第16回森田記念賞の公募に対して、推薦書提出があったのは1名のみであった。選考委員会(9月17日)で慎重審議した結果、候補者の南部雄亮氏に授賞することを決定した。
受賞者氏名 | 南部 雄亮(なんぶ ゆうすけ) 平成21年 京都大学大学院理学研究科 修了、博士(理学)、東北大学金属材料研究所准教授・東北大学ディスティングイッシュトリサーチャー |
|
受賞の業績 |
偏極中性子散乱を用いた磁性研究 (Study of magnetism using polarized neutron scattering) |
|
受賞の対象となった論文 |
|
人類の磁石との関りは紀元前に遡るが、その本質が明らかになるのは量子力学が構築された前世紀になってからであり、さらに、物質内部の磁気構造が明らかになるのは、電気的に中性なスピンを持つ粒子である中性子の散乱実験が可能となってからである。南部雄亮氏は、以下に述べるように、この中性子のスピンの偏極を揃えた偏極中性子を使った散乱実験を基軸とした磁性研究から、低周波スピン液体物質における磁性の空間・時間相関に関わる新たな実験結果や、スピントロニクス分野での新物質・新デバイスの開発につながる重要な知見等の革新的な成果を上げた。
・幾何学的フラストレーション系における磁気揺らぎ時間スケールの解明
南部氏は、中性子散乱を主たる測定手段とし、それを複数の測定手段を組み合わせ、幾何学的フラストレーション系である三角格子反強磁性体NiGa2S4の時間的磁気相関を明らかにすることに成功した。実際の実験では、中性子散乱実験と、ミュオンスピン緩和、交流・非線形帯磁率測定を組み合わせることにより、磁気揺らぎを13桁に渡る時間スケールで定量的に解明することを可能とし、その結果、空間的磁気揺らぎの温度の変化とは対照的に、時間的磁気揺らぎにはMHz程度で停留する温度領域が存在することを見出した。
・電子スピン歳差運動の回転方向の観測
現在、物性分野で脚光を浴びているスピントロニクスでは、スピン流の生成・制御が重要であるにもかかわらず、その基本となる微視的な観測・理解は十分とは言い難い状況にあった。例えば、絶縁磁性体においては、電子スピンの歳差運動によってスピン流が伝搬されることが知られていたが、その歳差運動を顕わに観測した例はこれまでなかった。南部氏は、絶縁物フェリ磁性体であるY3Fe5O12を対象物質として、この歳差運動の回転方向であるマグノン極性を、偏極中性子散乱実験によって観測することに成功した。本研究により観測されたマグノン極性は、スピントロニクス物質の機構の解明や新物質の開発に不可欠な微視的情報であると共に、今後、マグノン極性を活かした新デバイス開発への発展が期待される。
以上のように南部雄亮氏は、森田記念賞にふさわしい研究業績をあげたものと評価される。
第15回森田記念賞(令和元年)の公募に対して、2名の候補者推薦があった。選考委員会(9月20日)において慎重審議した結果、天文学分野の當真賢二氏に授与することを決定した。
受賞者氏名 | 當真 賢二(とうま けんじ) 平成20年 京都大学 理学研究科 修了、博士(理学)、天文学専攻 准教授 |
|
受賞の業績 |
ブラックホールジェットに関する理論的研究 (Theoretical study on black hole jets) |
|
受賞の対象となった論文 |
|
論文(1)は、宇宙で最も明るく激しい現象のガンマ線バーストに関するものである。突如強烈なガンマ線で数十秒間輝いた後に、X線から電波におよぶ残光が数日間観測されるこの現象は、ブラックホールとの関連が深いと考えられている。ガンマ線バーストを理解するためにはガンマ線および残光の偏光特性の把握が有効であることを統計的に示したこの論文は、その後、内外から高い評価を得るとともに、世界の高エネルギー天文学研究計画に大きな影響を与えている。距離が求められたガンマ線バースト天体はいずれも数10縲鰀100億光年の遠方に位置することから、偏光特性の観測により、CPT対称性の破れやアクシオン光子結合定数への最も厳しい制限を課すという基礎物理学をも巻き込んだ世界的な研究の流れを作り出している。(K. Toma et al., Physical Review Letters, 109, 241104 (2012) ほか)。
論文(2)は、當真氏も参画しているブラックホール撮影国際プロジェクトが行ったM87銀河中心の超高分解能観測で得られた電波画像を、理論的数値シミュレーションの結果と詳細に比較し議論したものである。観測された明るいリング放射は一般相対論の予言と整合的であること、ブラックホールの推定質量は約65億太陽質量であることを示した上で、ブラックホールは回転していると考えるのが尤もらしく、その角運動量ベクトルは地球から見て向うむきであると主張した。この主張は、ブラックホールから噴出するように見えるプラズマジェットの電磁エネルギー流が一般相対論的効果によって一般的に生じ、回転ブラックホールの場合には因果律的に許されるとの當真氏の理論的な基礎付けに基づいて解析し導かれたものである。ブラックホールの質量のみならず角運動量に関する情報を観測から求めた意義は大きい。
以上のように、當真氏は高エネルギー天文学のみならず関連する物理学の分野においても先駆的な研究を続け、今後も世界をリードすることが期待されることから、森田記念賞にふさわしい研究者であると認められる。
第14回森田記念賞(平成30年)の公募に対して、2名の候補者推薦があった。選考委員会(9月13日)において慎重審議した結果、物理学分野の松原正和氏を授賞者に決定した。
受賞者氏名 | 松原 正和(まつばら まさかず) 平成17年 東京大学大学院工学系研究科 修了、 博士(工学)、理学研究科物理学専攻 准教授 |
|
受賞の業績 |
非線形光学効果を用いた機能性物質の研究 (Study of functional materials by nonlinear optical effects) |
|
受賞の対象となった論文 |
|
光を用いた物質探索や新しい光学現象の探索においては、近年、通常の金属や半導体にとどまらず、磁性や強誘電性などの物質中の秩序を積極的に利用した研究が盛んに行われている。``マルチフェッロイック物質"とは磁気双極子モーメントや電気双極子モーメントなどが配列した秩序状態((反)強磁性相、(反)強誘電相、強弾性相)が複数共存する物質である。松原氏の研究はマルチフェッロイク物質において非線形光学効果を用いることで、マルチフェッロイック状態の可視化ならびに操作を行ったものである。
上記論文(1)では、マルチフェロイクス物質における光によるイメージングと操作について成果を上げた。遷移金属酸化物TbMnO3ではスパイラル磁気秩序が電気分極を誘起することが明らかになっている。松原氏は2次高調波(SHG)を用いることでスピン・電気分極ドメイン(マルチフェロイック・ドメイン)を観測し、ドメインならびにドメイン壁の電場・磁場下におけるダイナミクスを明らかにした。この物質では磁場印加により電気分極の方向が不連続に90度変化することが知られているが、その際にスピン・電気分極ドメインがどのように変化するかを初めて可視化することに成功した。得られた実験と現象論的理論解析を比較することで、ドメイン変化の機構を明らかにした。
上記論文(2)では、光による反強磁性秩序変数の反転について成果を上げた。TbMnO3ではスパイラル磁気秩序を伴った電気分極相が出現するが、スパイラル秩序の回転の向きならびに電気分極の向きにより二つのドメイン(これをプラス/マイナス・ドメインと呼ぶ)が存在する。本研究では波長の異なる光パルスを用いることで、プラス・ドメインからマイナス・ドメインへの反転ならびにその逆操作が可能であること、かつこれが可逆的に行われることを示した。
以上のように松原氏は、森田記念賞にふさわしい優れた研究業績を上げたものと評価される。
第13回森田記念賞(平成29年)の公募に対して、3名の候補者推薦があった。選考委員会(10月4日)において慎重審議した結果、物理学分野の石川貴嗣氏を授賞者に決定した。
受賞者氏名 | 石川 貴嗣(いしかわ たかつぐ) 平成9年 京都大学理学部卒業、博士(理学)、電子光理学研究センター 助教 |
|
受賞の業績 |
光子ビームによるクォーク・ハドロン物理の探究 (Exploring quark-hadron physics with a photon beam) |
|
受賞の対象となった論文 |
|
石川貴嗣氏は東北大学に着任以来,光子ビームによるクォーク・ハドロン物理を探究するため計画された全立体角電磁カロリメータ(FOREST)の建設と電子光理学研究センター(ELPH)のGeV 光子ビームラインの整備に主導的な役割を担った.FOREST完成直後に発生した東日本大震災(2011.3.11)により装置と設備が破壊されたため研究の中断を余儀なくされた.石川氏は実験装置の復旧に粘り強く全力で取り組み,研究の再開を果たした.石川氏は研究開発に取り組んで来ただけではなく,核物理研究拠点の世話人として,ビームタイム管理や研究会の主催など,ELPHの共同利用業務にも尽力してきた.
論文1 (PLB72, 398(2017))ではγd → π0π0d生成断面積を測定し,2核子あるいは6クォーク状態と考えられているダイバリオンに関する新たな知見を世界で初めて明らかにした. 石川氏は世界最高性能を誇るBGO電磁カロリーメータ(論文2)の設計と建設,本研究を遂行するために建設した大立体角検出器システム(論文3)と 高強度光子標識化装置(論文4)の設計と製作の主導的役割を果した.原子核の実験的研究方法に大きな貢献をした特筆される業績である.
このように石川氏は実験研究には不可欠な新らしい技術開発をふまえ,原子核物理学の実験分野において活発に研究を進めており,今後の活躍が最も嘱望されている若手研究者のひとりである.
以上の理由により、石川貴嗣氏は森田記念賞に相応しいと評価できる.
第12回森田記念賞(平成28年)の公募に対して、2名の候補者推薦があった。選考委員会(9月9日)において慎重審議した結果、地球物理学分野の内田直希氏を受賞者に決定した。
受賞者氏名 | 内田 直希(うちだ なおき) 平成11年 宇宙地球物理学科(地物)卒業、博士(理学)、現在、地震・噴火予知研究観測センター 准教授 |
|
受賞の業績 |
小繰り返し地震を用いたプレート境界の非地震性すべりに関する研究 (Studies on interplate aseismic slip based on small repeating earthquakes) |
|
受賞の対象となった論文 |
|
プレート境界では、地震による速いすべりに加え、非地震性すべりと呼ばれるゆっくりとしたすべりにより、プレート間の相対運動による歪みが解消されている。これらの2種類のすべりはお互いに影響を及ぼしあっているため、地震の発生過程の理解には両者の発生状況の把握が重要となる。非地震性すべりは地震による高速すべりに比べて推定が難しいが、内田直希氏は博士論文において、プレート境界の非地震性すべりの時空間変化を、小繰り返し地震と呼ばれる特徴的な地震を用いて見積もった。これは、沈み込みプレート境界においては世界で初めての成果であり、特にGPS等の陸上の測地学的観測では推定が困難な沖合において、詳細かつ長期のプレート境界すべりの状況を捉えることに成功したことは、沈み込み帯のテクトニクスの解明にとって大きな貢献となった。
内田氏はその後、小繰り返し地震の研究をさらに進め、地震のすべりベクトルを用いた推定により、関東地方の沖合のフィリピン海プレートの北限位置を推定し、さらに、プレート境界の固着強度が上盤側のプレートの性質に規定されているということを明らかにした[業績1]。東北地方太平洋沖地震の発生原因の解明においても、小繰り返し地震による非地震性すべり推定は威力を発揮し、この大地震の発生前の数年間の期間にプレート境界の固着が緩んでいたことを示した[業績2]。また、北海道から関東地方の沖合で周期的なスロースリップ(非地震性すべり)が起きていることを発見し、このスロースリップが起きている時期に中?大規模の地震が起きやすいことを見出した[業績3]。これらの業績は、プレート境界型地震と非地震性すべりの相互作用を明らかにした先進的なものであり、プレート境界型地震の発生過程の理解の進展に貢献しているだけでなく、将来的に大地震の起こりやすい場所と時期を特定することにより、地震災害軽減にも貢献できる可能性のある重要な研究である。
以上のように内田氏は、森田記念賞にふさわしい優れた研究業績を上げたものと評価される。
第11回森田記念賞(平成27年)の公募に対して、4名の候補者推薦があった。2回の選考委員会(9月8日および10月9日)において慎重審議した結果、地球物理学分野の前田拓人氏と物理学分野の泉田渉氏(年齢の若い順)を受賞者に決定した。
受賞者氏名 | 前田 拓人(まえだ たくと) 平成13年 宇宙地球物理学科(地物)卒業、博士(理学)、東京大学地震研究所 助教 |
|
受賞の業績 |
地震・津波現象のモニタリングとシミュレーションの融合研究 (Integrated study of modeling and simulation of earthquake and tsunami phenomena) |
|
受賞の対象となった論文 |
|
前田拓人氏は、地震・津波波動伝播現象の背景物理の洞察に基づき、地殻活動や地球内部構造の解明や巨大地震発生に伴う地震動と津波のための記録解析・モニタリング手法を多数提案、実現してきた。
前田氏の研究は多岐にわたり、これらは主に3つに分けられる。第一は、申請者の理論的考察の礎となる、地震波動伝播の理論的研究である。観測される長周期表面波のコーダ波の形成の仕組みの解明や、不均質な媒質中を伝播するP波、S波及び表面波の散乱過程の数理的モデリング(業績1)を進めた。第二は、高密度波形記録の徹底的な調査にもとづく、地殻活動のモニタリング手法の開発と新現象の発見である。巨大地震発生帯深部で発生する深部低周波微動の新たな震源決定法の開発、常時微動連続記録解析にもとづく地殻構造の時間変化の発見、大地震に伴う海中音波(T-phase)の海山列からの反射現象の発見、海底津波記録を用いた2011年東北地方太平洋沖地震の震源過程の推定(業績2)など、既存のデータを丁寧に解析した研究である。そして、第三は、地震波や津波伝播などに関する高度な数値シミュレーション技法の開発と実施である。海溝型巨大地震に励起される地震動、地殻変動、津波はこれまで個別に数値計算されてきたが、複雑に絡み合ったこれらの現象を統一的に再現する手法を提案し(業績3)、「京」コンピュータ等の大型計算機上でシミュレーションを実現した。
東北地方太平洋沖地震の発生後、日本海溝海底地震津波観測網(S-net)の整備が進められるなど、地震・津波のモニタリング研究の重要性はますます増大しており、前田氏のこの先駆的な研究は、地震・津波現象の理解だけでなく、リアルタイム解析への応用により防災・減災に大きく貢献する可能性が高い。
以上のように、前田拓人氏は森田記念賞にふさわしい優れた研究業績を上げたものと評価される。
受賞者氏名 | 泉田 渉(いずみだ わたる) 平成6年 新潟大学理学部卒業、博士(理学)、理学研究科物理学専攻 助教 |
|
受賞の業績 |
カーボンナノチューブのスピン軌道相互作用に関する研究 (Study on spin-orbit interaction in carbon nanotubes) |
|
受賞の対象となった論文 |
|
単層カーボンナノチューブ(CN)はグラフェンを切り取って筒状にした構造を持つが、半径の自由度のみならず、「巻き方」に関する自由度も持つ。従って、CNは多彩なバンド構造を持ち、1次元導体または半導体となる。そのため、基礎物性のみならず応用の観点からも興味を持たれている。CNは炭素で出来ているためにバンド構造に対するスピン軌道相互作用は小さいが、それがどのような効果を持つかについてはこれまで良く知られていなかった。泉田氏はこの問題についていくつかの重要な成果を挙げている。
まず、参考資料1)では、螺旋対称性を有する系に対してスピン自由度を取り込んだブロッホ関数の定式化を行い、それに基づいたタイトバインディング法による数値計算を系統的に行った。それにより、アームチェアー型と呼ばれるCNではバンドギャップが開くこと、カイラル型ならびにジグザグ型と呼ばれるCNではバンド分裂が生じることを見出した。また、これらの現象がCNの半径や巻き方に強く依存することが示された。これらの結果については、有効モデルを導出することにより系統的に説明することに成功している。
参考資料2)では、CNのバンドの「谷」と呼ばれる自由度の存在により、電子の速度がチューブに対してどちら向きの運動であるかによって異なる値となることを指摘し、そのことに起因するバンド構造の特徴を明らかにした。参考資料3)では、さらにスピン軌道相互作用を含めたモデルによる解析がなされた。数値計算を通して、特にMetal-1と呼ばれる物質では、二つの谷では異なる軌道角運動量を示すことを示すとともに、そこでのバンドの縮退とスピン軌道相互作用の効果を明らかにした。
以上の結果は、これまで定量的に考慮されることのなかったカーボンナノチューブに対するスピン軌道相互作用の様々な効果を明らかにしたものである。
泉田渉氏のこれらの業績は森田記念賞にふさわしいと判断される。
第10回森田記念賞(平成26年)の公募に対して、4名の候補者推薦があった。2回の選考委員会(9月2日、16日)において慎重審議した結果、サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター測定器研究部の伊藤正俊氏を受賞者として決定した。
受賞者氏名 | 伊藤 正俊(いとう まさとし) 平成15年 京都大学・理学研究科・物理学宇宙物理学専攻修了、博士(理学、京都大学)、 サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター 助教 |
|
受賞の業績 |
炭素12原子核の新しい励起状態の発見縲恁エ子核におけるアルファ凝縮状態の探索と宇宙に於ける元素合成の謎に迫る核構造の研究 (Discovery of the new excited state in ^{12}C 縲鰀 Essential nuclear-structure study for nucleosynthesis-scenario in the universe) |
|
受賞の対象となった論文 |
|
核子多体系からなる原子核は自然界に於ける一階層を形成しミクロラボラトリーとして固有の多彩な存在様式を示すと同時に、他の階層と共通の姿も示している。伊藤正俊氏の研究は、宇宙における元素誕生という原子核固有のダイナミックスと、"アルファ凝縮"に通ずる現象を炭素‐12に於ける3α状態に焦点を当てて実験的に明らかにしたものである。
原子核に於ける結合エネルギーは質量数A‐50近傍の原子核を最大として、元素合成は、これより軽い核に於いては核融合反応を通して進み、これ以降の元素合成は中性子の吸収とベータ崩壊を通して進行する。この宇宙に於ける元素合成のシナリオの中にはいくつかの壁があるが、一番大きなものは極初期に現れるA(N+Z) = 8の壁である。N = 4, Z = 4の^8Be核は出来ても直ちに2個のアルファ粒子に崩壊してしまい、以降の重い核は生成されず元素合成はストップしてしまう。この困難を、3個のアルファ粒子3αで合成された0^+2状態(ホイル状態)が炭素‐12の励起エネルギーE_x = 7.65 MeVに有るものとして克服し、宇宙に^12C核の誕生を見て以降の重い核の合成が可能となったとされている。
このホイル状態による元素合成のシナリオは核物理学に新たな課題を持ち込んだ。そのうちの一つは、元素誕生のための定量的な議論にするために必要な、3個のアルファ粒子が融合する確率を求めることと、第2に0^+2状態(ホイル状態)の素性を明確にする為、この状態の励起状態を見つけることであった。
3体反応の断面積を実験的に求める方法は逆反応を使うdetailed balanceの手法によって0^+2状態(ホイル状態)のdirect 3α decayの観察に依れば良く、またアルファ凝縮状態とされるホイル状態そのものを明確にするためには0^+2状態(ホイル状態)をバンドヘッドとする励起2^+状態を見つけ出すことであった。第10回森田記念賞の対象となった伊藤正俊氏の研究内容を示す上記(d)の2編の論文の内(2)は上で述べた前者の課題に3α decayの崩壊分岐比を上限0.2%で測定して応えるものであり、(1)は7.65 MeVの0^+2状態より2.19 MeV上(3αが正三角形に組んで集団運動し、2^+‐one phonon励起となる)に2^+2状態の候補を発見し、後者の課題に応えるものとなっている。
以上をもって、伊藤正俊氏は森田記念賞にふさわしい優れた研究業績を上げたものと評価される。
第9回森田記念賞(平成25年)の公募に対して、2名の候補者推薦があった。2回の選考委員会(9月12日、26日)において慎重審議した結果、天文・宇宙物理学分野の川端弘治氏を受賞候補者として推薦することとした。なお、今回は2名の候補者の中から選ばれたものであるが、川端氏の業績が森田記念賞歴代受賞者の業績と比較して全く遜色がないことを付言する。
受賞者氏名 | 川端 弘治(かわばた こうじ) 平成6年東北大学理学部天文および地球物理学科第一(天文)卒、博士(理学)、 広島大学宇宙科学センター 准教授 |
|
受賞の業績 |
外層を剥ぎ取られた重力崩壊型超新星の爆発形態に関する研究 (A Study on Morphology of Explosion in Envelope-Stripped Core-Collapse Supernovae ) |
|
受賞の対象となった論文 |
|
恒星全体を爆発により吹き飛ばす「超新星」は、宇宙における元素合成、星形成、銀河の動力学、中性子星、ブラックホールなど今日の天文宇宙物理学の多くの分野と深く関わっている。超新星爆発が球対称的であるかどうかは基本的な問題であるが、これまでの観測ではこの問題に決着をつけることができなかった。他方、計算上の限界から、近年までの研究の大半は「爆発は球対称的である」と仮定して行われたが、「流体シミュレーションで爆発を再現できない」等の困難に直面していた。そうした中、川端弘治氏は「すばる望遠鏡」で微光天体の分光と偏光測定を行うための観測装置を完成させ、これを用いた研究により、この問題について決定的結果を得た。
川端弘治氏が開発に携わった観測装置で特筆すべきことは、偏光測定モードを備えたことと微光天体にたいする高精度測定を安定的に実現させたことである(Kashikawa et.al. 2002, Pub.A. S. Japan) 。この装置を用いた観測により、まず第1に、2002年に現れた超新星の一つでの偏光スペクトル解析から、大質量星が爆発前に外層を剥ぎ取られた状態で重力崩壊を起こしたと考えられる超新星(Ib/c型)おいて「爆発が非等方的である」ことを実証した(業績1)。その後に他の銀河に現れたIb/c型超新星でも、その殆どの爆発が本質的に非等方的であることを、爆発初期から爆発後期までのデータを基にして、結論した。また、球対称からのずれの程度は爆発エネルギーに応じて大きくなることも明らかにした。第2に、理論的に存在が予想されながらも観測では確認されていなかった「軽い重力崩壊型超新星」の初検出に成功し、天体物理学の基礎となる恒星の進化理論が大筋で正しいことを示した(業績2)。
以上のように、川端弘治氏は、超新星の観測に偏光測定を導入し、爆発の機構、ブラックホールの生成、大質量星の進化の解明に繋がる観測結果を得ており、森田記念賞にふさわしい研究業績を上げたものと評価される。
第8回森田記念賞(平成24年度)の公募に対して、昨年と同様に多くの候補者(10名)の推薦があった。2回の選考委員会(9月4日、26日)において慎重審議した結果、物理学分野の木村憲彰氏(物理学専攻準教授)を受賞候補者として推薦することとした。各分野毎に候補者の業績比較および年齢等も含めて総合的に評価した。
受賞者氏名 | 木村 憲彰(きむら のりあき) 平成5年筑波大学第三学群基礎工学類卒、博士(理学、大阪大学)、 東北大学大学院理学研究科物理学専攻 准教授 |
|
受賞の業績 |
空間反転対称性の破れた重い電子系超伝導の研究 (Study of Non-Centrosymmetric Heavy-Fermion Superconductors ) |
|
受賞の対象となった論文 |
|
超伝導の研究においては、従来型の超伝導に加えて、シェブレル超伝導、高温超伝導、有機超伝導などの新規な超伝導の発見により分野の深化が進んで来た。関連する超伝導体の結晶は通例空間反転対称性を持っている。ところが、空間反転対称性の破れた超伝導体中のクーパー対はスピンシングレットやトリプレットといった従来型の超伝導体の枠組みには収まらない。木村憲彰氏は、その研究が開始された当初から空間反転対称性の破れの重要性に気づき、空間反転対称性のない結晶構造を持つ重い電子系物質CeRhSi3の純良単結晶を育成し、圧力下で超伝導を見出した(N. Kimura et al. Phys. Rev. Lett. 95 (2005) 047004)。さらに、この物質の超伝導上部臨界磁場と転移温度の比が、それまで知られていた超伝導物質をはるかにしのぐ高い値を示すことを実験的に明らかにした。そのため、この超伝導は"高温"超伝導ならぬ"高磁場"超伝導とも呼ぶべきものであり、重い電子状態による超伝導に反転対称性がないことが付加されたことに由来する新奇な性質と言える [業績1]。この特異性が明らかになったことで、"空間反転対称性"が超伝導研究の新しいパラダイムとして多くの研究者に印象付けられた。木村氏のこの研究は、日本物理学会欧文誌での重い電子系超伝導の特集号において招待論文にも選ばれている[業績2]。現在では国内外の多くの研究グループが、このパラダイムの下で、新しい超伝導物質の探索やその新奇な性質の解明に取り組んでいる。
以上のように木村憲彰氏は、重い電子系と超伝導の両研究分野にまたがり、先駆的な役割を果たしており、その研究業績は森田記念賞にふさわしいものと評価される。
第7回森田記念賞(平成23年度)の公募に対して、本年度は例年になく候補者が多く11名の推薦があった。2回の選考委員会(9月9日、16日)で慎重審議したが、物理学の分野の1位とされた中村哲氏(物理学専攻準教授)と地球物理学の分野の1位とされた川村賢二氏(国立極地研究所・研究教育系気水圏研究グループ准教授)との間で優劣を付けがたく、本年度の受賞候補者として両氏を推薦することが全会一致で決定された。
受賞者氏名 |
中村 哲 平成1年東京大学理学部物理学科卒、博士(理学、東京大学)、 東北大学大学院理学研究科物理学専攻 准教授 |
|
受賞の業績 |
電子ビームによるラムダ・ハイパー核分光研究の確立 (Establishing Λ hypernuclear spectroscopy with electron beams ) |
|
受賞の対象となった論文 |
|
原子核を構成する核子のように3つのクォークで出来ている粒子のことをバリオンという。そのなかでストレンジネスを持つバリオンのことをハイペロンとよんでいる。ハイペロンの中で最も安定なラムダ(Λ)粒子が原子核ポテンシャルに束縛された系がΛハイパー(原子)核である。Λハイパー核の研究では,強い相互作用により形成されるハドロン多体系の構造解明に「ストレンジネス量子数」を手がかりとして,ハドロン多体系の重要な性質を探索出来ることが知られている。この特徴により,Λハイパー核の研究は通常の原子核を含むハドロン多体系研究の最前線を担うようになってきた。
これまで,Λハイパー核の構造を精密に解き明かす分光実験はパイ中間子やK中間子のような2次ビームを用いて行われてきた。しかし2次ビームによる研究はΛハイパー核の質量分解能や統計精度の追求に限界がある。研究をさらに推進するためには高性能電子ビームを用いた精密測定が不可欠であるとされてきた。東北大学のグループはジェファーソン研究所(米)においてこの研究に挑戦し,電子線によるΛハイパー核分光を初めて成功させた[業績1]。中村氏はこの国際共同プログラムを強力に推進し,Λハイパー核研究の新時代を切り開いたのである。
中村氏はジェファーソン研究所等における実績と成果に基づき,Λハイパー核の弱崩壊にともなうパイ中間子エネルギーの超精密測定によるΛハイパー核の質量を画期的な精度で決定する実験を提案した。この研究はマインツ大学(独)の最新鋭電子加速器を用いた実験として認められている[業績2]。
中村氏は,これまで成し遂げてきた優れた実績によって内外の共同研究者から信頼されている研究者である。 ハイパー核分光実験の新たな研究方法を開拓することにより国際的に認められており,日米欧国際共同研究の要としての役割を期待されている。よって,中村氏は森田記念賞相当と判断される。
受賞者氏名 |
川村 賢二 平成6年地球物理学科卒、博士(理学)、 国立極地研究所・研究教育系気水圏研究グループ 准教授 |
|
受賞の業績 |
極域氷床コアの気体分析に基づく過去の大気組成・気候変動の研究 (Studies on the past atmospheric and climatic variations based on gas analyses of polar ice cores ) |
|
受賞の対象となった論文 |
|
地球の気候は、過去100万年にわたり氷期と間氷期という大変動を10万年周期で繰り返してきたが、その原因は謎のままである。川村賢二氏は、南極やグリーンランドの氷床で掘削された氷床コアから過去の空気を抽出して多成分を同時測定する手法を開発し、過去の大気組成・気候変動の復元やそのメカニズムに関する研究において大きな業績を上げてきた。
川村氏は、ドームふじ氷床コアから抽出した空気試料を用いて重要な温室効果気体である二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素の濃度を同時に測定し、それらの濃度が寒冷な氷期に低く温暖な間氷期に高いという、気候変動との密接な関係を明らかにした。また、雪の圧密数値モデルを用いて氷床コアに含まれる空気と氷との間の年代差を推定し、その検証を大気のメタン濃度を用いて行うことにより高精度化した[業績1、2]。
従来の氷床コア年代には大きな誤差があり、気候変動メカニズムの解明にとって大きな制約となっていた。川村氏は、ドームふじ氷床コア中の酸素濃度が掘削点の夏至日射量に支配される事を見いだし、これに基づき年代を高精度化した。まず質量分析によって過去34万年間にわたる酸素濃度の変動を明らかにし、その結果を計算から求まる日射量変動と比較することで、年代を誤差2000年以下で決定した。南極の気温や大気中二酸化炭素濃度の変動と北半球の夏期日射量変動との前後関係を初めて明らかにし、氷期サイクルに関するミランコビッチ理論を支持する結果を得た。[業績2]
川村氏は、スイスやアメリカでの博士研究員時代にも様々な分析技術の開発とその応用研究を行い、それらの成果はNatureやScience誌などに出版されている。第2期ドームふじ深層氷床コアなどを用いた新たな研究も精力的に展開しており、今後も当該分野において世界をリードする研究を行うと期待できる。よって,川村氏は森田記念賞相当と判断される。
第六回森田記念賞の公募に対して、推薦書提出があったのは1名のみであった。2回の選考委員会(9月8日、14日)で慎重審議した結果、本年度の受賞候補者を柴田尚和氏(物理学専攻准教授)とすることが全会一致で決定された。なお、今回の授賞者は物理系学科・専攻の卒業・修了者以外から選ばれた最初の例となる。
受賞者氏名 | 柴田 尚和 平成四年東京理科大学理学部物理学科卒、博士(理学、東京理科大学)、 東北大学大学院理学研究科物理学専攻 准教授 |
|
受賞の業績 |
密度行列繰り込み群による強相関電子系の研究 (Theoretical study of strongly correlated electron systems by density-matrix renormalization group ) |
|
受賞の対象となった論文 |
|
量子多体系の研究では,膨大な自由度を扱う必要があり,従来の計算手法は極めて不十分な状況にあった。柴田氏は1997年に、量子転送行列を用いた有限温度量子系に対する計算手法窶薄ァ度行列繰り込み群(Density-Matrix Renormalization Group: DMRG)窶狽J発した。これにより強相関量子一次元電子系の熱力学的性質および動的性質を明らかにした。
2000年には,DMRGを磁場中量子二次元系に拡張し、高いランダウ準位(N = 2)の二次元電子系の基底状態の相図を高い精度で決定した[業績1]。この研究により、従来の近似理論(HF近似)で存在が示唆されていた三電子バブル相は明確に否定された。この結果は実験的研究と整合する。
グラフェンにおける分数量子ホール効果の問題は近年大変ホットな研究分野となり、実験的にも理論的にも熾烈な競争が続けられている。柴田氏はこの分野にDMRGを用いて参入し、顕著な業績を挙げつつある。グラフェンは2次元電子系で、その電子はディラック方程式に従う。しかしながら、通常の電子が持つスピンだけでは無く、擬スピンと呼ばれる内部自由度を持っている。この自由度は電子がブリルアンゾーンのK点とK'点でバレー縮退していることに由来する。その結果、この系に磁場を加えたときに生じる分数量子ホール状態として擬強磁性状態が存在し得る。この状態からの素励起としてはバレースカーミオンと呼ばれる位相的励起が存在する。柴田氏はDMRGを用いてバレースカーミオンの励起エネルギーを精密に決定した[業績2]。この成果は、バレースカーミオンに関する実験的検証に対する重要な指針となるものである。
このように、柴田氏は、量子多体系に対して有効な計算手法であるDMRGを開発するとともに、それを用いて物性物理学のいくつかの先端的研究分野に適用し、優れた業績を挙げてきた。よって、森田記念賞の基準を十分に満たしているものと判断される。
選考委員会は9月8日と9月15日の2回開催された。
森田記念賞の候補者は、前年度に推薦された2名のみで、新たな推薦はなかった。他方、泉萩会奨励賞の候補者は、専攻長推薦の3名であった。これら5名の候補者に対して業績等を検討した結果、各候補者の推薦区分を無視して、合わせて適任者を選考することとした。
慎重審議した結果、本年度の森田記念賞には三好由純氏(平成8年地球物理学科卒)、泉萩会奨励賞には是枝聡肇氏(平成7年物理第二学科卒)と萩野浩一氏(平成5年物理第二学科卒)を推薦することが全会一致で決定された。
以上については、10月23日の理事会で承認された。
受賞者氏名 | 三好由純 平成8年 宇宙地球物理学科卒、博士(理学)、名古屋大学太陽地球環境研究所 助教 |
|
受賞の業績 |
地球放射線帯における粒子加速過程の研究 (Studies on Particle Acceleration in the Earth's Radiation Belts) |
|
受賞の対象となった論文 |
|
地球をとりまく広大な空間(ジオスペース)は、太陽から絶え間なく放出される電磁波、磁場、荷電粒子などを受けてダイナミックに変動する。三好由純氏は、放射線帯ダイナミクス研究において大きな業績を上げ、最近急速に進展した宇宙天気予測の発展に大きく貢献した。
磁気嵐時には、放射線帯外帯粒子の大幅な増加・加速が観測される。従来、その粒子加速は断熱輸送によるとの見解が主流であったが、三好氏は複数の衛星観測データ(エネルギー粒子、波動、プラズマ密度)を総合的に解析し、粒子の放射線帯内部加速が実際に起きていること、それが波動による非断熱加速によることをはじめて実証した。さらに、観測事実に即した数値計算を行い、プラズマ波動による非断熱過程が重要な役割を果たしていることを示した。[代表業績1]
放射線帯は磁気嵐時に大きな変動を示すが、どのような磁気嵐の時に放射線帯外帯が増大するかは未解明の重要課題であった。三好氏は、磁気嵐を駆動する太陽風のドライバーソース(CME/CIR)の違いに注目し、第23太陽活動期の中規模以上のすべての磁気嵐についてドライバーソースと放射線帯変動の解析を行い、放射線帯の変動が太陽風のCIR型のドライバーソースによって支配されていることをはじめて明かにした。これらの成果をもとに実用的な宇宙放射線予測のアルゴリズムを発表した。[代表業績2]
無衝突プラズマ系であるジオスペースにおいて、相対論的電子と電磁イオンサイクロトロン波動の共鳴による相対論的電子のピッチ角散乱過程が存在することが、約30年前に理論的に指摘されていた。三好氏は、人工衛星、地上観測データを組み合わせた解析的研究と観測事実にもとづく数値計算により、初めてこれを実証した。これにより、波動粒子相互作用を通してジオスペースにおけるイオンと相対論的電子が相互に影響し合い、放射線帯粒子の変動要因となることが明らかとなった。[代表業績3]
第4回森田記念賞(平成20年度)の公募に対して、新規推薦書提出者2名、再提出(内容変更)者1名、昨年までに推薦書が提出されていた者2名の合計5名(物性物理、素粒子論的宇宙論、核融合)を対象にして2回の選考委員会(9月8日、17日)を開催した。5名の業績等について慎重審議した結果、本年度の受賞者を木村 真一氏(昭和63年物理第二学科卒、分子科学研究所准教授)とすることが全会一致で決定された。 授賞式は平成20年10月27日の泉萩会総会において執り行われた。
受賞者氏名 | 木村 真一 昭和63年物理第二学科卒、博士(理学)、自然科学研究機構分子科学研究所 准教授 |
受賞の業績 |
赤外放射光利用技術の開発と多重極限下での強相関電子系の低エネルギー分光研究 (Development on infrared synchrotron radiation spectroscopy and low-energy spectroscopic study on strongly correlated electron systems under the multi-extreme conditions) |
受賞の対象となった論文 |
|
木村氏は、シンクロトロン放射用の新型分光装置の開発によって、赤外・テラヘルツ領域の分光研究に多大な貢献をした。木村氏は、更に、シンクロトロン放射およびここで開発した分光装置を強相関電子系の研究に利用し、これまで熱力学的測定から間接的に推測されていた電子状態が直接観測可能であることを示した。この成果は、固体の電子状態の分光学的研究に強いインパクトを与えるもので、世界的に高く評価されている。
赤外・テラヘルツ領域と呼ばれる低エネルギー光領域には、フェルミ端近傍のエネルギー状態を高分解能・高精度で測定出来るために、強相関電子系の物性研究などの興味あるテーマが数多く存在する。しかしながら、有力な光源がないために、分光研究の発展は遅れていた。そこで、木村氏は、高強度のシンクロトロン放射を用いた赤外・テラヘルツ分光に着目し、従来の性能をはるかに超える新しい分光装置を開発した。それから、Spring8とUVSOR(分子研)に、世界最高の性能を持つビームラインを建設した[業績①]。これらのビームラインの建設により、波数分解幅の測定限界を一気に5㎝-1(エネルギー分解幅0.62 meVに相当)まで縮小し、かつ、独自に開発した計測装置により、従来に比べて桁違いに高い測定精度を実現した。更に、磁気円二色性、極低温・超高圧・強磁場の多重極限状態での赤外分光、赤外磁気光学イメージング、超高圧下のテラヘルツ分光など、従来は不可能と考えられてきた各種分光計測を独自のアイディアで実現した。
木村氏は、開発した上記の分光測定法を強相関電子系に適用して、特異な物性が出現する極低温・強磁場・超高圧の多重極限環境下の電子状態の観測に初めて成功した。これらの成果は、20篇の論文として出版されており、この分野の研究の進展に多大な貢献をした[業績②]。
第3回森田記念賞(平成19年度)に関しては、公募に対して推薦書が提出された候補者が4名となり、それを対象として2回の選考委員会が開催された。慎重審議の結果、本年度の受賞者が別記のとおり決定された。 授賞式は平成19年10月27日の泉萩会総会において執り行われた。
受賞者氏名 | 西村 太志 昭和61年天文及び地球物理第二卒、博士(理学)、地球物理学専攻 准教授 |
|
受賞の業績 | 火山噴火のダイナミクスの研究 | |
受賞の対象となった論文 |
|
西村氏は火山噴火機構に関する研究を観測、データ解析、理論の方面から精力的に進め、多くの顕著な研究成果を挙げるとともに、火山物理学のテキストとなる「日本の火山性地震と微動」の著書をまとめるなど我が国の火山学並びに火山噴火予知計画の進展に多大の寄与をした。次の2点は特筆に値する:
(1)「マグマ揮発成分による火道内部の増圧過程」の研究(文部科学省科学研究費特定領域研究)では研究代表者としてマグマ内の気泡やガスのミクロな挙動を理論的に解明し、その結果を地表で観測されるマクロな地殻変動観測データと対比することにより噴火様式の予測の理論的な背景を初めて明らかにした。特に、噴火の発生する以前の地殻変動データの特徴的パターンをもとに来るべき噴火様式が「爆発的噴火」になるかそれとも「比較的静穏な噴火」になるかを事前に予測する理論的・観測的な根拠を与えた。これは我が国ばかりでなく海外の火山噴火予知研究者の注目する成果であり、火山噴火予知研究への貢献が大きい。
(2)西村・井口は共著で地震・微動の観測方法、それらの分類、発生要因の解析方法、噴火活動との関連性などを7章に分け系統的にまとめ上記の著書を上梓した。これは火山物理学を目指す大学院生や専門家向けのテキストとして高く評価されている。
第2回森田記念賞(平成18年度)公募に対して7名の推薦があった。2回の選考委員会を開催して慎重審議したが、2名の有力候補者の優劣の判定が難航した。両者がいくつかの点(物性物理学対宇宙論、実験対理論)で非常に異なっているからである。両者の業績が共に顕著であることを考慮して、今回は受賞者を2名とすることが決定された。また、受賞者が2名の場合、規約上賞金は折半することになっているが、今回は両者とも賞金を全額授与することとした。 授賞式は平成18年10月28日の泉萩会総会において執り行われた。
受賞者氏名 | 芳賀芳範 平成2年物理第2学科卒、博士(理学)、日本原子力研究開発機構先端基礎研究センター 副主任研究員 |
|
受賞の業績 | f電子系化合物の開発的な物性研究 | |
受賞の対象となった論文 | First Observation of de Haas-van Alphen Effect in PuIn3, Y. Haga et al., J. Phys. Soc. Jpn., 74(2005), 2889. |
芳賀氏は、徹底した単結晶作成によって高品質の試料を作成し、これを高精度の各種測定装置を持つ研究者と協力することで多くの研究成果を挙げてきました。学位論文(東北大学理学研究科物理学専攻:1995 年)では 4f 電子系化合物 CeP の物性を解明しました。その後原子力研究所(当時)に入所し、立地条件をフルに活用した 5f 電子系化合物の物性研究を開始しております。特に、UPd2Al3 の磁気揺らぎを介在した超伝導機構の解明やUCe2 の遍歴強磁性の解明に大きく寄与したことが評価されます。
その後強い放射性を持つプルトニウムの化合物 PuIn3 の単結晶をフラックス法で育成し、その量子振動の観測に成功しました。その結果、この系において 5f 電子が結晶中を動き回っていることを突き止めることができました。この研究は大きな技術的困難を回避しただけでなく、5f 電子系の研究にも大きく寄与するものです。この論文はJPSJ(日本物理学会欧文誌)の注目論文(2005 年)にとりあげられております。
5f 電子系は電子の局在性に関して3d 電子系と 4f 電子系の中間に位置しており、その物性に興味が持たれておりました。ところが、5f 電子系の元素はすべて放射性を持っており、その研究が遅れております。芳賀氏はこの分野の物性研究を先導しております。 以上により、芳賀氏の業績は森田記念賞に充分値するものと判断されます。
受賞者氏名 | 小松英一郎 平成9年天文学科卒、博士(理学)、Assistant Professor, University of Texas at Austin |
|
受賞の業績 | 宇宙背景輻射の温度ゆらぎ及び偏光度の観測を用いた宇宙論標準模型の検証 | |
受賞の対象となった論文 | First Year Wilkinson Microwave Anisotropy Probe (WMAP) Observations: Tests of Gaussianity, E. Komatsu et al., Astrophysical Journal Supplement Series, 148 (2003) , 119. |
小松氏は、宇宙マイクロ波背景輻射CMB の異方性の高精度観測を通じて、宇宙創成期における指数関数的な加速膨張の検証と冷たい暗黒物質の支配する宇宙組成の決定に成功した。とりわけ、次の3 点は特筆に価する。
1)小松氏が参加したチームは、COBE 衛星の後継機として2001 年に打ち上げられたWMAP衛星により CMB の温度揺らぎと偏光度の天球上の分布を観測した。さらに、そのパワースペクトルの形を簡単な宇宙論模型の摂動計算と比較することにより、宇宙の質量組成として暗黒物質、バリオン、暗黒エネルギーがそれぞれ、23 %、4 %、73 %程度を占めることを明らかにした。小松氏は、基本的な宇宙論パラメターに加えて、宇宙年齢、宇宙の晴れ上がりの時期など興味深い量に関してもその導出を担当した。
2)小松氏は、CMB 温度揺らぎの統計的な性質のガウシアン性のテストがインフレーション理論の独立な検証であることにいち早く着目し、WMAP データの統計テストを通じてインフレーション理論を制限する手法を確立した。
3)CMB の偏光は、CMB 温度揺らぎ測定では制限不可能な、どの時期に第一世代の天体が現れたかを示唆する情報源である。小松氏は極めて微弱な偏光成分と非宇宙論的信号との分離、および偏光パワースペクトル解析と再電離期の導出のためのアルゴリズムとパイプラインを構築したが、その結果は WMAP チームの標準ツールとしすべての研究者に供されている。
以上のように、小松氏は弱冠 32 歳ながら、観測的宇宙論の分野で内外から高い評価を受け活発な研究活動を進めてきたが、今後もこの分野で世界をリードすることが期待され、森田記念賞にふさわしい研究者と認められる。
第1回森田記念賞(平成17年度)公募に対して9名の推薦があった。2回の選考委員会を開催して慎重審議した結果、全会一致により以下のように決定した。 授賞式は平成17年10月29日の泉萩会総会において執り行われた。
受賞者氏名 | 石原 純夫 昭和62年物理第2学科卒、博士(理学)、東北大学大学院理学研究科物理学専攻 助教授 |
|
受賞の業績 | 金属酸化物の軌道秩序の理論的研究 | |
受賞の対象となった論文 | Effective Hamiltonian in manganites: Study of the orbital and spin structures (Phys.Rev.B) |
石原氏の専門分野は物性理論で、これまで金属酸化物の磁性や伝導を精力的に研究してきた。中でも、上記の論文は氏の代表的業績と言える。この論文では巨大磁気抵抗効果を示すことで知られているマンガン酸化物の電子状態を説明する有効ハミルトニアンを提唱するとともに、それを平均場近似によって扱っている。この物質中のフェルミ準位付近の電子状態には立方対称性の結晶場下にあるマンガンイオンの2重縮退した d 軌道が関与するため、この系はスピンの自由度だけでなく軌道の自由度も持つ。本論文では、この物質のスピン・軌道構造について理論的に調べ、種々の実験結果との比較を行っている。特に、軌道秩序状態に特有な集団励起である軌道波の存在を指摘し、その分散関係を決定したことは重要な成果と言える。この結果については後に十倉グループのラマン散乱の実験により確認されている。
軌道秩序と呼ばれる新しい型の秩序状態がマンガン酸化物の物性に本質的役割を果たすことを明らかにしたことは、石原氏の金属酸化物の物性研究に対する大きな寄与であり、内外の研究者から高く評価されている。この分野は現在でも活発な研究が進められているが、石原氏は引き続きこの分野をリードする研究を続けている。