大型研究・教育プロジェクトの紹介

スピントロニクス国際共同大学院(GP-Spin:Graduate Program in Spintronics)

プログラム長 平山祥郎 物理学専攻教授
URL: http://gp-spin.tohoku.ac.jp/

 通常の半導体デバイスは電子が電荷を持っていることを利用し、その流れを制御しますが、電子は磁気的な性質も持ち合わせています。この磁気的な性質は電子の自転になぞらえることが多く、スピンと言う言葉を使いますが、このスピンを操作して、新しい物理、デバイスを実現しようとする分野、スピントロニクスが脚光を集めています。この分野で東北大学は日本のトップ、世界の最先端を走っています。
 これらを背景に、理学系から工学系まで東北大学が世界に誇るスピントロニクス分野の教員が組織の枠を超えて連携し、さらに、スピントロニクス分野で超一流の外国の研究機関、研究者と協力して国際共同教育を推進しようというのがこのスピントロニクス国際共同大学院プログラム(GP-Spin、http://gp-spin.tohoku.ac.jp/intro/)です。仙台からスピントロニクス分野でグローバルなリーダーになる人財を育成しようとするもので、東北大学が力を入れている国際共同大学院の第一弾として2014年度に文科省のサポートを受けてスタートし、2015年4月からプログラム学生を受け入れています。修士の2年から博士修了までの4年間の一貫教育を原則としており、2017年4月時点で20人を超えるプログラム生が、長期間海外に滞在して国際共同研究を行うカリキュラムなどGP-Spinの独自の取り組みに果敢に挑戦しています。多くの学生がこのプログラムに選抜されたことを誇りに思い、生き生きと研究活動に取り組んでいます。
 国際共同教育に向けた様々な連携もマインツ大(独)、レーゲンスブルグ大(独)、ヨーク大(英)、シカゴ大(米)、ニューサウスウェールズ大(豪)などスピントロニクス分野で世界をリードする多くの研究機関と開始されており、海外教員の招聘もノーベル賞受賞者をはじめ順調に進められています。合同C棟の地下にはGP-Spinのプログラム生が最先端のスピン物性総合計測システムを使い研究を行うためのGP-Spin共同実験室も整備されました。
 本プログラムは、文科省から継続したサポートを受けており、プログラム生の増員など活動を強化していく予定ですが、国際共同大学院の第一弾としての本プログラムをより一層盛り上げるためにも、泉萩会の皆様からのご理解とご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。



宇宙創成物理学国際共同大学院プログラム(GP-PU)2017年4月始動

プログラム長 井上邦雄 ニュートリノ科学研究センター教授
副プログラム長 中村哲 物理学専攻教授
関連部局 理学研究科物理学専攻・天文学専攻、ニュートリノ科学研究センター、電子光理学研究センター、サイクロトロンラジオアイソトープセンター
URL:http://gp-pu.tohoku.ac.jp/

 宇宙の始まりから現在の天体活動までの宇宙の成り立ちを網羅的に究明しようとする「宇宙創成物理学」は、宇宙という極大スケールから素粒子という極微スケールまでを幅広く内包するため、研究が先鋭化していく中でも特に俯瞰的な描像を持つことが必須です。また最先端の実験的研究は大型化し、技術的側面においても幅広く先進のテクノロジーを理解していなければ競争力の高いプロジェクトは実現ません。汎用的かつ先進的な技術を身につけることは幅広いキャリアパスが求められる中、多様な分野でイノベーションをもたらすことにもつながります。本プログラムでは、宇宙創成物理学分野における学術研究において優れた研究を行うとともに、国際感覚やコミュニケーション能力に優れ、俯瞰的な視野と幅広い知識・実験技術に裏打ちされたリーダーシップを有する、分野の未来を切り拓くとともに分野の発展を国際的に牽引する人物を育成します。また、同時にプログラムにより得られた知識や技術、能力を活かして、産学官の広い分野でのイノベーションに貢献する高度職業人材を育成します。
 具体的には国際的なコミュニケーション能力、俯瞰的視野、プロジェクト統率力を兼ね備えたアカデミックリーダーシップを有する人材を育成するため、参画教員が有する国際ネットワークや先進的な実験技術を活用し、以下のような特徴的な教育プログラムを展開します。

① 最先端素粒子・原子核・宇宙・天文分野の実験技術教育を体系化し、本学及び海外連携大学の先進実験技術を取り込んだ高度実験技術実践教育。これにより、幅広く応用の利く実験技術を学び俯瞰的な視野の育成とともに、新たな大規模実験の構築や将来の産業イノベーションに貢献できる技術を身につけさせる。
② 国内外の最新の成果を持つ研究者や国際共同研究を牽引する研究者を招聘して行うアカデミックリーダーシップ教育。広範なセミナーに付随してファシリテータを用意したディベート形式のディスカッションを実施し、国際的なコミュニケーション能力を育成します。特に補完的な海外機関とも連携しつつ最新・最先端の話題を教育に取り込むことで宇宙創成物理学における俯瞰的視野の育成につなげます。

 GP-PUは、M2からD3までの4年間をプログラムの教育期間としており、M1終了時にプログラム生への選抜を行います。プログラム生は、アカデミックリーダーシップを獲得するための教育を受けるとともに、修了要件である海外での研究活動に対する支援を受けることができます。また、GP-PUの活動に専念できるように学振特別研究員と同程度の経済的支援を受けることができます。
 GP-PUのプログラム生が大いに世界で活躍することをご期待ください。




火山研究人材育成コンソーシアム構築事業

実施責任者 西村太志 理学研究科地球物理学専攻教授
URL: http://kazan-edu.jp/

 次世代火山研究者育成プログラムは、文部科学省選定事業「次世代火山研究・人材育成総合プロジェクト」火山研究人材育成コンソーシアム構築事業として、平成28年10月から始まりました。日本は火山国と言われるものの、火山研究者は全国で80人程度と少数ということが、2014年9月に発生した御嶽山の噴火により改めて浮き彫りにされました。そこで、火山噴火による災害を軽減するためには、火山研究を進展させるだけでなく若手研究者を育成することが急務であるということから、10年間の人材育成事業が始まりました。

 近年、観測調査技術の向上や噴火履歴調査が進み、火山活動や噴火の予測もある程度は可能となってきました。さらに、気液固相の相変化を伴う火道内のマグマ現象のモデル化も進み、単純な系での噴火様式の遷移現象をシミュレーションできるまでになってきました。これらは、地球物理学、地質・岩石学、地球化学の主要な学問分野が連携して研究を進めることによって生まれた成果です。

 しかしながら、東北大学を含むほとんどの大学には、火山研究を進める教員は数名程度しかおらず、必ずしも火山研究に必要な主要な学問分野すべてをカバーすることができていません。そこで、本格的に研究を開始する修士課程の大学院生が、学際的な火山学を系統的に学び、将来、新しい学問分野を切り開けるよう、最先端の火山研究を推進する10大学および4つの研究開発法人や国の機関で、コンソーシアムを構築し協同して教育プログラムを実施します。大学で開講されている授業の相互利用、活火山におけるフィールド実習、共同研究や最先端の火山研究のセミナーを通して、専門を伸ばしながら、学際的な知見も得られるようなカリキュラムを準備しています。

 一方で、近年、火山学は、災害科学のひとつとして位置づけられ、その研究成果は災害の軽減に貢献できるよう実社会で役立てられることも求められるようになってきました。そこで、理学的なアプローチだけでなく、社会科学や工学の研究者の協力を得て、災害に関する社会の活動や最先端の計測技術に関するセミナーを受講生に提供していきます。また、実践的な防災に関する知見を身につけられるよう、地方自治体や災害現場で活動する民間企業等にもコンソーシアムに協力いただき、インターンシップやセミナーなどを通して火山監視や防災を担当する現場の理解を得る機会を提供します。

 以上のように、火山活動や噴火現象を科学的に理解し、最先端の火山学研究を進めるとともに、火山災害軽減を図る災害科学の一部を担うことのできる、次世代の火山研究者を育成することを目的としてい


※クリックすると図は拡大します


国際共同大学院 環境・地球科学プログラム(GP-EES)

プログラム長 早坂忠裕 大気海洋変動観測研究センター教授
副プログラム長 中村美千彦 地学専攻教授
副プログラム長 小原隆博 惑星プラズマ・大気研究センター教授

 『地球を丸ごと理解する』意欲とグローバルに活躍する能力を獲得し、我が国の国際的なリーダーシップやプレゼンスの向上に貢献する人材の養成を、環境・地球科学プログラム(GP-EES)は、目指しています。
 本プログラムでは修士2年から博士3年までの4年にわたる一貫教育を行います。国際的な環境・地球科学分野の教育を実現するために、海外連携機関教員を含む世界トップレベル教員による講義・研究指導、連携先大学院生を交えたスクールの自主的な企画と運営、海外巡検、海外連携機関における3カ月以上のインターンシップ研修を行い、履修生は、先端研究力、学際展開能力、コミュニケーション能力、リーダーシップを身に付けていきます。
 修士及び博士修了時に、履修生の質を保証するためのQE (Qualifying Examination)面接を行います。面接は、海外の大学・研究機関の研究者も含めて英語で行います。
 本プログラムを修了したスーパードクターは、日本国内に限らず海外において、研究職の獲得を目指せる能力を身に付けることを目指します。


※クリックすると図は拡大します


博士課程教育リーディングプログラム「マルチディメンジョン物質理工学リーダー養成プログラム」

サブコーディネーター:平山祥郎 教授
URL: http://m-dimension.tohoku.ac.jp/

 博士課程教育リーディングプログラムは、企業で活躍できる博士課程修了者を養成するプログラムです。特に本プログラムでは東北大学の強みである「材料科学」と「物理」を中心に、新しい物理現象を発見し、それらを実現する物質や材料を創造し、それらを用いたデバイスやシステムを世界のトップリーダーとなって開発していく人財の養成を目指しています。

 これまで日本においてはアカデミックポジションを希望する者のみが博士課程へ進学するという風潮が強く、欧米のように博士課程修了者が広くビジネスの世界で活躍することが一般的ではありませんでした。しかしながら、これからの日本企業はグローバルな活動が必須となり、世界のスタンダードである博士号を持ったリーダーが、世界のグローバル企業との競争と連携に挑んでいかなくてはなりません。そんな将来の日本を背負って立つ力強いリーダーを輩出しようとしているのです。

 修士から博士までの5年間一貫教育においては、マルチディメンジョン、すなわち、機能や特性やプロセスや環境調和性や経済性や安全性といったマルチプルな軸や次元で物質を幅広く俯瞰的に捉えてデザインし、社会のニーズに迅速かつ的確に対応できるリーダーを養成するために、理学と工学の2つのコア、すなわち、物理、化学、数学といった基礎とプロセスや製造技術といった応用に対して「物質科学」の横串を入れ、更に薬学、環境科学、経済学といった教育要素を配して総合的な教育を行います。従来の博士課程における専門分野に対する深い知識と理解に加えて、幅広い知識、俯瞰力、独創性を修得するため、専門の異なる研究室で異なる研究課題と取り組み、従来の博士論文テーマに加えてサブテーマについてのオーバービューも作成します。企業での活躍を念頭に、博士論文の研究テーマに対しては本学が有する様々な産学連携組織などを介した企業群との協働を実現し、産業界からの視点でのアドバイスを受けるとともに、長期のインターンシップにより企業体験も積ませます。さらに、グローバルな活躍のために必要な英語力やコミュニケーション能力の向上のための科目を充実させ、長期の海外インターンシップを通しての異文化交流など、幅広い経験を積ませます。

 本プログラムは、2013年10月に採択され、2020年3月まで継続されますが、それで日本の将来を担う物質リーダーの養成を終了してしまってよいわけではありません。本プログラムで作り上げた養成プログラムを永続的に発展させるためにも、泉萩会の方々からのご理解とご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。


※クリックすると図は拡大します


グローバルCOEプログラム「変動地球惑星学の統合教育研究拠点」(平成20年度〜24年度)

拠点リーダー:大谷 栄治 教授
URL: http://www.gcoe.es.tohoku.ac.jp/

 私たちグローバルCOEプログラムでは、地球惑星変動と地球環境変動を統合的にとらえ、地球と惑星を解明すべく、変動地球惑星学の創出をめざして日夜研究を重ねています。

 さらに、私たちの特色である世界最高精度の観測技術、未踏の極限実験技術、世界最高解像度の解析手法の開発を強力に推進しながら、世界をリードする地球惑星科学の拠点(COE; Center of Excellence)の形成を目指しています。

 教育においては、最先端の研究を目指すなかで若手研究者を育成する「研究第一主義」という東北大学の特長を生かして異分野連携をも進めながら、地球惑星の先端的な観測・実験・野外調査、並びに総合的な解析とモデリング研究を推進していく中で、優れた若手研究者を育成しています。さらに、統合的な本拠点を活用することによって、高度な観測・実験・野外調査能力と様々な観測・実験・解析手法の技術開発力に優れ、かつ現場に強く、課題発掘力に富んだ独創的な研究リーダーを育成するとともに、このプログラムの特徴である研究分野の幅広さを生かして、若手研究者の研究能力の総合力と統合力を育成し、変動地球惑星学を進め得る人材を育成しています。_

 このような教育および研究を推進するために、国際教育研究連携ネットワークを構築して活用し、院生の国際インターンシップの相互受け入れなど、若手研究者のグローバルな教育研究交流を世界各国の教育研究機関との間で行うことも活発なものとなっています。

 このようなグローバルな教育と研究の連携のもとで、この拠点が世界有数の教育研究拠点を形成してゆくことを目指したいと考えています。以下に、この拠点のカバーする教育研究の領域、拠点形成に参加している部局、連携研究機関などを示します。引き続き皆様のご支援とご協力をお願いいたしたいと思います。


※クリックすると図は拡大します

グローバルCOE「物質階層を紡ぐ科学フロンティアの新展開」の紹介(平成20年度〜24年度)

執筆者:拠点リーダー
ニュートリノ科学研究センター 教授 井上邦雄

 これまで物理・数学・天文が連携して推進してきた21世紀COEプログラム「物質階層融合科学の構築」は、5年間の活動ののち成功裏に終了しました。その後を引き継ぐ形で設定されたグローバルCOEプログラムは拠点数が約半分に絞られ、より一層の競争力を求められました。本拠点では、物質階層の各分野間を連携する上での数学の重要性を強調し、より多彩な連携で新分野の開拓を目指すこと、そして、新たに哲学講座が参加することで、研究成果をわかりやすく社会へ発信し、理科離れや文理の垣根といった問題に取り組むことを強調して選抜に望みました。これまでの各分野での抜群の成果や、芽吹きだした連携研究のおかげで、無事グローバルCOE拠点に採択され、「物質階層を紡ぐ科学フロンティアの新展開」が、平成20年度より新たにスタートしました。以下に、本拠点が目指すところを紹介させて頂きます。

 私たちの自然に対する理解は、新しい技術・手法によって急速に進展してきたが、それとともに、自然科学における研究分野は分化・先鋭化し、宇宙開闢以来形成された物質の階層に着目すると、素粒子、原子核、凝縮系物質、天体・宇宙といった物質階層が形成され、今日まではそれら各階層での特徴的な現象が物理科学の主たる研究対象となっていました。先鋭化によって各階層の研究が深みを増した反面、宇宙物質像の統一的な理解や、研究で得られた知見を広く社会に理解できる形で還元することが困難になってきました。実験的研究にあっては、さらなる深化を目指すには目標を単機能に絞り大規模化しなければ国際的な競争での優位性維持が困難な分野もあります。このようなアプローチは着実な進展を見込みやすいものですが、一次元的な研究の深化は、未発見の獲物が沢山飛び交っている広大な自然科学の世界で、槍をもって狩りをしているようなイメージでしょう。蜘蛛の巣のような大きな網を張れば一網打尽にできるかもしれません。ここで獲物に例えたものは、自然科学の研究分野のことです。そして蜘蛛の巣は、新たな研究分野を一網打尽にしようとするサイエンスウェブで、蜘蛛の糸それぞれが科学フロンティアをなしているのです。

 サイエンスウェブの構築はどうすれば実現するのでしょう。この拠点は物理・天文の各分野で、世界最先端を突き進む研究、それを支える実験装置・技術、そしてその研究を実現し世界的に活躍している研究者を有しています。これらの研究や研究者が連携すれば未踏の研究が始まります。極小を対象とする素粒子研究と極大を対象とする宇宙研究が繋がり、新たな研究分野が生まれ、個々の研究も大きく前進したことはよく知られています。この拠点では、多対多で蜘蛛の巣のように連携を張り巡らせることで、サイエンスウェブが構築できると考えています。各階層での研究やそこでの異なる手法を連携させ蜘蛛の糸を張るには共通の言語が必要であり、数学がその役割を果たします。これまでも物理的な現象から数学の新しい分野が生じ、そこでの数学の発展が翻って物理の現象解明に繋がるという事例は多くありました。物理との連携や応用に強い関心を持つ数学者が参画している本拠点では、効果的に連携の糸を張り、効率よくサイエンスウェブを紡ぐことができると考えています。そしてサイエンスウェブ上で多くの新たなる研究分野を開拓し、世界に発信していきます。

 このサイエンスウェブを使って宇宙物質像を統一的に理解するためには、自然科学全体を見渡せる自然観が必要です。そして種々の研究から生じた最新の知見や科学技術を社会に還元するには、科学倫理を身につけた上で適切な言葉でわかりやすく社会に伝える必要があります。この拠点では科学哲学・倫理学を採り入れ、社会との繋がりを重視した応用研究や啓蒙にも注力していきます。

 最後に、本拠点が推進する最先端研究や分野間連携による新分野開拓は、そこで育つ学生にとって、国際的に活躍できる人材に成長するために必要な最高の経験をできる環境でもあります。本拠点は、新たな学術文化の創出を担い、社会のイノベーションに寄与する人材の輩出を強力に推進します。

 さて、この拠点は博士後期課程での人材育成を主目的としており、実際予算の大部分は学生の経済状況を改善するためにリサーチアシスタント経費として使われます。  しかし、グローバルCOEが終了した後も世界的な教育拠点として継続するためには、これから博士課程に進学する学生・生徒たちやそれを支援する保護者、  そして、卒業した博士を受け入れる社会全般に対して、博士後期課程での教育の意義と価値を認識して頂く必要があります。  科学に対する理解が深い泉萩会の方々からのご理解とご支援は、本拠点の活動に大きな助けとなります。今後もご協力のほど、  よろしくお願いいたします。

「物質階層を紡ぐ科学フロンティアの新展開」の詳細はこちらをご覧ください

手作り大学衛星SPRITE-SATと地上観測網で雷放電研究の先端に臨む(平成17年度〜21年度)

執筆者:高橋幸弘
地球物理学専攻 太陽惑星空間物理学講座 惑星大気物理学分野

 雷放電を取り巻く研究はこの20年の間に大きく様変わりをしてきた。 従来の雷雲内及び地上への放電に加え、新たな現象が次々と発見されていることが理由である。 まず、1989年に、雷雲上空40-90kmにかけて赤い複数の筋状の発光が発見され、シェークスピアに登場する妖精を表すスプライトという名前が与えられた。 その後、活発な雷雲の上方、成層圏から熱圏下部に相当する20-100kmの高度領域に4種類以上のメカニズムの異なる過渡発光が見つかり、総称してTLEと呼ばれるようになった(図1)。 TLE観測は、地上、衛星、気球から盛んに行われるようになり、発生メカニズムを説明するモデルも数多く提出されるようになった。 しかし、基本的な現象の把握がまだ十分とは言えず、謎が残ったままである。 スプライトについて言えば、落雷に伴う電荷分布の変化が上空に強い準静的な電場を生み、それによる絶縁破壊が原因とされているが、単純な理論では、落雷との時間的・空間的ズレ、複雑な3次元構造などを殆ど説明できない。我々は、それらの謎を解く鍵は、放電経路から瞬間的に放射されるVLF帯電磁パルス、特にその水平成分にあると考えている。これを確かめるには、スプライトの水平構造と電磁波の波形を同時記録することが必要であるが、地上からでは雲に邪魔されて真下から見上げることができないし、VLF帯の水平電場は地上では検出が難しい。またこれまでの人工衛星観測は地平線方向の撮像のみで、やはり水平構造は未解明のままであった。こうしたTLEの発見とは別に、1994年には雷放電に伴ってガンマ線が放射されていることが、ガンマ線天文衛星の観測から明らかになった。 従来、遠方宇宙の高エネルギー現象起源と思われていたガンマ線が、足下のちっぽけな雷雲から放射されていたことは衝撃であった。しかも今日ではエネルギーが数10MeVにも達することも分かっている。初期の観測頻度はごく稀であったが、2004年に別の天文衛星による大量検出が報告されると、一気に盛り上がりを見せることになったのである。一方、1995年から始まった衛星の光学センサーや、地上電波ネットワークによる雷の全球観測は、気象学の側面からも雷放電モニターの重要性を証明しつつある。特に、太陽自転と同じ周期で雷放電エネルギーが変動する事実の発見は、気候変動の要因を考察する上で大切なヒントを含んでいる可能性がある。

 こうした雷放電に関連する新発見に対し世界が動き始めたのは、台湾のFORMOSAT-2衛星と米国のRHESSIによって、TLEと地球ガンマ線のそれぞれの世界分布が明らかになった2004年頃である。TLEの真上からの撮像と、地球ガンマ線と雷放電の衛星同時観測は、いま当該研究分野の大きな流れとなっている。私たち東北大学のグループはそれよりも若干早い2003年に最初の予算申請(科研費)を行っている。各国のプロジェクトは、国内・機関内の激しい競争を勝ち抜き実現性が確実視されるところまで順調に進んでおり、フランスのTARANIS衛星、欧州宇宙機関の国際宇宙ステーション搭載ASIM、台湾のFORMOSAT-6などは2012年の打上げが予定されている。その中にあって東北大学のSPRITE-SAT計画は、検討のスタートがほぼ同時期にもかかわらず、打上げ時点で3年のリードを持つことになった。その最大の理由は、大学が作る小型衛星ならではの機動力にある。SPRITE-SATは伸展マストを除けば50cm立方、総重量約50kgの超小型衛星であり、衛星の製作・運用は大学が行う(図2)。打上げについてはJAXAの相乗り公募で採択され、2009年1月の温暖化ガス観測衛星「いぶき」のピギーバック衛星の一つとしてH2Aロケットで軌道上まで運ばれる。製作の予算はほぼ科研費(特別推進研究)で賄われている。この科研費の課題では、衛星と地上観測の連携による雷放電にかかわる新現象の解明を目指しており、衛星製作・運用以外にもELF帯およびVLF帯の2つの広域地上観測網の整備・運用などにも充てられている。衛星開発においては、観測機器を理学研究科が、衛星バス(通信、電源など共通機器)を工学研究科が担当しており、両研究科の院生達は密接に協力しながら、高いモチベーションを持ってそれぞれの役割を果たしてきた(図3)。こうした学内の強力でevenな理工連携と、搭載部品を製作する専門性の高い企業の積極的な協力が、予算の大幅な節約と開発・製作時間の短縮を可能にしたのである。そうした企業の多くは東北地方を含む国内各地にある規模の小さな企業であり、実質的に一人で経営されている会社も4つ含まれている。

 最初に科研費・基盤Aが認められたのが2005年、フライトモデルを製作するための特別推進が認められたのが2007年6月であり、それからほぼ1年で完成までこぎ着けたことになる。これは本格的なサイエンスを目的に掲げた衛星としては異例の速さであり、SPRITE-SATはそれが目標とするサイエンスの探求に留まらず、宇宙を利用した科学の新しい方法論の提案という側面も持っている。また、SPRITE-SATは他のミッションの先行実験としても位置づけられ、開発されたハードウェアや経験は、日本の国際宇宙ステーションミッションGLIMSに活かされるとともに、2つ以上の他国ミッションへの機器提供への道を開いた。さらに、この種の観測を世界で初めて実施することから、その宇宙での実運用経験は後続ミッションをブラッシュアップしてより高いレベルでの観測に導くものとして期待されている。

参考:http://www.astro.mech.tohoku.ac.jp/SPRITE-SAT/