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内田 健一さん

第1回日本学術振興会「育志賞」受賞
内田 健一さん(金属材料研究所 博士課程2年生)

【受賞理由】「スピン流-熱流変換現象の基礎物理及び応用技術の開拓」


1986年神奈川県生まれ。2008年 3月慶應義塾大学理工学部物理情報工学科卒業、2009年9月 慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻前期博士課程修了、2009年10月〜 東北大学大学院理学研究科物理学専攻後期博士課程在学中(指導教官:齊藤英治教授)。

今回訪問した同窓生は、東北大学金属材料研究所 博士課程2年生の内田健一さんです。内田さんは、「スピン流-熱流変換現象の基礎物理及び応用技術の開拓」により、第1回日本学術振興会「育志賞」を受賞しました。同賞は、天皇陛下のご即位20年にあたり、社会的に厳しい経済環境の中で、勉学や研究に励んでいる若手研究者を支援・奨励するため、天皇陛下より日本学術振興会に贈られた御下贈金をもとに平成22年度から創設されたものです。今年2月に日本学士院会館(東京都)で開かれた授与式には、天皇、皇后両陛下も出席されました。温度差からスピン流を生成できる「スピンゼーベック効果」を卒業研究で発見し、2008年に論文が「Nature」誌に掲載されるなど大きな注目を集め、その後も継続してスピントロニクス分野に大きなインパクトを与える研究成果をあげている内田さんへのインタビューを通して、同窓生の活躍をご紹介します。(取材日:2010年4月5日)


■温度差をつけるだけでスピン流が生じることを世界で初めて発見

―第1回日本学術振興会「育志賞」受賞おめでとうございます。受賞しての率直な感想は?

 第一回ということもあり、こんなにすごい賞だとは思っていませんでしたが、受賞してみたらびっくり、という感じです。この賞が他と違うのは、博士課程の優秀な学生に対する天皇陛下のご支援のもとに創設された賞だということです。授与式には天皇、皇后両陛下にも、ご出席いただき大変光栄でした。

―受賞対象となった研究内容について、ご紹介ください。

 今、世の中の電化製品は「エレクトロニクス(電子工学)」によって発展し、電気の流れ、つまり電流で駆動されています。電流を担うのは、どんな物質の中にもある一番小さな単位の電子というものです。電流は、電子の持つ電気の性質を使っていますが、実は電子は、電気だけではなく磁気の性質も併せ持っており、それは「スピン」と呼ばれています。従来のエレクトロニクスは、電子の持つ電気の性質しか使っていませんでした。しかし、電子の持つもう一つの自由度であるスピン、つまり磁気の性質も積極的に取り入れようとする試みが、約十年前から世界的規模で盛んに行われています。それはスピンを使うエレクトロニクスということで、「スピントロニクス」と呼ばれています。

 エレクトロニクスの場合、既に物理は全部わかっています。例えば、電流をどうやって使えば良いのかは全部わかっているし、それを支配している物理法則もわかっています。ですから今は例えば、どうやって小さく集積化していくかとか、そういうところなのです。けれどもスピントロニクスの場合、それを支配している物理法則すらわかっていません。ですから、それを解明していこうという研究が世界中で盛んに行われているのです。

 エレクトロニクスが、電気の流れである電流によって駆動されるように、スピントロニクスは、電子スピンの流れである「スピン流」という磁気の流れによって駆動されます。電流については、いろいろな生成法が既にわかっているのですが、スピン流については、生成法があまり明らかになっていないため、それを開拓しようという研究が盛んに行われています。その生成方法の一つを発見したというのが、私の研究成果です。

 具体的には、磁性体―磁石にくっつく金属(磁性金属、Nature, 2008)や絶縁体(磁性絶縁体、Nature Materials, 2010)、冷蔵庫にくっつくありふれた磁石(焼結体磁石、Applied Physics Letters, 2010)といった磁性体というものに温度差をつけることでスピン流が生じることを発見しました。温度差から電流をつくる現象は「ゼーベック効果」と呼ばれているので、そのスピン版として温度差からスピン流をつくる現象を「スピンゼーベック効果」と呼んでいます。

 研究を始めたのが学部4年生の時で、最初はそれを金属でやったわけですが、4年生の間に成果は出て、それを論文に書いて発表したのが修士1年生の時です。その成果が「Nature」に載り、世界的に注目を集めました。そしてこの研究によって、スピンと熱を使う分野が立ちあがったのです。今ではドイツやオランダでそれに関する研究プロジェクトも立ちあがり、世界中で盛んに研究されています。


■「スピンゼーベック効果」が絶縁体中でも生じることを発見

―「Nature」掲載後も、スピントロニクス分野に大きなインパクトを与える研究成果をあげているそうですね。その後の展開はどのようなものでしたか?

 最近ですと例えば、一般的に電流は当然、金属には流れて、絶縁体には流れませんね。電気を通さないのが「絶縁体」と呼ばれている所以なわけですけれども、実はスピン流に関しては、そうではないことが明らかになりました。電流に対しては絶縁体であっても、スピン流に対しては絶縁体ではないという物質があるのです。それは研究室の同期の学生が中心となって、いろいろ実験して明らかにした成果です。そして僕の最近の成果としては、温度差からスピン流をつくる現象・スピンゼーベック効果が、金属だけでなく絶縁体でも出ることを明らかにしました。つまり、温度差をつけた絶縁体から電気・磁気エネルギーを取り出す新しい手法を発見したのです。この成果は結構センセーショナルなことで、2010年、「Nature Materials」に掲載されました。それが博士1年生の時です。

 このように自分としては世界初の新しい現象を発見したわけですが、新しい現象を発表すると、今までになかったことですから、やっぱり疑う人がたくさんいるわけです。ですから否定的な意見に対して、系統的にありとあらゆる証拠を、これでもかというくらい、いっぱい出しました。ですから、もう、ひたすら実験の連続という感じでしたね。そして、当初は否定的な人も多かったのですが、最初の発見から大体2〜3年経って、世界中から何とか認められるようになってきました。

―世界の研究最前線に立つのは、どのような気持ちですか?

 自分としてはただがむしゃらにやっているだけなんですが、ある意味で怖いですよね。自分はまだ研究の世界に足を踏み入れた段階なのに、世界中の最先端の研究者たちから、いろいろな否定意見が来るわけです。それを一心に受けてやっていくのは、やっぱり怖かったです。けれども、実験データはちゃんと自分の予想通りに出てくれるし、齊藤先生や先輩たちがいるので心強かったですね。そうやっていったら、何とか認められてきたという感じです。

―応用的な面では、どのような興味を持たれているのですか?

 先程も少しお話したのですが、応用的な面で今のところ一番興味を持たれているのは、金属だけでなく絶縁体でスピンゼーベック効果が出る点です。電気は通さないけれども、スピン流は通すという絶縁体の性質を使うことにより、今日のエレクトロニクスにおけるデバイスの設計原理を根本的に変える可能性があります。特に、スピンゼーベック効果の応用研究は、環境に優しい電力技術開発への貢献が期待されています。そんな中、コスト的にも性能的にも絶縁体を使う方が良いということで注目いただいています。

―コスト的にも性能的にも絶縁体が優位であることについて、補足説明をお願いします。

 まず、身近にありふれた材料でもスピンゼーベック効果が出ることが、コスト面で非常に優位な点です。スピンゼーベック効果を観測するのに、基本的には磁石なら何でも良いのですよ。例えば冷蔵庫に付いている永久磁石に金属(プラチナなど)の薄膜を付けるだけで良いのです。

 次に、スピンゼーベック効果は、例えば熱電変換技術にも応用できます。温度差をつけるとスピン流を生じるのがスピンゼーベック効果ですが、スピン流は電気にも変換できるのです。ですから、熱から電気を取り出す、例えば排熱などから電気を取り出すような省エネデバイスなどにも応用できるのではないか、と期待されています。

 この時、なぜ絶縁体を使う方が良いかと言うと、電気を取り出すためには温度差をキープする必要があるのですが、絶縁体の方が熱伝導率は低いので、割と温度差をキープしやすいのです。ですから熱から発電機をつくる場合でも、熱伝導率が低い絶縁体に期待が集まっているのです。金属を使った熱電素子はいろいろあって今も盛んに研究されているのですが、熱伝導率を低くしようとすると発電効率も下がってしまう物理的な制限がありました。しかし絶縁体を使うと、そういった従来の制約を回避することができるのです。


■研究が成功した秘訣

―大変順調に研究が進んでいるように見えますが、ご自分ではどのように感じていますか?

 順調だと思います(笑)。もちろんスムーズにすっと結果が出たわけではなく、最初は失敗の連続でした。けれども失敗してもめげずに、失敗したら何かを改善して次をやるというプロセスを、ぎゅーっと速いサイクルでやっているから、割と早くまとまったのかなと思います。4年生で最初に結果を出した時も、がむしゃらにやっていたと言いますか。しょっちゅう研究室に泊ったりしながら、年がら年中、実験をしていました。

 このように自分では、ある意味がむしゃらにやってきただけなんです。もちろん、自分一人の力でできたわけでは全然なくて、素晴らしい先生がいて、よくディスカッションをしてくれて、失敗したらアドバイスをしていただいて、自分でも考えて改善して、というプロセスを効率良くやれたから早く進めたわけで、まわりの環境に恵まれたと思います。先生も素晴らしいですし、先輩もすごく面倒見が良くて、当時、何もわからない4年生の質問に根気良く付き合ってくれました。まわりのサポートあってこその結果だと思います。

―研究室のスタンスに学んだことも多いと思います。それをどのように考えていますか?

 齊藤研究室の特徴は、物理を根源から考えるという点にあると思います。思いつきではなく、ちゃんと深く考えて、心の底から理解するまでやめない、というスタンスから非常に多くのものを学びました。そして、研究は一人ではできない、ということが最も強調したい点です。齊藤先生も「研究で大事なのは人である」と仰っていますが、「人と人との相互作用で良い研究は生まれてくるのだ」というのが齊藤先生のスタンスなのです。僕の研究も、うまく進んで成功した秘訣は何かと言われれば、一番それが大きいと思います。


■自分で考えたことを形にして世に出すことが楽しい

―そもそも、どのような興味・関心から、このような研究を始めたのですか?

 僕は齊藤研の二期生なのですが、入った当時の齊藤研には先輩が3人しかいなくて、僕の同期が4人で、全部で7人しかいなかったのです。ですから、先輩の下について先輩の手伝いをする感じではなくて、入ったら瞬間から自由に研究をやらせてくれる環境だったのが、やっぱり一番大きかったと思います。

 逆に言えば甘えられないので、いろいろ自分で考えました。どうせなら先輩の手伝いなんかじゃなくて、自分で開拓したいなと思って、何かないかなぁと。そこで熱から電気が出る「ゼーベック効果」という現象自体は知っていたので「じゃあ、そのスピン版があるんじゃないかな」と、ふと思いついたんです。勇気を出してそれを先生に聞いてみたのが、きっかけです。

 そこで先生が、4年生の何もわからない学生の戯言だと思わずに、しっかりと聞いてくれて、本気でディスカッションしてくれた環境がすごく良かったですね。もし先生に相手にされなかったら、4年生ですから「あぁ、駄目だったのかな」と思って止めちゃったと思います。それに、ぱっと思いついたことを、4年生が一人で最先端レベルまで持って行くことはもちろん無理ですから、それを効率良く進めていける良い環境の研究室だったことも大きいと思います。

―小さな頃はどんなことに興味・関心のある子どもだったと、今では思いますか?

 たまに聞かれるのですけど、何の変哲もない子どもだったので、いつも困るんです(笑)。そう将来の目標がずっと明確にあったわけではないですね。けれども、小学校の頃から、理科と図工は好きでした。ものをつくるのも好きでした。ですから、理系に行くことは全く迷わなかったんです。「絶対にこれになるんだ」というものは特になかったのですが、何となく人を教える仕事がいいかなと思って、バイトは塾講師をやりました。けれども結局、「高校の先生には向いていないかなぁ」と思っていて。何だかんだ言って研究者になろうと思ったのは、齊藤研に入ってからですね。やってみたら、「これだ」と思いました。

―どのような点が、しっくりきたのですか?

 研究をやってみたら、すごく楽しかったんです。自分で考えたことを形にして世に出すことは、やりがいもあったし楽しかったし、こういう道が自分には合っているかなぁと。それは、こういった研究室に入れたから運が良かったのでしょうけど。大学に入った当時は学部卒で就職しようかなと思っていたので、まさか自分がドクター(大学院博士課程)に進学するとは思ってもいませんでした。

 ですから、研究者になろうと思ったのは人生でごく最近のことなのです。今振り返れば、齊藤先生に会う前も、予備校などで良い先生に出会うことが多かったので、何だかんだで教育系に視野を置いていたのかなぁと。それと理科・図形が好きだったのが合わさって、今思えば、こっちの方に来たのかなと思います。

―良い先生に恵まれてきたのですね。先生を選ぶ時に内田さんの感覚も働いていると思うのですが、それについてはどのように考えていますか?

 研究室選びの時、当時の齊藤研は僕らの世代で二期生だった上に、齊藤研として公式に募集したのは僕らの代でちょうど初めてだったので、慶応大であまり知られていなかったし、僕も知らなかったのですよ。最初は僕、生物系の研究室に行こうと思っていたんです。全然違う物理になんで?って感じなんですけど(笑)。いろいろ研究室選びをしていて、何となく友達に連れて行ってもらって、齊藤研というのがあるらしいと知って、齊藤先生や先輩の話を聞いたりして、良いかもしれないと思って入ったのです。まぁ、直感ですよね。

―自分で考えて研究できる自由な環境に惹かれたと、先程もお話していましたね。

 そうですね。その時は、まさかNatureに載るなんて夢にも思っていませんでした(笑)。それに、その時点でもドクターに進学しようなんて考えていなかったんです。しかも当時、齊藤研は一期生しかいなかったから当然、齊藤研を卒業して企業に就職した人はいなくて、そういう意味では未知数でした。大学3年生の研究選びで大抵考えるのは、就職や忙しさといった話です。就職を考えるなら良いだろうなと思える研究室は他にもたくさんあったのですが、けれども何となく、ここでこの研究室に行かなければ後悔するかな、という気が起きたのです。その直感を信じて、やりたいことを無視せずにこちらにシフトして、本当に良かったなという感じです。


■多くの人に興味を持ってもらえるような研究をしていきたい

―今後、どのような研究者になりたいですか?

 齊藤研の環境の良さを参考にしていきたいです。研究だけできれば良いのではなく、やっぱり教育も大事にしたいと思っています。僕自身はまだまだなのですが、先生が学生をちゃんと鍛えているからこそ成果が出るんだということは、齊藤研にいて身に沁みて感じていることなので、やっぱり教育は大事だと思います。僕自身もそうでしたが、最先端の研究って、わからないから最先端なわけです。わからないものを開拓することは、わかっているものを改善するよりも難しい。けれども自分でつくりあげていく感があるので、やりがいもあるし教育効果も高いと思います。僕は今後も最先端を開拓したいと思うので、それができるだけのスキルを学生の間に身に付けておかなければいけないと思っています。

―研究については、どのようなものを目指したいですか?

 今は物理学科所属ですが、慶応大学の時は理工学部所属で、工学部寄りの研究室でした。ですから自分的には、基礎研究だけではなく、応用につながる研究にも魅力を感じています。そして、専門家にしかわからないというより、広く一般にもアウトプットして、いろいろな人に興味を持ってもらえるような研究をしていきたいと思います。

―より多くの人々に研究を理解してもらいたいという自然な気持ちがあるのですね。

 そうですね。齊藤研はプレゼン教育にもかなり力を入れているのですが、「人に理解してもらえなければ、研究は意味がない」ということから行っています。それは非常に大事なことだと僕も思うので、そのような齊藤研の路線を受け継ぎたいです。それは、どうしても狭いコミュニティーの中だけで研究をやっているとあまり発展しないでしょうし、逆に、全然違う分野の人にも発信すると、アイディアとアイディアが融合して新たなものが生まれるかもしれないと思うからです。それに、発信していると自分たちにも新たな発見があるかもしれないし、社会的にも良い方向に行くかもしれない。発信して悪いことはないと思っています。


■勇気を出して、積極的に自分の考えを発信してみて

―最後に、今までのお話を踏まえて、後輩たちへメッセージをお願いします。

 自分が「これだ」と思ったやりたいことをやるのが一番かと思います。また、これから研究を始める世代に対しては、「4年生だから引っ込み事案になる」といったことはあまり良くないと思いました。「こういう研究があるんじゃないか」とか、自分がちょっとでも思いついたら、積極的に先生や先輩に聞いてみる勇気が大事だと思います。そういう環境に身を置けると良いですね。

―自分が直感で思ったことを信じて、一歩を踏み出す勇気が大事なのですね。

 性格的にズバズバ聞ける人はいると思いますけど、最初、僕は結構勇気が要りました。3年生までの受動的な教育と研究は、全然違うんです。研究に行くステップに、最初は戸惑うかもしれないですが、積極的に行けば何とかなるんじゃないかと僕は思います。

―内田さん、本日はありがとうございました。



【宮城の新聞】内田健一さん(東北大学金属材料研究所 博士課程2年生)