1983年、愛知県生まれ。東京大学大学院理学系研究科天文学専攻博士課程修了。博士(理学)。東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構特任研究員、国立天文台助教などを経て現職。専門は宇宙物理学。宇宙の様々な突発天体の観測や理論研究を通して、高エネルギー爆発現象の物理メカニズムや、宇宙の元素の起源などを研究している。
今回訪問した研究室は、東北大学大学院理学研究科天文学専攻の田中雅臣研究室です。鉄よりも重い元素がどこで・どのようにできたかは天文学における長年の未解決問題ですが、近年、宇宙での重元素の起源に関する50年来の常識が変わりつつあると言います。宇宙の様々な突発天体の観測や理論研究を通して、重元素の起源などを研究している教授の田中雅臣さんに、研究の最前線と魅力を聞きました。
—はじめに、田中さんの研究テーマから教えてください。
私は東北大学天文学教室で宇宙の研究を行っている天文学者です。星は宇宙でいつも同じように輝いていますが、実は突然爆発して非常に明るくなる星がいることが知られています。そのような現象を「超新星爆発」(※1)と言い、そこで何が起きているのか?を研究しています。
※1 超新星爆発:星が突然、銀河全体に匹敵するほど明るくなり、約1〜2年かけてゆっくり暗くなっていく現象。太陽の約10倍以上の質量の星がその一生の最後に起こす爆発で、中性子星かブラックホールが残される。
なぜ超新星爆発について研究しているかと言うと、僕らの身のまわりには色々な元素があり、僕らが吸っている酸素などは、宇宙が始まった時には存在していませんでした。そのような元素は星の中で作られて、星が爆発したときに宇宙にばら撒かれると考えられています(※2)。ただ、星が爆発する瞬間に一体何が起きているかはまだわかっていないため、超新星爆発について研究しています。そもそも元素が宇宙のどこで・どのようにできたか?という疑問は天文学における究極の興味で、天文学者としてはすべからく理解したいと思っています。
※2 宇宙が始まった時には、ビックバンによって生成された水素とヘリウムといった軽い元素しか宇宙に存在しておらず、それより重い鉄までの元素は恒星内部の核融合によって生成され、超新星爆発により、鉄をはじめとする核融合の産物が星屑となって宇宙に飛び散ったと考えられている。
—わたしたちの身のまわりにある元素がどこで・どのように生まれたか、そのルーツを辿ると、わたしたち自身も星屑のかけらということですね。一方で、鉄よりも重い元素がどこで・どのようにできたかは、天文学における長年の未解決問題です。多くの研究者が同じ興味で研究をしている中で、田中さんが特にターゲットにしていることは何ですか?
鉄より重い元素がどこから来たかを理解したいので、例えば金やプラチナといった、周期表の下の方にある元素がどこでできたかに注目しています。そこで超新星爆発をずっと研究してきたのですが、最近になって、重い元素は超新星爆発ではできないのではないかと思われ始めました。
少しマニアックな話ですが、「中性子星」(※3)という、中性子ばかりでできたきわめて密度の高い天体があります。2つの中性子星が衝突(合体)すると爆発するのですが、そういうところで重い元素は合成されるのではないかということがわかってきました。そこでここ10年くらいは中性子星合体にも注目し、そこで重元素ができている証拠をつかもうと、天文観測をしたり、コンピューターシミュレーションをしたりして、元素合成の現場を検証しようとしています。
※3 中性子星:質量の大きい恒星が超新星爆発を起こした後に残る特殊な天体。半径10 km程度の大きさに地球の約50万倍(太陽並)の質量が詰まっており、きわめて重力が強い。
そして実際に2017年、宇宙でそのような現象が観測されました。中性子星のように密度の高い天体が合体した時に生じる重力波(※4)を観測できたのです。それに続いて僕たちが「中性子星が合体したところで重元素が合成されていれば、"こんな現象"が起こるだろう」と予測したことも実際に観測できました。
※4 重力波:アインシュタインの『一般相対性理論』によると、物体の質量が存在することで時空がゆがみ、その物体が運動することで、この空間のゆがみが波として光速で伝わる。
まさに今、宇宙の重元素がどこでできているのか?という50年来の常識が変わりつつある時期にいます。それが今すごくおもしろくて、ここ10年くらい研究しています。
—宇宙での重元素の起源に関する50年来の常識が変わる最中に天文学者として参入できるなんて、非常にエキサイティングですね。一方で最近になって「超新星爆発では重たい元素はできないのではないか」と思われ始めた背景は何ですか?
例えば、10年前の高校地学の教科書には「重い元素は超新星爆発でできる」と書いてあって、僕もそう習ったんですよ。けれども研究を始めてみると、実は考えれば考えるほど、強い証拠なんかなかったのです。教科書ってそんなものかと(笑)。
—教科書に載っているようなことでも、証拠はまだ見つかっていなかったのですか?
超新星爆発か中性子星合体か、まだどちらかはわからないのですが、少なくとも50年間、皆が何となく信じてきた常識が、どうも違うことがこの10年間でわかってきました。それを自分たちの研究で目の当たりにできたことが、おもしろいですね。常識が変わる瞬間に出会えることはなかなかないので、研究者として幸せなことです。
理学の仕事は、究極的には次世代の教科書をつくることだと思っています。僕らや人類の知識を少しずつ増やしたいと思っているので、数十年後には教科書に書けるような理解に辿り着きたいですね。
—重い元素が超新星爆発でできる強い証拠はないという研究には、田中さんもこれまで寄与されたのですか?
「超新星爆発では難しい」というところには僕は寄与していません。世界中の研究者がコンピューターシミュレーションで検証する中、超新星爆発では説明が難しいことは20年くらい前からジワジワとわかってきていました。その中で私は「だったら中性子星の合体を考えよう」と、そこで何が起きて・どうしたらそれを検証できるかを研究しています。
—コンピューターの計算能力の飛躍的向上という技術的進歩も背景にあるわけですね。
そうですね。星がどう爆発するかのコンピューターシミュレーションが精緻化し、やればやるほど重い元素はできないことがわかってきた時期と、中性子星合体という現象の理解が深まってくる時期がちょうど同じくらいでした。じわじわと常識がひっくり返りつつあったのが、僕がこの研究をしようと思ったきっかけです。「だったら、それを検証できる方法を考えよう」と考えたのです。
—「中性子星が合体したところで重元素が合成されていれば、"こんな現象"が起こるだろう」と予測したことも実際に観測できたと先程お話いただきましたが、具体的にはどのような検証を行ったのですか?
【写真】田中さんによる手書きの説明
中性子星は半径約10キロメートルと、星としては非常に小さいですが、太陽並みの質量をもつ、きわめて重力の強い天体です。その中性子星と中性子星が重力波を放って合体するのが、中性子星合体です。太陽並の質量をもつ星が、仙台市ぐらいの大きさに詰まっていると、地球の重力加速度の約1,000億倍にもなるので、皆ギュイーンと吸い付けられてしまう強さです。しかも、中性子星が合体する時は、その天体がなんと1秒間に100回もお互いの周りをまわる、まさに想像絶する現象です。
天文学の宿命は、そういう現象をその辺で実験できないことです。そこで僕ら天文学者は、そこで何が起きるかをコンピューターシミュレーションし、実験できないものを再現します。ただし、コンピューターの中で再現できても、それが本当に宇宙で起きているかという検証は、どうしても生物学や化学のように実験できる研究分野と比べてあやふやです。
そこで私は中性子合体の計算をしている研究者と協力し、光り方のコンピューターシミュレーションを行って、「中性子星が合体して金やプラチナなどの重元素が合成されれば、こう光るはずだ」と予言しました。この中性子星が合体した後の爆発で光る現象を「キロノバ」と言います。「キロ」は10の3乗、「ノバ」は新星という意味で、新星という現象より1,000倍明るいので、そう呼ばれています。
【図】中性子星合体とキロノバの想像図 C東北大学
ただ、これもコンピューターシミュレーションだけでは「本当にそうなの?」となるので、光の計算だけでなく、それを望遠鏡で観測し、実際に起きているかを検証しています。天文学は、宇宙の現象まで行って何かを採掘するわけにはいかないので、理論の予想と実際の天文観測が手を組んだ瞬間に、理解が進むのです。
—金やプラチナなどの重元素が、中性子星合体で合成されていれば、こう光るはずだというコンピューターシミュレーションの計算結果と観測結果がよく一致すれば証拠になるわけですね。現時点では何がどこまでわかってきたのですか?
中性子星合体でつくられた元素の種類や量を一番知りたいわけですが、そのためには光の分析をしなければいけません。基本的には地上の元素分析と同じで、宇宙にある天体に含まれる元素の種類を調べるために光のスペクトル(光の波長ごとの強度分布)を使います。それぞれの元素は決まった波長の光を吸収する性質があるため、スペクトルに見られる吸収線を調べることで、元素の種類を直接特定することができます。それを読み解くことを、ここ5年くらい学生さんと一緒に取り組んでいるのですが、実は、めちゃめちゃ難しくて。
—特にどの辺りが難しいのですか?
宇宙はほとんどが水素とヘリウムでできているので、天文学はとてもシンプルで、普段は水素とヘリウムと少しの重元素を考えておけばよいのですが、中性子星合体はほとんど重元素しか含まれない天体です。。例えば、金とプラチナとネオジウム等の重い元素を気体に混ぜこぜにして、バーンと爆発させてどう光るかは、誰も考えたこともなければ、計算したこともありませんでした。それを世界で最初にやったグループの一つが私たちのグループです。
【図】観測されたキロノバのスペクトル
可視光から赤外線にかけての電磁波で実際にスペクトルが取れていて凸凹が見えるので、それぞれ何かの元素が引き起こしていると考えられますが、実験室で見られるように、シャープな吸収ではないんですよね。特に厄介なのが、中性子星合体では物質自体が光速の約10%もの速さで膨張しているので、光のドップラー効果(※5)で波長がずれてしまい、あるべきところに元素のスペクトルがないので、何が何だかわからない状況が5〜6年も続いているのです。
※5 ドップラー効果:光を放つ天体が観測者に近づくように動いていると、光の波長が短く変化して観測される。天体の運動速度が速いほど波長の変化が大きくなる。
2017年に中性子星合体からの重力波に伴ってキロノバが観測されたのですが、そのシグナルを未だに僕らは頑張って読み解いています。あまりに悔しいから、ああやって壁に貼って、「なんとかしろよ」と自分に言い聞かせているんです(笑)。
【写真】貼り出されたキロノバのスペクトル
—キロノバのスペクトルは取れたものの、そこから重元素を特定するのはそれほど難しいことなんですね。ドップラー効果によるシフトに加え、そもそも重元素がスペクトルにどのような特徴をつくるか自体これまで誰もやったことがなかったとのことで、相当難しそうですが、解読のためには何が必要になるのですか?
まず、重元素だけでできた変なガスの性質をよく理解する必要があります。それとびっくりしたのが、特に重元素では、元素自体がどの波長に特徴をもつかという情報が、全然ないんです。量子力学の話ですが、「この元素はこの波長で光る・この波長の光を吸収する」という情報が全然ないんですよね。どうも産業的にも誰も必要がなかったデータのようで、分子のデータは比較的手に入りやすいのですが、原子、しかもそれが電離したイオンに対しては、そのようなデータが実は全くありませんでした。ですから僕は天文学者ですが、ここ5年位はずっと原子物理を考えていて、この元素があったらどの波長に特徴をもつかという地道な研究をしています。そこからやらないといけないのが非常に大変です。
—そこからどれくらい読み解けるようになったのですか?
ここ数年でやっとその整備が進み、学生さんがすごく頑張ってくれて、いくつか読み解けるようになりました。これは土本菜々恵さんの研究ですが、中性子星合体でランタンとセリウムが合成されたことが初めて直接特定されました。
【図】中性子星合体で観測されたキロノバのスペクトルと研究で得られたスペクトル
普通の星なら、スペクトルを見て、その星にどの元素が含まれているかを推定するという問題は、100年ぐらい歴史のある研究テーマです。解くべき問題は非常にシンプルで、中性子星合体でもやっていることも基本的には一緒なんです。しかし、そこまでの道のりが非常に大変でした。7年前にスペクトルを見た時は、「うーん…これ、どうするんだ…?」と思っていたんですが、地道に原子のデータをつくり、実験もさせてもらったりしながら、原子の物理を突き詰めていったら、少しずつ読み解けるようになってきたところです。大変でしたが楽しかったですね(笑)。
こういう研究のおかげで、宇宙の研究をしているのですが、ミクロなスケールの理解が、宇宙のこんな極端な現象の理解にもきちんと重要な役割を果たすことを自分も実感できました。よく授業で学生には「宇宙物理学や天文学でも、ちゃんと量子力学を知っておこう」とか「原子と原子核がわかってこその宇宙だよ」と言うんですが、まさに自分でそれを体験して、面白いですね。
—50年来の常識が変わりつつある中、長年の未解決問題に自ら手法を1からつくって直接アプローチしているなんて、まさに研究者の醍醐味ですね。そのワクワク感がとても伝わってきます。
それはもう楽しいですよ!(笑)。先程も言いましたが、仙台市が1秒間に100回転するとか、それが光の速さの10%の速度で爆発しているとか、(中性子星合体は)想像を絶する現象じゃないですか。「光の速さは1秒間に地球7周半」と言われても、正直そんなに実感できないわけですが、でも、数学と物理では書けるわけですよ。それで「こういうことが起こるだろう」と思ったことが実際に宇宙で起きている時の感動はすごいですよ。「すごい!合っている!!」って(笑)。
【図】田中さんが一番好きな図
これは僕が一番好きな図なんですが、横軸が中性子星が合体してからの日数で、縦軸が明るさで、何等星かを表しています。青い点が可視光、赤い点が赤外線です。中性子星合体で何が起きるかを一般相対性理論を使って計算し、重元素がどうできるかを原子核物理学を使って計算し、光がどう元素と相互作用するかを原子物理学を使って計算し、そういうプロセスを全部解いて、どうやって明るさが変化するかを計算した結果が実線です。これが実際の天文観測の結果とまあまあ合っているんですよ。想像を絶する現象も全部計算すると理解できるって、すごいなと(笑)。
—はるか遠い宇宙の未知な現象でも、人類が地球上で考えた法則が普遍的に成り立っているって、本当にすごいことですよね。
人類が行けない遠い宇宙の、想像できないくらい極限的な現象なのですが、まあまあ計算できるという。物理が好きになりましたね。「おお!物理、強い!」と思いました(笑)。
—人類が身近な現象を理解するためにつくった法則が、遠い宇宙のことも説明できるって、よくよく考えると、ふしぎですよね。
この世界に力が4つあって、重力、強い力、弱い力、電磁気力の4つの力を全部駆使しないと、ここまでいかないですね。これらは別に宇宙の特定の現象を理解するためにつくられた理論ではなく、身のまわりのことを理解するために、地球上の高々10センチ程度の脳をもつ人類が辿り着いた知識です。その知識を総動員して中性子星合体を考えると、ちゃんとまあまあ合っているって、やっぱり、すごいですよね。細かく言えばまだまだですが、人類えらいぞ!って(笑)。
【図】4つの力
—今後の展望については、どのようにお考えですか?
2017年に中性子星合体を観測できたのはラッキーでしたが、実はその後、1回も観測できていないのです。一例のみなので、いつも重い元素ができるなんて保証は全くないわけです。もう、ただただ次の天体のスペクトルを取ってみたいです。それが同じなら予想通りですが、もし全然違っていたら…、笑っちゃいますね。振り出しに戻るのか!って(笑)。
また、こういう現象が宇宙でどれくらい起きているか?をきちんと知る必要があります。なぜかと言うと、例えば、地球上にある金の量など、元素の量は大体わかっています。先程、超新星爆発ではその説明が難しいと話しましたが、僕らが有望と思っている中性子星合体が、宇宙であまりにも起きていなければ、やはり元素のでき方としては不適格なわけです。中性子星合体で重元素はできているけど、それだけでは足りないことになります。ですから、まず中性子星合体をさらに観測して、どれくらいの頻度で起きていて、どういう元素ができているのかを理解したいです。
そこで今は、次の観測にむけて計算をたくさんして準備しています。例えば、中性子星の質量が少し違うとどう違うか?など、色々なパターンをできるだけ予想しておいて、次に何が来てもちゃんと理解できるよう準備を進めています。そうやって理論と観測がガッチリと全部結びつかない限り、宇宙の元素の起源を理解したとは言えないからです。そこまでできてやっと教科書に「重元素の起源は超新星爆発ではなく中性子星合体かも」と少し言えるかなという感じですね。できればあと10年くらいで、そこまで辿り着きたいです。
—中性子星合体はいつ起こるかわからないとのことですが、スケール感としては、大体どれくらいの頻度で起こりそうと考えられているのですか?
わたしたちの銀河系の中という意味では、1万年〜10万年に1回ぐらいです。ただ、わたしたちはもっと遠くの宇宙まで見渡せるので、見える範囲の宇宙では数年に1回ぐらいですね。
—では、そろそろ来てもいい頃ですよね。
なんですけど、7年間起きなかったという…。まさに今、重力波の観測をしている最中で、いつ来るかわからないので、気が抜けないんです。僕らが寝ていても望遠鏡は自動で動いてちゃんと観測できるように準備は進めています。検出されたものはリアルタイムで僕達にメールが来ることになっていて、来たらすぐ動きます。
—まさに今、来るかもしれないですよね。そうしたら取材は即中止ですね。
実際に、大学院の講義中にメールが来たことがあって。ちょうどこの話題の講義を行っていたところだったので、「今から観測が始まります」と中断したことがあります。結局、誤報だったのですけどね(笑)。
—誤報とはいえ、学生さんにも研究の臨場感が伝わったのではないでしょうか。
宇宙の研究では、10億年・100億年といった時間スケールの現象が多いのですが、こういう天体は時間スケールが短く、宇宙のことを研究しているのに「この10日間が重要」というのが僕は結構エキサイティングだと思っています。ちょうど2017年に重力波が観測された時は、休みを取る予定でしたが、全部なくなりました(笑)。
—休みは無くなったものの、逆に一番余裕があるタイミングで来てよかったですね。忙しいと思考がどうしても制限されますから、かえって集中できたのではないでしょうか。
集中できましたね。それもあって、今も何が起こってもよいように、普段から2割くらいの余力を常に残す癖はつきました。予定を詰めすぎると、プラスアルファで何か起きた時に対応できなくなるので。そして大抵は何も起きないので、ちょっと新しいことを考えようとか、リフレッシュして研究しようとか、時間を有効に使えるので、その2割の余裕は結構好きなんです。ここ十数年で編み出した心の持ちようです。時間がないと、思考は制限されるので。
—日本の研究者が研究をする暇がない問題は深刻ですので、非常に大事な心構えですね。
本当に時間はないですよね。だから常に2割、暇という状態をつくり続けるというのがとても重要です。本当に、めちゃくちゃ歴史的に重要な瞬間なので、ここで予定を入れすぎて3日間動けずに観測できなければ、僕は一生後悔するので、それだけは絶対に起きないように。
—先生があまり忙しそうだと、学生さんも質問しづらいですよね。「先生が暇そうだから、質問してみようか」って、本当は決して暇ではないとは思いますが、そんな余裕のオーラや、研究に楽しそうに取り組んでいる姿が、教育面でも重要ですよね。
はい、余裕がなさそうにしていると学生さんも単純にその職業につきたいと思えないですよね。こんなに幸せな職業なのに、学生の前で疲れた顔をしているのは罪深い。僕の指導教員もいつも楽しそうに研究をしている方でした。「暇だよ」って言っているくらいの、力が抜けているぐらいが良いなと思っています。いや、学生がどう思っているかはわからないですが(笑)。
—学生さんたちにも後で直接聞いてみますが、学生さんたちも主体的に研究している印象です。
学生はよくできますね。僕の何倍も進みますから、悔しかったりしますね(笑)。「やるな!」って参っちゃいます。
—ここで、研究の話から少し離れて、そもそもなぜ田中さんが天文学者になったのか、原点についても伺いたいと思います。子どもの頃を振り返ってみると、如何でしたか?
宇宙への興味は小さな頃からありました。私の実家は愛知県の知多半島なので、小中学生の頃、星がよく見えました。星座好きとか望遠鏡を持っているとかは全然なかったのですが、宇宙を見てぼやっと「どうなっているんだろう?」と考えることはありました。
ただ、僕、天文学も宇宙物理学も全く知らなくて、「宇宙と言えば、ロケットだろう」と、最初は工学部に行くつもりで大学に入学したんです。そして、大学1年生で授業を受けた時、僕が好きなのはロケットではなく、宇宙物理だと気付いたのです。
これを今の学生に言うと、非常に恥ずかしいのですが、僕は当時、工学部と理学部の違いもわかっていなくて、「この学問は何学科でやるのですか?」と大学の先生に聞いたら、「理学部だよ」と言われ、そこで理学部なんだと気づいて、理学部に行こうと、大学1年生の後半で思ったんですよね。
—そこで自分自身の興味が何か、わかったのですね。
それは大きかったですね。自分は宇宙で起きている現象を知りたかったのであって、別に、宇宙に行きたかったわけでもなければ、ロケットを飛ばしたかったわけでもなかった。手の届かない宇宙で何が起きているのか知りたいというのが、もともと僕が知りたかったことなんだと、初めて自覚しました。その授業を受けていなかったら、何となくロケットを研究していたと思いますし、多分、自分は向いていなかったと思います(笑)。
そこからすぐ天文学科に入ったので、それ以来ずっと「これを知りたい、じゃあ、やってみるか!」の連続で、とても楽しいですね。ですから、小さい頃から「天文学をやるんだ!」と憧れていた時期が長いわけではなく、大学生のときに「やるぞ!」とすぐ始めた感じでした。
—「自分はこういうことをやりたい」と、外発的なプレッシャーもあって思い込んでしまうパターンもあると思いますが、自分の本当にやりたいことがナチュラルにわかって、自然に研究者の道へ進んでいる様子が伝わってきました。
私の場合、単なる情報不足もありましたが、思い立って学び始めるまで1年だったので、悩みはゼロでした。そこからは研究が楽しくてやめられず、研究者ではない道は考えなかったです。
—最後に、これまでのお話を踏まえて、次世代へのメッセージをお願いします。
あまり偉そうなことは言えませんが、わからないことを楽しんでほしいです。どうしても学校では試験があるので、「わからない=駄目」と思ってしまいがちですが、わからないからこそ、おもしろいわけで、それが僕ら研究者の活動の源です。学部生と話していると、「わからないです」と自信を失ってしまうケースによく出会いますが、「わからない=新しい地平が拓ける瞬間」で、「わからない=勉強したい・研究したいの源、自分が伸びる瞬間」です。わからないことに出会った時にニヤっとできる、そうであってほしいと思います。
教員同士も「わらかないね」と言い合って、それを学生たちが見ているのも、よい環境だと思います。「この人たち、わかっていないんだな」って(笑)。ほとんどの場合は、単なる勉強不足でわかっていなかったり、ちゃんと考えればわかるのですが、「わからないね」と色々考えている間に、本当に人類誰もがわからない問題を引いたりして、それが研究の芽になるのです。
ですから学生が「これ、わからないのですけど」と聞いてきたら、「よいのを見つけたね」と言ってあげたいですよね。ちゃんとわからないことを楽しんで持ってきてくれたことがすごく重要で、それを「駄目だ」と言ったら萎縮してしまうので、それはなるべくしないようにしているつもりです。
ただ、高校生にこれを言うのは結構厳しくて、わかっていなければ試験に通らないので…。だからこそ大学生になったら、自分が好きなことを勉強してほしいですね。研究は「やれ」と言われたからやるものではないですから。
—田中さんのスタンスがよく伝わってくるメッセージでした。どうもありがとうございました。
(写真左から)
千葉 公哉 さん(修士1年生)
土本 菜々恵 さん(博士3年生)
ラムニ サルマ さん(修士1年生)
—はじめに研究テーマのご紹介からお願いします
【土本】宇宙で重い元素をつくる現場と考えられている、中性子星の合体現象からの電磁波放射「キロノバ」からのシグナルを読み解く研究をしています。中性子星の合体現象から出てくる光に、そこでつくられた元素の痕跡が乗っているはずなので、それを解読し、証拠を得ようと研究しています。
【千葉】中性子星の合体現象から出る電磁波放射に加えて、超新星爆発がどんなエネルギー源で光っているかに注目して研究しています。中性子星の合体では、周期表の下の方にある重い元素を考えますが、僕はヘリウムという軽い元素に着目した研究を行っているので、周期表を行ったり来たりしています。宇宙にある元素の中で一番多いのが水素で、2番目に多いのがヘリウムですが、特に宇宙の爆発現象を考える上でヘリウムは重要な役割を果たすので、それについて研究しています。
【ラムニ】私も、中性子星が合体する時に起こる爆発から来る「キロノバ」の光を解読する研究をしています。2017年からまだひとつしか観測されていないのですが、ひとつの観測から得られる情報が多くて。例えば、土本さんは周期表の左の方にある元素に着目して研究されていますが、私はその爆発から来ている光に他の元素が見えるかどうかを研究しています
—皆さんは、なぜ田中研究室を選んだのですか?
【土本】もともと漠然と元素が好きでしたが、研究室配属の説明で田中研究室の研究テーマを初めて聞いた時、直感的におもしろそうだと思って選びました。宇宙の至る所に存在している元素がつくられてきた現場を直接調べられる、というのに興味を持ちました。
【千葉】星空好きで天文学教室に入る人が多いですが、自分の場合、物理学を学びたい動機で東北大に入りました。元素は天文学の中でも物理学を多く駆使するので、「物理好き」という軸に加えて、元素の起源に着目して天文現象を見る研究に興味があり研究しています。紙の上で書いた話が空の上の現象で起こっているのは、ふと引いて考えてみると、なかなかすごいことをしていますよね。そんなことに興味を持って楽しく研究しています。
【ラムニ】私は中学校の頃から天文学が好きで、モロッコから日本へ留学しました。けれども理学部に入って、原子核物理にも興味を持ち始めました。天文と原子核を両方できるのかなと考えていたら、田中研究室でそれができることがわかりました。大きなスケールで小さなスケールを見るのがとてもおもしろい、それが選んだ理由の1つ目です。2つ目の理由は、田中研究室で爆発が起こった後の観測データの解析だけでなく、理論からもシミュレーションし、観測と理論の両方ができます。理論だけ、観測だけのグループもある中で、とても魅力的でした。私にとって完璧です!
—それでは、田中研究室を一言で表すと?
【土本】「自由と責任」。学生がやりたいことがあれば、雅臣さんは希望に沿うテーマを一緒に考えてくれます。
【千葉】そうですね。学生の裁量に任されています。かといって放任ではなく、適切に道案内はしてくれて、ちゃんと研究者として成立できるよう支援してくれます。自由なところが特徴ですね。
【土本】「学生の責任は最後は教員にある」と言って自由に任せてくれていますが、自由に伴う学生自身の責任もあります。コアタイムはない研究室なので、来なくなる学生もいそうですが、実際に来なくなった学生はいません。雅臣さんを選ぶ学生が主体的に動きつつ、かつ、成果を出す道案内を雅臣さんがきちんとしてくれ、お互いが成長できるよう常に考えてくれています。学生に対しても一研究者として対等に話をしてくれます。
【千葉】「自由な空気感」。ふらっと研究室に来て、「お時間ありますか?」と議論するのは、他の先生ではなかなかしづらいですが、雅臣さんはフランクに対応してくださいます。学生も研究を進める責任がありますが、こちらもやる気があって来ているので、やる気に応えていただけるのは、すごくよい環境だと思います。
【ラムニ】「楽しく、信頼し合いながら、研究できる研究室」。この研究室の学生は皆、研究が楽しいと思っています。雅臣さんが研究を楽しんでいるので、学生も楽しく研究できます。そして、雅臣さんが学生たちを信頼して、そんなに厳しくなく自由な時間で、頑張っていれば大丈夫という感じなので、雅臣さんが学生たちを信頼していることが、すごくよい点だと思います。
—最後に、後輩のみなさんへメッセージをお願いします。
【土本】高校生の文理選択など、自分の興味が定まっていなくても、選択の必要に迫られる時がありますよね。私の場合は自分の興味が定まっていなかったのですが、今思えば、色々な機会を見つけて、色々なものに触れ、自分が何を好きなのか、選択に迫られる前から探すことが大事だったのではないかと思います。たとえ最終的にそれを選ばなかったとしても、その経験や知識はその先の自分をつくっていくのではないでしょうか。
【千葉】これまでの人生を振り返って、後悔はないですが、視野が広がってよかったと思うことはたくさんあります。僕は青森から仙台へ来て、人が増えたことで色々な価値観に触れられたことが、大学に入学してよかったことでした。かといって、入学前に狭いところに閉じこもる必要もなく、今はインターネットを使って自分の興味にすぐアクセスできる時代。まだ自分がどんなことに興味があるかはわからないとは思いますが、まず気になることがあれば調べてみたり、早い段階から自分の興味に気付けるようになると、進路選択も含めて自分の人生に活きていくのかなと思います。
【ラムニ】やはり好奇心を持つことが大切です。まず好奇心を持って、その好奇心に応える、調べる力を身につける、そのような力が必要です。若い時から、おもしろいと思った時に、思ったことを調べてみて、なぜそれに興味を持ったのかを大事にし、それを目の前にして進むことが大事ではないでしょうか。私はモロッコ出身で、天文学をやりたくて留学を決めました。それが人生で一番よい選択でした。ちゃんと天文学をおもしろいと思ったから、それをやろうと選んだのです。今は楽しく研究して、やりたいことをやれています。何かが楽しいと思ったら、それに進むということをぜひやってほしいです。
—皆さん、ありがとうございました。