専門は、原子核物理学(実験)。1983年東京大学理学部物理学科卒業。1988年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了(理学博士)。東京大学大学院理学研究科助手を経て、1996年東北大学大学院理学研究科物理学専攻助教授、2004年から同教授に就任し、現在に至る。2009年仁科記念賞を受賞。
今回訪問したのは、「ハイパー核ガンマ線スペクトロスコピーの研究」により2009年度の仁科記念賞を受賞された田村裕和教授(物理学専攻 素粒子核物理学講座)です。田村教授は、ハイパー核が発するγ線を高精度で検出する装置を開発し、この分野の研究を大きく発展させた功績により、同賞を受賞されました。「物質のでき方の基本は謎だらけ」と語る田村教授に、研究内容や動機などについて伺いました。
―まずは、田村教授の研究テーマについてご紹介ください。
まず、我々が研究しているのは、「原子核」や「素粒子」(=物質を構成する最小単位)です。けれども、素粒子自体を研究しているのではなく、素粒子がどのように集まって原子核や物質をつくっていったかを、調べています。
皆さんが良くご存知の原子には、元素の周期表からもわかるように、たくさんの種類があります。原子の中には、原子核とそのまわりをまわる電子があります。原子核には電荷(陽子の数)の異なるものが90数通りあり、それに応じてまわっている電子の数も異なるため、いろいろな性質の異なる物質ができるわけです。また、電子は原子核に比べて非常に軽いので、原子の質量のほとんどは原子核の質量です。ですから、原子核がどのような電荷や質量を持つかが、実は、物質の一番基本的な性質を決めていることになるのです。
原子核は、陽子と中性子からなり、それらがだいたい同個数ずつ、くっついてできています。ですから我々の疑問は、物質のでき方の一番の基本である陽子や中性子が、なぜ存在するのか?それがどのようにくっついて原子核になったのか?その原子核には、どのような種類があるのだろうか?ということです。こうしたことはもう当たり前のように教科書に書いてあるので、皆さんすでにわかっていることだと思われるかもしれませんが、実は、未だに謎は山ほどあるんですよ。
―どのようなところが未だに謎なのですか?
【図1】現在の知見では、物質は原子からなり、原子の中にある原子核は陽子と中性子(まとめて核子と呼ぶ)からなり、さらに核子は二種類の「クォーク」、upとdownから構成されていることが実験的にわかっている
陽子や中性子の中には、さらに「クォーク」という素粒子があります。陽子と中性子は、クォーク3個で構成されていることがわかっています。このクォークが、本当の意味での素粒子、つまり、「これ以上分解できない究極の粒子」と考えられています。
しかし、クォークから陽子や中性子がどのようにしてつくられるのか、なぜクォーク3個なのか、こうした基本的なことが未だによくわかっていないのです。また、とても軽いはずのクォークから、なぜあのように100倍も大きな質量を持つ陽子・中性子ができるのかも大きな謎です。このように、素粒子クォークから陽子や中性子がつくられる謎を解明することが、物質を理解するための出発点です。
なおかつ、陽子や中性子ができても、それらがくっつかなければ原子核になりませんから、なぜくっつくのだろう?というところを解明することも必要です。そこにも、わからないことがいっぱいあるんです。要するに、このふたつを解明できれば、物質のでき方がわかったことになるのではないか、ということなんですね。
実際に、宇宙には一番最初は、バラバラの素粒子しかありませんでした。それなのに今の世界では、陽子と中性子、それらがくっついてできた原子核がもとになって物質となっています。つまり、宇宙の最初期「ビックバン」直後の素粒子だけの世界と、今の世界の間には、何か歴史的な発展があるわけですね。その途中には、まだまだわかっていないことがいっぱいあるのです。
要するに、物質の基本単位である原子核が、本当の意味での究極粒子である素粒子から、どうやってつくられてきたのだろう?それを調べることが、僕に限らず、原子核物理学者の現在のテーマですね。
―その謎に対する、田村教授のアプローチとは?
それを調べるにあたって、いろいろな方法があるのですが、我々は、クォークと陽子・中性子、あるいは、クォークと原子核の関係をもっと詳しく調べようとしています。
クォークは全部で6種類あることがわかっているのですが、現実の宇宙にはそのうち2種類しか存在しません。けれども宇宙のごく初期には、6種類あったことがわかっています。クォークは6種類あると予言したのが、小林・益川理論です(2008年ノーベル物理学賞)。その6種類は特別な実験でつくることができるんですよ。けれども、つくってもすぐに壊れちゃって、また2種類だけになってしまいます。
陽子と中性子が原子核をつくる基本のブロックですが、その陽子と中性子は2種類のクォーク、「up(上向き)クォーク」と「down(下向き)クォーク」が組み合わさってできています。けれどもクォークは6種類あるのですから、別のクォークに取り替えれば、陽子・中性子ではないけれども、似たような別の仲間の粒子ができるはずなんですよ。
実は、そのような粒子は、加速器を使った実験で無理やりエネルギーを与えてやることで人工的につくることができます。しかし、このような粒子は、現在の物質世界には存在していません。なぜならば、つくってもすぐに壊れてしまうから。宇宙初期にはあったかもしれないですけど、今はないわけです。そのような意味では、こうした粒子を加速器で人工的につくる研究は、物質の立場から行う宇宙の研究の一種と言うこともできますね。
そこで今、我々は、クォーク6種類を全部使うのは難しいので、3種類目のクォーク「strange(奇妙な)クォーク」に注目しています。図2をご覧ください。6種類のクォークの下にある数字が、質量を表しています。ちょっと単位が難しいのですが、upクォークとdownクォークの二つが特別に軽いのです。右に行くほど、ものすごく重いのですが、重たいものは不安定で、すぐに壊れてしまいます。ですから、無理やりつくっても地球上に存在できるわけがないのです。
【図2】素粒子(クォーク)の種類。
けれども、3番目に軽いstrangeクォークは、不安定ではあるものの、upクォークとdownクォークの次に軽く、寿命が割と長いのです。寿命は、10のマイナス10乗秒(=10億分の1秒)。「長い」と言っても一瞬ですが(笑)、それでも他の3種類よりは長くて、性質もよくわかっているんですね。
陽子と中性子は、「upクォーク・upクォーク・downクォーク」あるいは「upクォーク・downクォーク・downクォーク」で構成されています。この3個のうちいずれかを、strangeクォークに入れ替えるのです。すると「strangeクォーク・upクォーク・downクォーク」となり、陽子・中性子と似ているのですが、やっぱりちょっと違う性質を持った変な粒子ができるのですね。
このstrangeクォークが一つ入った特殊な粒子を「Λ(ラムダ)粒子」と呼んでいます。Λ粒子は、陽子・中性子の仲間ですから、実はちゃんと原子核の中に入れることができるのですよ。こうしてできる原子核を「ハイパー原子核」と言うのですが、我々は実際にこれを実験でつくって研究しているのです。
―「ハイパー原子核」をつくる意義とは何ですか?
どんな意義があるかと言いますと、一つは、周期表にあるような原子のもとになっている原子核とは構成要素がまるで違う、質的に全く異なる原子核、あるいは物質をつくることができるということです。こういう新しいタイプの原子核をたくさんつくり、物質の種類を広げることが、一つの興味です。ただ、これはつくったとしても非常に寿命が短く、ある時間が経つと壊れちゃうので、そのまま何かに応用できるというものではありませんね。
我々の目的の一つは、先ほどもお話しましたように、陽子と中性子からなる原子核の中で、陽子と中性子がどのような力でくっつきあっているかを調べることです。この陽子と中性子の粒子間の力を「核力」と言います。湯川秀樹先生がその力のしくみを予言し、ノーベル物理学賞を受賞した、日本人には非常に馴染みある重要な力ですね。けれども実は、湯川さんが約50年も昔にノーベル賞を受賞したにもかかわらず、核力は未だに完全には解明されていないのです。
もともと陽子と中性子の間には、湯川さんの言うように特別な"のり"みたいな物質(中間子)があって、それでくっついていると言われてきました。その考え方は正しいのですが、すべての物質はクォークでできていることがわかっちゃったので、すべてクォークで説明できなければならないわけです。湯川さんの発見した"のり"の物質も、実は、クォークでできていることがわかりました。
すべての陽子と中性子のくっつき方や原子核のでき方を、すべてクォークの理論によって説明することができるはずなのです。それで「すべてがわかった」ことになるのですね。ところが、それは大変難しいので、クォークの種類を全然違う種類のものに替えて、陽子・中性子を種類の違う新しい粒子にし、現実には存在しない原子核を無理やりつくってやるのです。
すると、その粒子間の力も変わるはずですよね。そして、その粒子と他の陽子・中性子の間の力をいろいろ調べてやれば、クォークを替えると力がどう変わるかがわかるのです。要するに、クォークの種類を入れ替えたら核力はどう変わるかを調べていくと、核力はクォークのどのような性質から生まれるのかがわかるわけですね。こうして、クォークの理論から、核力、あるいは原子核の性質を導き出すことが可能になるわけです。
何か基本的な法則があったら、そこから全てが演繹的に計算され、説明されて欲しいわけですね。物理学って、そういうものなのです。ですから、例えばアインシュタインの一般相対論のような基本理論があると、それは方程式一つだけの本当にシンプルな理論ですが、そこから、時間・空間の性質からあらゆる天体の動きやら宇宙全体の性質までが全部、出てこなければいけないわけです。そして実際に出てくるわけですね。それと同じことを、物質に対してもやりたいわけですよ。
クォークの基本理論は一応あるのですが、そこからどうやったらこの現実の複雑な原子核や物質の世界が説明できるかは、まだわかっていないのです。それをやりたい、そういうことなのですよ。そのために、クォークの種類を替えた原子核をつくってみて、そこからクォークの理論で物質がどのように説明できるか調べているということです。それが我々の一番大きな目的ですね。
【図3】中性子星ができるまで
実はもう一つ、おもしろい目的があるんですよ。ここに、いろいろな星の絵がありますが、「中性子星」という星があるのです。太陽のような星、いわゆる恒星は、どんどん大きくなっていきます。星の内部で原子核反応が起こっていて、どんどんエネルギーを出して膨張していくのです。そして最後には大爆発を起こして、壊れちゃいます。この大爆発のことを「超新星爆発」と言います。
超新星爆発を起こすと、外側はすべて吹き飛ぶのですが、その反動で内側は圧縮されて、一番内側には非常に質量の大きい固まりが残ります。それが重すぎた場合は、ブラックホールになります。けれども、ブラックホールになり切れなかった中途半端に重たいものがあるんですね。それを「中性子星」と言います。
普通の物質は、原子核のまわりに電子があって、それが原子をつくっていて、その原子が結晶のように並んで物質になっています。けれども、その電子が全部消えてなくなって、すべての物質の原子核だけがくっつき合って塊となって一つの星ができているのですよ。ほとんど中性子だけから成り立っているので中性子星というわけですが、ものすごく密度が大きいんです。耳かき一さじ程度でトラック1000台分くらい。それくらい膨大な質量を持っているんです。
原子核には陽子があったはずですが、陽子はプラスの電荷を持っているので、陽子と陽子の間では、実は電気的な反発力があるわけですね。原子核の中ではこの反発力よりも、もっと強い"のり"の力で陽子同士もくっついているわけですが、そうは言ってもあまりに陽子の数が多くなると、陽子同士の反発力によってバラバラになってしまいます。
電子は、マイナスの電荷を持っているでしょう?電子と陽子がくっついて中性子に変わるんですね。すると、電子の数と陽子の数は等しいですから、最終的には全部、中性子になっちゃうわけです。星と言っても半径10キロメートルくらいの小さな星ですが、それが太陽の2倍くらいの質量を持っているんです。凄まじいでしょう?
すべて中性子だけという塊、一個の巨大原子核のような星です。それが実際にあることがわかっていて、天文の観測でもたくさん見つかっています。それを発見した人や計算した人たちが、すでにノーベル賞を受賞しています。また、さきほど電子と陽子がくっついて中性子に変わるといいましたが、実は電子は、マイナス電荷を陽子に吸い取られて「ニュートリノ」という中性の粒子に変化し、星から外へ逃げていきます。これを実際に観測して、超新星爆発で中性子星が作られるメカニズムを証明したのが、小柴先生です。中性子星は、宇宙の中でも非常におもしろい天体なんですね。
―中性子星と田村教授の研究の関係は?
中性子星があることはわかっていますが、その性質は謎に包まれています。現場に行って直接調べるわけにもいかないので、観測だけで皆、遠くからのぞいて想像しているだけなのです。ただ、いろいろな中性子星の観測結果と、さまざまな原子核の実験データをもとにつくられた理論を組み合わせてみると、どうも中性子星の中では、密度が非常に大きいせいで、3種類目のstrange クォークが勝手に生まれ、中で安定に存在しているらしいということが、予想されるようになってきたのです。
これはかなり画期的なことです。宇宙にあるこの世界の物質は、今現在はupクォークとdownクォークの2種類だけでできているはずなのです。初期宇宙では、ほかのクォークもあったはずなのですが、すぐに消えちゃったはずなのです。けれども今でも、中性子星の中に行けば、外側はupクォークとdownクォークからなる中性子ですが、中の方にはstrange クォークがあるらしい。これは、我々の物質観がかなり変わることだと僕は思うのです。
なぜならば、これまでupクォークとdownクォークだけで、宇宙のすべてはできていると思われていたわけです。けれども実は、そうじゃない。strange クォークの入った物質は、普通の原子核とは全く違う性質を持っているはずなので、我々が全く知らない物質なわけです。あるいは、別の言い方をすると、先ほどお話したΛ粒子のように、strange クォークの入った粒子が、中性子星の中にはいっぱいできているのではないか。それが本当だとすると、すぐ壊れちゃうはずなのに、壊れないで安定して存在していると予想されます。
それが本当かどうかを調べるためには、もちろん観測しても良いのですが、所詮観測しても現場に行けるわけではないので、詳しくはわかりません。そこで、我々がやっている実験では、strange クォークの入った原子核をつくります。この性質を詳しく調べてやると、strange クォークが入った時、物質あるいは原子核の性質がどう変わるかがわかるわけです。それで、その理論がつくれるわけですね。この理論計算を進めると、じゃあ、これが大きくなって中性子星になったら、中にstrange クォークがどれくらい存在していなければならないか、計算で出すことができます。けれども、その計算のもとになるのは、我々がやるような実験なのですよ。
要するに、ハイパー原子核の実験をすることによって、strange クォークの入った物質の性質を調べ、中性子星の中のstrange クォークの割合、あるいは、そこがどういった性質の物質かを解明することができるのです。ですから我々の実験には、実際に行って調べることができない中性子星の中にある、今まで人類が知らなかったすごく変な物質を、地球上で調べているといった意味もあるのですね。
―それはどの辺りまで明らかになっているのですか?
なかなか鋭い質問ですね(笑)。これは日本で特に盛んな分野です。筑波のKEK(高エネルギー加速器研究機構)や京都大学、大阪大学の人たちと一緒に研究しています。ハイパー原子核やstrange クォークの研究は、世界で最も日本が進んでいる分野なのですよ。
今まで我々がやってきた研究を全部合わせますと、中性子星の中のどれくらいの深さまで行って、密度がどれくらいまで上がれば、strange クォークが発生し始めるのか、ということがかなりわかってきました。半径15kmのうち中心から5kmから10kmくらいでしょうかね、中心に近いところへ行くと、急に strange クォークが、ばーっとできてくるんです。そういった中性子星の中の構造もわかってきました。
ただ、そうは言っても、まだ観測と合わないところもあって、謎がいっぱいです。例えば「中性子星の中はこうなっているはずだ」と計算も一応できるのですが、計算式を少し変えてみると、答えがかなり違ってしまうので、ちょっと難しいですね。まだ完全にはわかっていないのです。そのためには、もっとこういった研究をしなければいけないですね。
さらに、実はつい最近、とても質量の重い中性子星が発見されて、天文学者や核物理学者の間で世紀の大発見かもしれないと大騒ぎになっています。この重い中性子星の中にもstrange クォークがあるはずですが、それがΛ粒子のような我々が知っている粒子(バリオン)とはまったく違う形で存在している可能性があるのです。
陽子、中性子、Λ粒子のようにクォーク3つが閉じ込められた塊の粒子(バリオン)ではなく、クォークがばらばらになってしかも超伝導状態になっている「クォーク物質」ができていなければ、その中性子星の重い質量が説明できないのです。「クォーク物質」の存在が証明できたら本当に画期的なことですが、そのためにも我々の研究がますます重要になっています。
―これからどのように研究を進めていくのですか?
こういった strange クォークが入った粒子って、Λ粒子の他にも何通りもあってね。strange クォークが2つ入っていたり、電荷もプラスのやつもあればマイナスのやつもあるし、電荷がないやつもあるんです。陽子と中性子は、プラスとゼロですけどね。strange クォークが入った粒子には、電荷がマイナスのやつもあるんです。
このように異なる種類のstrange クォークが入った粒子を全部、原子核にそれぞれ入れてどうなるかを調べます。すると、中性子星の中でもどの種類がどれくらいできてくるのか、といったことも全部わかるだろうと思います。それを、これからどんどんやっていこうと思います。
―具体的には、どのような実験をするのですか?
茨城県東海村で2009年から稼働した、「J-PARC」というすごく大きな加速器を使います。世界最強の強いビームを出す、凄まじい加速器ができたのですよ。これは陽子のビームなのですが、飛んでくる陽子の個数(加速度)が、世界で断トツに多いのです。その強度はこれまでの世界最高加速器の10倍にもなります。
J-PARCで本格的な実験がやっと始まりつつあったところで、今回の震災によって多少被害を受けてしまいました。しかし修理は無事済んで、2012年1月から本格的に動き出します。そうすると今お話したハイパー核の研究が、ものすごく進むはずですよ。すると多分4、5年もすれば、もう少しはっきりと「中性子星の中はこうなっているはずだ」と言えるかもしれませんね。
もう一つは、先ほどお話したように、なぜクォークが3つでくっ付いて、それで陽子と中性子ができて、その粒子間の力(核力)が今のようになっているか。それをきちんとクォークの理論で説明する時に、非常に役に立つデータが取れると思います。
―田村教授の研究に対する個人的なモチベーションを聞かせてください。
物理の研究は、基本的な物理法則で、全ての現象を説明することが目標です。物理学とは、そういう学問なのです。例えば、ニュートンの理論というのは、それまで別々の法則に従うと信じられていた地球上の物体の動きと天体の動きを、一つの法則で同時に統一的に説明してしまったのですね。それが「かっこいい、素晴らしい」と憧れて、物理の道に進みました。
今一番の問題は、クォークという素粒子があり、クォークがどのような法則に従うかはわかっているのに、そこから現実に存在する物質のさまざまな性質が、まだ説明できていないということです。もちろん、この課題は世界的に研究されています。そこに少しでも自分が貢献したいと思うのです。
アインシュタインのように何か一つの画期的な理論を考えつき、たった一つの方程式を計算してやれば、あらゆるものが説明できてしまう。そのような理論をつくるのは、すごくかっこいい。アインシュタインのように究極の理論をつくって、すべての現象を説明したいというのが、物理をやるすべての学生の夢だと思います。それもあって、理論物理学者になりたい学生さんがいっぱいいますね。
アインシュタインの重力の理論は完璧ですごいのですが、それとは別に、物質の基本単位であるクォークの理論もちゃんとあって、それも間違いないことがわかっています。けれども、違った理論がいくつかあったら、本当は気持ち悪いのです。「重力が今のようになっているのはなぜか?」「物質が今のようになっているのはなぜか?」、やっぱり一つの理論から、すべてを説明したい。それは、誰も見つけていない究極の理論で、それができたら本当に素晴らしい。それに憧れて理論物理をやりたい学生もいっぱいいます。
僕も学生の頃は、かっこいいので、アインシュタインみたいな理論物理をやりたいと思っていました。けれども、なんせ数学的な能力がある人でないとできない、それはすぐにわかるんです。
僕の場合は学部3年生の時、こういう原子核の実験をやる先生で、素敵な方に出会いました。自分がやっている研究が如何に楽しいか、いつもニコニコしながら楽しそうに講義で喋っているのです。何を言っているかわからなかったことも多かったのですが、とにかく楽しそうなので、その研究室に行ってみました。
それ以来、こういう実験の方が、おもしろいと思うようになりました。もし僕が理論をやっていたら、研究者になれなかったかもしれないし、あるいは、たいした成果も出なかったかもしれないですね。僕の場合は、父親が電気屋さん、つまり技術者だったこともあって、装置をいじったり、何か測ったりすることが好きだったというのもありました。それで、実験の方に行ったのです。
―実験物理ならではの「おもしろい」ところは何ですか?
理論物理はもちろんかっこいいのだけど、でも物理学である以上、数学とは違うところが一つだけあるのですよ。現実に合っていない理論は、ゴミと同じなのです。どんなに素晴らしい理論でも、現実と合わない理論は、数学としては良いですが、物理学には全くならない。
「じゃあ、この理論は現実をちゃんと記述しているのか?」を確かめるには実験家の努力が必要です。それで、いろいろな工夫をして、いろいろなデータをとって、いろいろな怪しい理論が出てくる中で、どれが正しいのか、あるいは、どれも正しくないのか、を判定します。ものすごい数のいろいろな理論が提案されていますが、全部正しくないことも、たくさんありました。
実験をやると、どの理論も予想していない、すごく不思議な現象を見つけちゃっうことがよくあります。それが本当の発見なんです。実験屋さんが、理論屋さんが予想もしていなかったことを見つけると、その説明をするために、全く新しい理論が必要になって、その新しい理論を使うと初めて、他にいっぱいあった謎も一気に解明されることもあります。つまり、実験をやることによって、理論家が思いもしなかったような、物理学を発展させる。そういうことが素晴らしいと思いますね。
あと、理論がかっこいいと言いましたけど、素粒子はどうしても理論主導の面がなくもないのですけど、我々が今やっているような素粒子と現実の物質を結ぶところですね、そこは理論計算がものすごく難しいところで、理論だけではやっぱりうまくいかないのですよ。
理論と実験が対等に協力し合って、場合によっては実験の方が理論をリードして、いろいろデータをとって、いろいろ解釈して、「どういう理論だったらこれを説明できるか」を理論家と一緒に検討して、新しい考え方をつくっていきます。そうやって進んでいくんです。
実は、それは原子核だけでなく、物質のもう少し先の世界、結晶や超伝導体など、これを「物性物理」と言いますが、そういった物質の性質の研究分野も同じです。理論と実験が本当にうまく絡み合って、協力し合って物理学をつくっていく。さらに、半導体や超伝導体の研究をしている人はそれ自身もおもしろいのだけど、それが産業に応用できるところもあって、さらに進んでいるわけです。
我々はちょっと残念ながら、ハイパー核とか変な原子核はいっぱいつくれますけど、すぐに消えちゃうので、それを使って、何か世の中に役に立つことができるかと言えば、実用性は今のところ全くないのですが。ただ物理学としては、物質と素粒子の間を結ぶ、一番大事なところだと思っています。やっぱりそこが一番、今やりがいがあるところだと思っています。
―今まで実際にそのようなことはありましたか?
実験物理の醍醐味の話ですが、先ほど僕が言ったのは、例えば、ニュートンが不十分でアインシュタインが正しかったというような、もっと物理学の枠組みをひっくり返すような、ものすごい大転換の話です。そういう大転換が実験によって起こることも、過去にはありましたね。
例えば、4種類目のクォークを発見した実験なんかが、そうですね。実は、さきほどクォークは6種類あるとお話しましたが、1960年ごろクォークという素粒子が考え出されたときにはクォークは3種類でした。それが、4種類目のクォークを実験家が発見してしまったので、大変なセンセーションになりました。
クォークが4種類あるといいと予想していた理論家もいるにはいましたが、そもそもクォークは素粒子なんだから種類がたくさんあったら不自然でしょう。「3種類なら許せるけど、4種類あったらおかしいだろう。だったら、5つ目、6つ目、7つ目はどうなっているんだ」という話になりますからね。場合によっては、「本当は素粒子ではないのではないか。さらにその中に何かあるのではないか」と思う人もいるしね。それは大変な大発見だったわけです。
けれども、よくよく考えたら本当は6種類なくてはいけないのだと、4種類目が見つかる前から言っていたのが、小林・益川理論です。ものすごく先見の明があったわけで、それは理論の素晴らしさですね。
けれども当時は、誰もそんな理論は顧みず、「素粒子と言うのだから、数がいっぱいあっちゃ駄目でしょう」と、あまり相手にされなかったことでしょうね。でも実験で4種類目が見つかったので、「じゃあ、5つ目、6つ目もあるかもしれない」と、小林・益川理論も取り上げられるようになったわけですね。要するに、一つの実験で、さっと大きく理論の考え方が変わることがあります。
―田村教授の研究では、いかがでしたか?
僕の実験で言えば、そんな大それたことはないです。けれども僕の場合は、実験で大発見というよりも、「こういうものはあるかもしれないけど、誰も測れないだろう」と思われていたものを、装置を工夫して測れるようにしたんですね。
―どのようなものを測れるようにできたのですか?
ハイパー原子核から出てくるγ(ガンマ)線を測ったんです。「それを測ると、こんなことがわかるはず」と、前もって理論家の人がいろいろとアドバイスしてくれていました。けれども測れなければ全然始まらない話なので、みんな測りたいと思っていたわけですが、今まで誰も測れなかったのです。そこでいろいろ装置を開発して、測定に成功しました。
―ハイパー核から出てくるγ線を測ると、どのようなことがわかるのですか?
要するに、strangeクォークを持った粒子(Λ粒子)が、原子核の中で、どのように動いていたり、どんな力をまわりから受けているかが、γ線の測定によって、手に取るようにわかるようになった、ということなのです。
―なぜγ線の測定によって、Λ粒子の動きや力がわかるのですか?
γ線とは光の一種です。普通の可視光やエックス線などの光は、原子から出ます。原子のまわりをまわっている電子には、軌道があり、軌道が変わる時、余分なエネルギーを光として出すわけですね。それと同様に、原子核も、陽子や中性子がぐるぐると原子核の中を整然とまわっているのです。そこにも実は軌道があって、そのまわっている軌道が変化する時に出る光が、γ線なのです。
そのγ線のエネルギーなどを正確に測ることで、原子核の中でどういう軌道でまわっているか、わかっちゃうわけです。それが我々の装置によって、できるようになったわけですね。このようにして、Λ粒子が中でどう動いているかがわかり、中で動いているΛ粒子が受けている力もわかるようになって、、ハイパー核の中身の細かい構造がわかるようになりました。だいぶ、その辺の研究が進みました。
ただ、実験してみると、理論家の予想通りじゃないこともいろいろありました。例えば、γ線の出方やエネルギーなど、予想とはだいぶ違っていることもありましたね。それは、理論の中でΛ粒子の核力が正しくなかったからです。そこで理論が修正されて、そうやってより正しい理論に変えられていく。やはり実験あるいは理論が何か大発見してすべてが発展したと言うより、実験と理論の両方で互いに連携しながら研究が進んでいく。そういうことだと思いますね。
―「実験と理論の両方で互いに連携しながら研究が進んでいく」具体的なエピソードはありますか?
ハイパー核のγ線測定は、僕のこの15年くらいのテーマですが、それを最初にやろうとした頃のことです。当時、僕は助手で、ハイパー核のγ線をこれから測り始めると言った時、当時、理論の大学院生だった肥山詠美子さん(現在、理化学研究所)が、「γ線を測るのなら、ぜひある測定をしてください。原子核にΛ粒子を入ると原子核がきゅっと縮むのがわかるはずなんです」と言ってきたのです。
Λ粒子が原子核に入ると原子核がきゅっと縮むとは、昔から理論的には予想されていて、計算もされていたのですが、誰も測れる人がいなかったのです。けれども、僕の装置を使ってγ線の放出の様子を正確に測ると、実は縮む様子までわかることに、最初は僕も気づいていなかったかなぁ。
それで当時20代の彼女が、「こういう風に縮んで、その縮んだ影響でγ線の出方がこう変わるはずだ」というところまで精密に計算して論文までつくって、それで「測ってください」って言ってきたわけね。「あぁこれだったら、本当に測れるかもしれないな」と思い、急きょ実験方法を検討して、すでに提出していた実験提案書を書き換えて再提出して、それで実験したのです。
そしたら彼女の予言通り、原子核が縮んでいる証拠がつかまった、ということがありましたね。楽しいですよ。理論の予言通りでも楽しいし、違っていても、それはそれで楽しいです。
―その研究は、どのような点でユニークなのですか?
だいたい原子核は、ほとんど縮まないことで有名な物質なのです。水玉のようにぶよぶよ振動したりして一瞬だけ縮むこともあるのですが、ずっと縮んだ状態にしておくことはできない。水だって、圧縮しようとしても密度はほとんど変わらないですよね。大きな原子核も小さい原子核も、いつも一定の密度なのですよ。陽子と中性子は割とみっしり詰まっているのですが、それがいつも完全にくっついているわけでなく、ちょっと微妙な一定の距離を置いてお互いが存在しているのです。
陽子や中性子のように、互いに引力で引き付け合っている粒子が集まれば、たくさん集まるほど全体が小さく縮むのが普通なのですが、原子核は縮まないのです。大きくても小さくても、いつも同じ距離を保っていて、全体の密度は一定なのですよ。でもΛ粒子を入れると、ちょっとだけどぎゅっと縮んで密度が上がるんです。
―なぜ縮むのですか?
なぜ?を説明するのはちょっと難しいのですけど(笑)。Λ粒子は特別な粒子でして、クォークの種類が違うせいで、陽子や中性子がすでに存在している中にも、どこまでもずけずけと入っていけるのですよ。
陽子と中性子は、すでに自分の仲間がいるところには入れないのです。陽子ならすでに陽子がいるところには入れないし、中性子ならすでに中性子がいるところには入れません。
原子の中の電子もそうですね。電子もある軌道にすでに電子がまわっていると、同じ軌道に入れないのです。実は、これは高校の化学でも習っています。K殻、L殻、M殻というのはそれぞれがいくつかの軌道の集合です。同じ軌道を電子が1つしか回れないため、それぞれの殻にはいれる電子の個数も決まってしまうのです。
厳密に言うと、電子には上向きと下向きのスピンのものがあって、これを別々の粒子と考えていいので、一つの軌道に上向きスピン1個と、下向きスピン1個の2個が入れるのですけど、とにかく、ある軌道には同じ粒子は1種類しか入れないという決まりがあります。これは、「排他原理」と言うのですが、量子力学の鉄則なんですよね。「パウリ原理」や「パウリ排他律」とも言います。
その鉄則に従うと、原子の電子軌道の場合と同じように、陽子や中性子も、原子核の中でそれぞれいろいろな軌道を、みっしりと詰まってまわっているわけです。そこには外からは入れません。だから、一番外の空いている軌道をまわるしかないわけです。外の軌道をまわっても、中は別に縮まないわけですね。
けれども、Λ粒子は種類の違うクォークを持っている、陽子や中性子とは別種の粒子なので、その排他原理に従う必要がないため、陽子や中性子がすでにまわっている軌道にも入っていけるのです。一番内側でも、途中の軌道でも、好きな軌道に入ることができます。実験でも、好きな軌道に入れることができます。
そうやって中の方に入ると、そこだけ密度が上がりますよね。さらに、Λ粒子は陽子・中性子を引力でひきつけるので、まわりから陽子・中性子が集まってきて、全体の密度が上がる。そういうことが起こるんです。それはおもしろい。普通の原子核では、絶対に起こらない効果ですね。
―では最後に、今までのお話を踏まえて、中高生も含めた読者へメッセージをお願いします。
一般には、やはり高校の頃は、何でも積極的にやってほしいな、ということですかね。僕なんかも、高校生の頃は受験勉強もあったし、物理や数学が好きだったけれども、精神医学や心理学の本を読んで「精神科医になりたい」と思ったり、仏教の本を読んだり。やっぱり、知的好奇心が一番大きい時でしたね。
だから、自分が将来何になりたいかなんて、普通はわからなくて良いと思うのです。高校の頃、それを決めるのは無理だと思います。よく自分が将来何をすれば良いかわからないということで、何となく引け目を感じると言うか、「自分の将来像もないのに勉強して良いのか、目的なく大学に進学して良いのか」と思っちゃう人が結構いるみたいだけど。
でも、僕もそうだったんですが、別に最初から科学者になるだなんて、それは決められないものですよね。もちろん科学者も一つの夢ではあったかもしれないけど。だから高校の頃は、将来の目標を明確にしていなくても、いいのかなと思うのですけどね。ただ、それでも高校3年生になれば進学する大学の学部や学科を決めなければいけないのが難しいところです。本当は早すぎると思うんですが。
将来の目標がはっきりしていなくてもいいのですが、無気力になってはいけません。高校生から大学1、2年生くらいまでは、とにかくいろいろなことに興味を持って、もちろんその中で気に入ったものはどんどん勉強してもらいたいですね。しかし、何かにとらわれる必要も必ずしもなくて、いろいろな経験をしてもらいたい、ということですかね。
東北大学の1、2年生によくいるのですけど、ひきこもってしまったり、あるいは、物理学科なら物理の勉強はするけど、ほかには興味がなかったり。もちろん、学校の勉強まっしぐらの人の良い部分もあるけど、でもやっぱり積極的にいろいろなことに首をつっこんでみたり、いろいろなことをやってみて、経験を積んでほしいなと思いますね。
そうやって、だんだんやりたいことが、自ずと見えてくると思います。ましてや高校生は、やはり基礎知識をつける時期、あるいは考え方の基本を身につける時期。ですから、今の学校でちゃんと勉強して、あと部活なり課外活動をしっかりやって、友達をたくさんつくってということを、普通にやることが一番良いと思うのですけどね。けれども、だいたい大学の高学年くらいになったら、当然将来を見据えて、そこから先は、突っ走ることでしょう。
―本日は大変お忙しい中、どうもありがとうございました。
―お二人は、なぜこの研究室に入ったのですか?
細見さん:
物理学科では、3年生後期に研究室紹介があり、研究室の中を体験するような機会があります。僕はそのとき、物性の方に行ったのですが、どうも自分の興味の対象ではありませんでした。そして、4年生でハイパー核の研究紹介を受けたとき、この研究室に惹かれ、田村さんの研究室に決めました。
―どのようなところに惹かれたのですか?
細見さん:
まず、研究テーマが「ハイパー核」、名前自体がおもしろそう(笑)。それに僕たちは、大きな加速器という機械で人工的なビームを使って実験をします。加速器自体は自分たちでつくれませんが、そこに入れる実験機自体は自分たちでつくったものを持って行きます。それで予想通りのものがとれるようになることが喜びですね。自分の中で達成感を得られます。
―山本さんはいかがですか?
山本さん:
物理学科では、学部2、3年生の時、学生実験と言って、研究室に関連するいろいろな実験や理論をやります。いろいろやった中で、この研究室が僕に合ってそうな気がしました。全然わからないなりに「おもしろそう」と惹かれたのです。その頃から先生やTA(ティーチングアシスタント)の先輩方と話したりして、おもしろそうな人たちが多いと思いました。
―どのようなところがおもしろいと思ったのですか?
山本さん:
僕にとってハイパー核の世界は、「なんじゃそりゃ?」の本当によくわらかない世界でした。先生たちから「電磁気力の世界は良くわかっているけど、我々原子核物理が相手にしている、強い力や弱い力といった力は、実は、ほとんどわからないんだよね」と聞いた時、「なんじゃそりゃ?」と思ったわけですよ。よくわからないけど、何かすごい力があるらしい、と。
当時は話を聞いただけですが、「ここで研究したら、何か新しくておもしろいことが見つけられるのではないか」と物理的に興味を持ったわけです。わからないことがたくさんあることが、僕にとっては、かなりわくわくなんですよね。学部の頃に一番「なんじゃそりゃ?」と思った分野が、ここだったわけです。「なんじゃそりゃ?」がわかるといいなと思って、ここを希望しました。
―田村教授も学部の頃、「自分がやっている研究が如何に楽しいか、いつもニコニコしながら楽しそうに講義で喋っている先生がいて、何を言っているかわからなかったことも多かったけど、とにかく楽しそうなので、その研究室に行ってみた。そして、この道に来てみたら、おもしろかった」と先ほど話していました。
山本さん・細見さん:
それは我々も一緒ですね(笑)。田村さんも、かなり楽しそうに話していたので。
―実際に入ってみて、研究室はいかがでしたか?
細見さん:
僕は田村さんの話を聞いただけで、研究室の雰囲気は見ないまま配属したわけですが、この研究室は皆、仲がとても良いですね。人数は多い方ですが、セミナー室で一緒にお昼ご飯を食べたり、ちょくちょく飲み会に行ったり、花見などの行事も研究室全体になってやります。生活する上で、すごく居心地の良い研究室です。他の研究室は知りませんけど、自分の感じる中では、すごく良いです。
山本さん:
居心地が良い、全くその通りです。この研究室はかなり明るく、居て楽しいので、とても良いと思います。もう一つ僕が惹かれたのは、研究スタイルですね。皆で協力し合わなければできないタイプの実験ですから、チームで研究を進めていくスタイルが、実はとても気に入っています。それはやっぱり研究室に入る前はわかりませんでしたが、スタイルの意味でも、すごく居心地が良いですね。
―お二人は今どのような研究をしているのですか?
細見さん:
私たちは今、茨城県東海村にある加速器施設「J-PARC」で実験を行うために、検出器の開発と製作を行っています。そして、僕たちが検出するのは「ハイパー核」と呼ばれる特殊な原子核から出てくる放射線の一種、γ線です。それを検出するための機械を今、東北大学がメインになってつくっているのです。
―先ほど田村教授が、ハイパー核から出てくるγ線測定を15年前からやっているとお話されていました。その中で、今回の実験はどのような位置付けにあるのでしょうか?
開発中の検出器「ハイパーボールJ」の一部
細見さん:
検出器には「ハイパーボール」という名前がついているのですが、今回で3代目になります。初代は「ハイパーボール」、2代目が「ハイパーボール2」、今回はJ-PARCで行うので「ハイパーボールJ」なのです(笑)。
―「ハイパーボールJ」の特徴は?
細見さん:
今までの検出器では、冷却のために液体窒素を使っていました。すると、液体窒素を1日に2回、汲みに行かなければならなかったのです。僕たちの実験は、1ヶ月間くらい24時間ノンストップで走る実験なのですが、実際に加速器の中で実験が始まると、放射線が出るため、人は実験室から外に出なければいけません。そのため、窒素を汲みに行く作業があると、そこで実験を一度ストップし、1時間くらい窒素を汲みに行く必要がありました。けれども今回、液体窒素ではなく、冷凍機という機械で冷却するシステムを、新しく企業と一緒に開発し導入したことで、24時間ノンストップで動かせる検出器になった点が、ハイパーボールJの特徴です。
―その改良点は、研究に対して、どんなプラスの面があるのですか?
細見さん:
大きなメリットは2つあります。一つ目は、ずっと動かし続けられるため、実験期間を十分に使える点です。途中で休みがあると、実際にデータを取れる時間は短くなりますし、加速器は電気を使うので、有限なお金がかかりますからね。ある測りたいデータがある時、何時間必要かを見積もるのですが、それを短くできれば、より効率良くデータをとることができます。例えば、今まで100時間かかっていたものを80時間でとり切れれば、残りの20時間で他のデータをとるなどして、より有効に時間を活用できます。
もう一つは、検出器が放射線から受けるダメージを減らせる点です。放射線によって検出器自体がダメージを受けてしまうため、メンテナンスに1ヶ月、2カ月かかってしまいます。それを液体窒素から冷凍機にすることで、冷却温度がより低い温度で冷やせるようになりました。これは確立されたデータではないのですが、検出器をより低い温度まで冷やしておけば、より放射線からのダメージに強くなるというデータがあります。
つまり、今回の機械式の冷凍機に変えることで、窒素を汲む手間から解放される点と、放射線のダメージによるメンテナンスの手間からも解放される。これによって、実験期間をフルに活用し、データを取れる時間を有効活用できるのが、大きなメリットですね。
―それほど長い時間をかけて準備を重ねてきた実験。今は震災の影響でJ-PARCは修理中とのことですが、実験が再開した時に、期待していることは何ですか?
細見さん:
僕が7年前この研究室に入った時に、今回の検出器「ハイパーボールJ」の構想から入って、どんな開発が必要か研究し、やっと今、実際に組み立てるところまで終わったところなのです。実際にそこまで時間をかけてつくったものが、ちゃんと予想通り動いて、データがとれるか期待しています。
山本さん:
それに比べたら短いですけど、僕も装置開発に携わっています。装置が予想通りに動いた時は、確かに「おっしゃー」という気持ちになると思います。そして、この我々が作った新しい検出器で、我々が何か新しいデータを出せたら、装置も我々だし、実験やったのも解析やったのも全部俺らでやったのだ、というところまでいったら、かなり嬉しいと思いますね。本当に何年も前から準備してきたものが、そろそろ花咲くところまで。それで見れたら、皆でお祝いでしょうね(笑)
―最後に、後輩へのメッセージをお願いします。
細見さん:
やっぱり好きだったり興味のあることをやることが一番大事だと思います。いろいろな分野に迷った時に、自分が一番興味あって、自分が一番好きなことをやるのが、一番長続きすると思うのです。自分が好きだったり興味があることなら、たとえ辛いことでも、ずっと続けていられる。そういうテーマが見つかると良いと思います。それを見つけるのは、大学に入ってからでも良いと思います。
―実際に研究で苦しいことはありましたか?
細見さん:
7年間やっていると、苦しいこともありますよ(笑)。実際につくってみて、組み立てる時にはまるはずのものがはまらなかったり。仕事と割り切ればできるのですが、研究は別に先生から「これをやれ」と言われてやっているわけではなく、自分からやりたくてやっているわけですから。自分から興味を持ち続けるように、そのテーマが好きであり続けるように、自然と心がそうなるように心がけています。
山本さん:
学部時代を思い出して言うと、自分が興味を持っているところを見つけるためには、それなりに、いろいろなところを見てまわらないとわからないと思います。いろいろなことを真面目に、まずはやってみる、ということが大事だと思います。やってみて、おもしろくなかったら駄目ですけど。授業や実験を「おもしろいことがあるかな」と思ってやっていけば、見つかるかもしれません。
―まずは自分で体験してみなければわからない、と。
山本さん:
僕はそうですね。いろいろやってみて、自分で見たりしないとわからないと、僕は思っています。それは研究にかぎらず、僕はそういうスタンスです。体験してみなければわからないし、逆に高校や大学は、いろいろな体験の機会が実はたくさんあります。先輩と話をできる機会もあるし、そのような機会をいっぱい活用するのが良いのではないでしょうか。
―本日は大変お忙しい中、ありがとうございました。