研究室訪問記

物理学専攻 電子物理学講座

谷垣 勝己(たにがき かつみ)教授

【研究内容】
新物質合成や異種物質のインテグレーションによる新しい物性・機能の発現
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1954年兵庫県生まれ。1989年横浜国立大学物質工学研究科卒業、工学博士。1989年-NEC基礎研究所。1991年同研究所分子エレクトロニクスグループリーダ、1997年同研究所部長待遇。1998年大阪市立大学理学研究科物質科学科教授。2003年東北大学理学研究科物理専攻教授。2007年東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)教授(材料物理グループリーダ)・理学研究科物理専攻兼任。現在に至る。

 今回訪問したのは、東北大学理学研究科物理学専攻電子物理学講座および東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)の、谷垣勝己教授率いるナノ材料・ナノ固体物理研究室です。谷垣さんは、ナノ領域のものをつくる"道具"として自己組織化を利用しながら、様々なナノ多面体クラスタ物質を合成する方法論と物性を研究。その結果、1991年に33ケルビン(≒−240℃)という高温で超伝導状態に転移する「フラーレン超伝導体」を発見するなど、世界的に著名な成果を挙げています。さらに近年は、物質が持つ幾何学的な対称性と材料科学を関連付けるところまで踏み込み、物性に対する考え方の領域が非常に広がった、と語る谷垣さん。そんな谷垣さんに、物質科学および材料科学研究の魅力をインタビューしました。


なぜ「ナノ材料・ナノ固体物理」なのか

◆「微細加工」から「自己組織化」の時代へ

―まずは、谷垣さんの研究に対するモチベーションと、それに対してどんなアプローチをしているか、というところから、教えてください。

 我々の時代って、ちょうど半導体の時代だったんです。コンピュータのもとになるような集積回路ができた頃で、ひたすら小さいものをつくろうと、「微細加工」と呼ばれる技術が進歩した時代でした。

 ただ、その加工の方法とは、ある物体を「削る」ことで小さくする方法でした。ところが、削って、どんどんサイズが小さくなると、欠陥ができます。すると本来、物質が示すはずの物理的性質(物性)が、どんどん見えなくなってしまう状況がありました。

 そこで、小さなものをつくったり、活用したりする、新しい技術がないだろうか?と、一生懸命考えられた、ちょうどその頃、ファインマン(1918-1988、米国出身の物理学者)によって、「ナノテクノロジー」というキーワードが提唱されたのです。

 そんな中、物質を加工しなくとも、一番安定な構造が自然にできていく現象があることが注目され始めました。それが「自己組織化」、英語で「self-assembly(セルフ・アセンブリ)」と言う、生物全般に言える現象です。

―生物以外でも、自己組織化で、つくりたいものが自然にできるのですか?

【図】C60フラーレンのモデル(出典:Wikipedia)

 実際に、これまで自己組織化をもとに、様々な材料が発見されてきました。有名な例は、炭素原子60個で構成されるサッカーボール状の構造を持ったC60フラーレン。こういったものは、人間が加工してつくろうと思っても、なかなかつくれるものではありません。ところが、ある条件(環境)さえ設定することができれば、このようなサッカーボール状の小さな物質が、自然とできるのです。

 その頃から、「加工する」のではなく、環境さえうまく設定できれば、そのような新しい物質や、ナノ(1億分の1)メートル領域の物質が制御できることが徐々にわかり、面白くなってきました。こうして「ナノ材料」という分野ができたのです。

 固体でもナノ領域を十分に活用しよう。それが私の研究の取りかかりで、1990年初頭のことです。それがちょうど、昔の微細加工という半導体の時代から、次の研究世代に移った瞬間だったわけですね。


◆ナノ材料を使った、新しい物性論や物質を開拓

―「固体でもナノ領域を充分に活用しよう」という研究を始めてから、どんなことがわかりましたか?

 小さな材料の中には、「空間」というものがあります。ただ、その空間とは、我々が持つような自由な空間ではなく、非常に限られた特徴的な空間です。その空間の中に、色々なものを閉じ込めることができるとわかりました。それを「内包」という言葉で表現します。

 実際に、ペダーセン(1904-1989、米国の化学者)らは、ある特殊な材料の中に、特殊な原子を取り込むことができることを発見し(包接効果)、1987年にノーベル化学賞を受賞しています。

 実は、このような現象は一般的で、三次元空間の中でも起こることがわかってきました。2000年頃からは、このようなナノ空間(ナノスペース)を使って、新しい材料に発展させてきたのです。我々がナノ材料に取りかかって約10年後には、そんな世界になりました。

 ナノ材料、あるいは内部空間を使った新しい物性論や物質を開拓しようと、2007年から5年間、国のプロジェクト代表を私が務め、19大学と共同して研究を進めました。我々は、ナノ空間を中心とした材料の研究を立ち上げ、その領域を大きく発展させてきたのです。

 それがもとになり、今の研究室名を「ナノ材料・ナノ固体物理」と選定したわけです。

―「ナノ材料」と「ナノ固体物理」の二つある意味とは何ですか?

 最初は理学研究科の物理専攻で始めたのですが、ちょうどその頃に、現在所属している、東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)が立ち上がりました。

 AIMRの特徴は、物理や化学、生物などの分野は問わず、材料科学を発展させていこう、というコンセプトにあります。化学や生物の研究者、最近はさらに数学者まで巻き込む形で、材料という観点を広く発展させていく状況ができました。

 理学研究科の精神は、普遍的な概念を探求する基礎科学ですから、物質科学の観点から研究しています(ナノ固体物理)。一方、AIMRでは、実際に役立つ、あるいは応用できる材料科学としての発展という観点から研究しています(ナノ材料)。

―物質科学(ナノ固体物理)と材料科学(ナノ材料)の比は、どれくらいですか?

 現在はそのような二段構えで研究しており、ちょうど半々くらいですね。


そもそもなぜ「ナノ」が重要なのか

◆特殊で重要な領域。しかし、つくる「道具」がなかった。

―そもそもなぜ「ナノ」は物理的に重要なのですか?

 なぜナノメートル(nm)なのかは、大事ですね。

 nmとは、10のマイナス9乗(1億分の1)mです。そのスケールを端的に理解する一つの方法、それは、我々が材料あるいは物質を考える時の一番の基本は、やはり原子、あるいは元素ですね。原子のオーダーは0.1nmですから、1nmとは原子の10倍です。

 ところが、一つの原子には、実は、我々が使うような物性って、あまりないんですよ。集合体として重要になるのは、数十個から百個くらいの原子を集めたところです。すると、やはりナノ領域は、我々が物質として考えることのできる最小領域に近いのです。

 では、なぜナノ領域が重要なのか。先程微細加工のお話をしましたが、削るためには、「道具」が必要ですね。例えば、我々が家をつくる時、ノミやカンナを使いますが、それを使ってつくる限り、家をつくることはできますが、道具より小さなものはつくれません。

 微細加工の「道具」とは、写真技術と同じで、光なのです。我々は光を使って微細加工をして小さなものをつくってきました。光の波長をどんどん短くして、目に見える光から、さらに波長の短くなったエネルギー領域の光、あるいは電子線(電子ビーム)を使います。

 しかし、それにしても、ナノ領域ほど小さいサイズには、色々な理由でできないのです。我々はよく「波長オーダー」と言うのですが、光はマイクロメートル(μm:μはnの1000倍)という領域で、それしかできないのですよ。まだナノ領域とは、だいぶ離れています。

 要するに、ナノ領域は、我々が物質として考えることのできる最小領域に近いですが、つくる方法がない、ということです。だからこそ、つくる方法から考えないといけない。そんな意味で、ナノは非常に重要な領域だったんです。それが一つの理由です。

 もう一つは、あるものを閉じ込めた時に、「量子効果」という、我々が一番重要だと思う効果が現れる領域があります。その現象が現れるのは、オーダーで言うと、だいたいnmなのです。一方、確かにμmは微細ですが、我々が量子効果を観測する点に関しては、まだまだ大きいのです。

 つまり、ナノ領域に入ると、新しい量子効果や、物性として新規なものが色々現れてくるのです。特に電子を使ったものは、やはりnmが特殊な領域です。そこは、圧倒的に他のサイズと違うところです。ところが、それを見るためには、「道具」をつくるところから考えなければいけなかった、というわけですね。


◆ナノ領域の「道具」とは・・・「自己組織化」

―谷垣さんは、ナノ領域の「道具」からつくり始めた、ということですか?

 その道具こそが、先程お話した、自己組織化です。従来の削る方法は、「トップダウン」と呼ばれます。上からどんどん小さく、あるいは広いところからどんどん小さくしていく。しかし、その方法には限界がありました。

 それに対して、ファインマン先生が「ボトムアップ」と言い、「下から積み上げていけば、欠陥もなく小さなものができるはず」と予言したのです。その技術が探索されてきました。

 その中の一つの概念が、加工しなくても自然に積み上がっていく、「自己組織化」というキーワードなんですね。そこからナノ領域の色々な物性、あるいは物質を研究できるようになってきました。そこがポイントです。

 つまり、道具の一種として、従来の加工の道具ではなく、自然の力を道具として使おう、という発想ですね。逆に、それを使うからこそ新しい材料ができる、ということです。

 事実、我々の体だって、別に加工してつくるわけではないですよね。DNAの遺伝子情報が形状をつくるわけです。まさしく積み上げです。それと似たようなことをやるわけです。


◆「外」だけでなく「中」も使う

―先程の「ナノ物質の内部空間を使った新しい物性論や物質を開拓しよう」というお話も、ナノ領域ならではの、特殊な効果が現れるのでしょうか?

 ある材料を見た時、外の空間と中の空間があります。もちろん中の空間が全て詰まっているものもあります。しかし、材料には、中の空間が空いているものが、結構あるのです。その内部の空間を使おう、という発想です。

 ジャングルジムで例えると、ジャングルジムは球形です。子どもはよく外で遊ぶ。ある子どもは、ジャングルジムの中で遊ぶ。それと同じです。今までの物質科学がジャングルジムの外を使う発想であった時、ジャングルジムの中を使うという発想です。中を使うと、外にはない、新しい現象が現れます。

 例を挙げると、我々は普通、自由空間に存在していますね。それをある瞬間、狭い空間に閉じ込める。それを「閉じ込め効果」と言いますが、そういった「量子現象」によって、新しい物性が現れてくるんです。それが一つのキーワードです。


◆「量子効果」とは何か

―先程から頻出する重要なキーワード「量子効果」について、詳しく教えてください。

 少し細かい話になりますが、我々は物性を調べる時、電子がもとになった物性論を「電子物性」と呼びます。もう一つ有名なのは、「フォノン(phonon)」と呼ぶ、振動のエネルギーをもった物性論があります。

 【-on】がつくと、「量子化」という概念を表す、量子力学(※)の言葉になるんですよ。電子も量子化された物性は「エレクトロン (electron)」と言います。エレクトロンは、電子の物性の中で量子化された物性を言うのです。それと同じように、振動を量子化した物性を、フォノンと言います。

※量子力学:素粒子・原子・分子などの微視的な系を記述する力学体系。シュレーディンガー方程式にしたがう状態を導入,観測によって得られる測定値との間に確率的な解釈を行うことで,粒子がもつ波動と粒子の二重性,測定における不確定関係などを矛盾なく説明する。量子力学は粒子および粒子集団を扱う現代物理学の基礎理論として,一方では原子核論・物性論へ,また一方で素粒子論・場の理論へと進展した。(出典:三省堂)

 これら「量子化現象」は、ナノ領域になって初めて発現する、特徴的な物性なんですよ。フォノン、つまり振動にしても、ナノ領域に入ると新しいものが現れてくるのです。

 ですから、我々が使っている古典的な物性に対して、フォノンやエレクトロンは、そもそもナノ領域で観測される物性なのです。それを適用していることが、重要な概念です。

―「量子化現象」とは、具体的には、どんな現象なのでしょうか?

 例えば、フォノンとは、振動です。我々が高校や大学で習う結晶は、原子が規則正しく配列してできた物質ですが、その結晶格子の中で、原子は絶えず振動しています。それも一つのフォノンです。

 また、先程お話した、(ナノ材料の)内部空間に閉じ込められたものも、やはり内部空間で振動しているわけです。しかし、その振動状態は、我々が通常、結晶で見る振動とは、全く異なります。非常に小さな内部空間に閉じ込められた領域で、振動しているのです。それは、自由空間に結晶を置いて、結晶自体のつくる構成原子が振動しているモードとは全く異なりますよね。

 ですから、同じフォノンという振動に関係した量子化現象の中でも、そういった新しいフォノンを生み出すことができるんですよ。実は、そういった例はいっぱいあって、ナノ領域にきて初めて現れる現象がたくさんあるわけです。


◆元素から新しく設計できる

―では、もう一つの材料科学の観点から言うと、何ができるのでしょうか?

 一つ例を挙げると、「原子」とは、マイナスのチャージを持つ電子が、プラスのチャージを持つ原子核に束縛されて、色々な運動として存在確率が決まっている状態ですね。

 ところが、実は、本当の原子ではない「もどきの原子」を、我々は人工的につくることができるのです。例えば、原子を10個集めたり、原子よりも大きな物体を微細加工することにより、一つの原子と似た電子状態をつくることができます。これを「擬似原子(quasi-atom)」あるいは超原子(super-atom)と言います。

 元素は百数十個しかありません。しかし我々は、その数を自由に増やすような感覚で、新しい物質の構成の基本要素となる元素を自由につくれることを、このことは意味します。ただし、そのサイズは、普通の原子に比べたら、10〜20倍程度もあります。

―新しい元素みたいなものを無限につくれるということですか?

 そうです。従来の考え方は、元素を組み合わせることで新しい物質をつくろう、というものでした。すると、元素をどう組み合わせるかだけで、結局は決まるものが、限界になるわけですね。

 それに対して、その元素からもう一回つくってやるんだ、ということです。できたものが、新しい構成単位なのです。例えば、レゴブロックの一つのパーツをつくるようなものですね。そのパーツを組み合わせれば、新しい物質ができる。そんな考え方です。

 すると、我々が欲しい材料は、色々な形で無限に設計することができる。組み合わせで新しい元素をつくることができるのだから、もう際限なく、色々なものを、我々は自由につくっていけるわけですね。そんな概念に基づく材料開発、ということです。


「対称性」という概念での融合

◆対称性と物性を関連付ける

―最近の研究で、さらに新しい発展はありますか?

 最近、我々は数学とコラボレーションしています。特に注目されているのは、「対称性」というキーワードです。昔から、対称性が非常に重要なのは変わらないのですけど。

―「対称性」はなぜ重要ですか?今までのお話と「対称性」はどう関係しますか?

 対称性とは、あるものを考えた時、それがどのくらい数学的な単純な関係で表現できる位置関係をもっているかという指標です。逆に、ある対称性をもったものを、まず擬似的につくり、そこから我々が欲しい対称性のものを制御する、という物質を作るアプローチが可能となります。

 すると、基本的な物性として、我々が非常に基本的で大事だと思っている「幾何対称性」(幾何対称性の特殊な場合を、最近は「トポロジー」という言葉で表現することがあります。例えば、幾何構造対称性とは六角形や三角形といった幾何対称性があります。また、マグカップとドーナッツは穴を一つもつという観点で同じトポロジーを有しています)、このような対称性を念頭に置いた材料、あるいは物性研究ができる、ということです。

 今、「トポロジー」は現代科学で非常に大事な概念なんですよ。つまり、物質、あるいは結晶が持つ幾何学的な対称性と、物性を如何に関係づけるか。そんな研究を、直接色々な形で始めることができる時代に入ってきた、と言えるのかもしれないですね。


◆物性に対する考え方の領域が広がる

―「幾何対称性」について、もう少し詳しく説明いただけますか?そもそもなぜ「幾何対称性」と「物性」は関連するのでしょうか?

 原子とは、ある空間に対して、どんな形で存在しているかという、「存在確率」で考えることができるものなんです。すると、中心に一つプラスの核があると、普通はそれに「対称に」電子が存在しますね。その対称性を保ったかたちで、実際の物質ができるわけです。

 それと似たような感じで、ある物質に対して、我々がある対称性を考えれば、当然、そこで生まれる電子状態、あるいはフォノンもそうですが、そういうものは対称性と非常に密接に関係付けられるのですね。

 よって、逆に言えば、対称性を非常にうまく利用してやれば、「対称性と非常に強く結びついた新しい電子状態が存在しうる」、ということなんですよ。

 そこで最近、興味を持って研究しているのが、「ディラック」(電子の相対論的な量子力学を記述する方程式)と関係した電子状態です。通常は、ディラック方程式での電子状態は特殊であり、普通の物質ではなかなか発現しない、と考えられていました。しかし、ある幾何学的な要請を満たせば、そういった電子状況ができるんですね。

 それを、最近は「固体中のディラック電子」と呼ぶのですが、それは幾何対称性やトポロジーと非常深くに結びついており、それがあるために、そのような電子状況ができているのは事実なのです。つまり、幾何やトポロジーは非常に重要な概念であり、それがなければ、そういった状態も生まれない、ということですね。

―物性を決定づける電子の状態が、幾何対称性と強く結びついているからこそ、今度は、逆に、幾何対称性を制御することで、新しい電子状態をつくれるというわけですね。幾何対称性で考えると、物性を広く考えられそうな感じがしました。

 対称性って、非常に大きなものでも、小さなものでも、定義できますよね。ですから、対称性という概念と、ものの大きさがナノ領域で小さいことの、その両方があった時、どんな物性が生まれるかは、非常にバラエティーに富んでいるわけです。

 つまり、サイズを小さくする、あるいはサイズをコントロールして、ナノ領域に持っていく基本的な操作に対して、もう一つは、物質の対称性をどう制御できるか。この二つの要素があると、物性というものに対する考え方の領域が、非常に広がるんですね。そんなところに踏み込んだ研究ができる時代になってきました。


◆対称性は「破れ」ていく

―ところで、「対称性」と言えば「破れ」と、物理屋さんが好んで言うのをよく聞きます。

 そうそう。あのね、面白いのは、「破れ」というものに対してなんですね。

 というのも、人間の体もそうですが、基本的には非対称なんです。ところが、万物すべてのものは、宇宙そのものも、最初から非対称であったわけではないのです。本当は、すべてのものは、対称であることを基本としているのです。ところが、何らかの理由で、対称性は破れていくのですよ。

 例えば、広い運動場があったとします。形は何でも良いですが、例えば丸い枠を運動場につくったとします。その枠の中に、ある人間たちを入れると、普通は何もなければ等間隔にばらまかれます。

 「自分のスペースが一番広ければ良い」かつ「他人からあまり作用を受けたくない」と考えると、自然に等間隔にばらまかれるわけです。それが、逆に言うと、枠の中の対称性に応じてできた「対称」な状態なんですよ。

 ところが、そこにちょっと仕事を起こしたとします。例えば、非常に温度が寒いとか、風が吹き荒れたとか。すると今度は、人間は、寒さからから逃げようとしますよね。すると、本来、運動場の枠は丸なのに、人間は、ある一箇所に集まっちゃうでしょう?

 その集まった状態は、元の運動場の形状とは、関係がありませんよね。要するに、それを「対称性が破れている」と言うのです。

 つまり、元は、ある運動場の対称性があり、それによってできる非常に基本的な状況があるわけですね。ところが、何らかの理由で、人間同士が集まろうという「相互作用」が作用すると、今度は、自分の置かれている「場の対称性を破る」ことが起こりうるわけです。

 それで、その破れた対称性とは、その状況にとってまた、一つの安定状態なのですね。その安定状態は、元の対称性とは違う安定状態なのです。そこで発現する物性が、実は、あるんですよ。

―具体的には、どんなものですか?

 有名な例が、超伝導(電気抵抗がゼロになる現象)です。超伝導って、対称性が敗れた状態なんですよ。さらに、超伝導という対称性の破れた状態の理論ができたことをもとに、宇宙の対称性の破れの議論がなされたことも、有名な話ですね。

 我々が使う磁石だって、そうでしょう?磁石とは、ある一つの材料が持っている「磁気モーメント」がそろっている状態ですが、本来は、無秩序に置かれていいものですよね。それが一方向に向いているということは、本来向く必要がない特定の方向へ向いているわけですから、磁石は「対称性が破れている」わけです。

 ですから、もともと持っている対称性と、その対称性がどういう風に破れていくか、という破れ方は、非常に重要な概念なんです。それによって、新しい物性が出てくることがあるからです。別の言い方をすれば、対称性と物性は非常に密接に関係している、ということです。


◆対称性をどう制御するか

― 一見関係なさそうな現象が、一つの切り口でどんどんつながっているから、物理って、面白いですね。ということは、逆の例もありますか?

 もちろん、逆の例もありますよ。対称性があるからこそ出る物性もあります。ですから、その幾何対称性と物性は、非常に相関がある、ということですね。

 そういったことをコントロールしようとすると、逆に、そのナノ領域での色々な秩序を制御することが重要になってくるわけです。そういう意味で、「対称性」は非常に重要な概念なわけです。なんとなしに、感覚はわかるでしょう?(笑)

―はい、感覚的にですが、物質に対する概念の捉え方・物質観と、それを制御することで新しい物質を創造していくことの抽象度が、「対称性」を切り口にして階層が上がっている感じは、なんとなく伝わってきました。

 そういうことですね。現代の物性科学、物質科学は、そういったことを基本にして進み出した、というわけですね。

 昔は、「元素があるのだから、その元素を組み合わせて何をつくろうか」という考え方が重要でした。どう組み合わせるかだから、「化学結合論」「物質設計論」といった名前で呼んでいたわけです。

 今は、そういった概念ではなく、「対称性をどう制御するか」という概念から、色々な物性研究が進み出したわけです。ちょっと次元が異なる新しい時代に入ってきている、ということですね。


◆数学は言葉

 逆に、対称性というのは、色々な意味では、物性論の一番基本的なことですし、また、数学とも関係しますよね。そういう意味では、色々な学問が徐々に融合され始めている、ということなのかもしれないですね。

―細分化・複雑化した科学が、統一的に見られる視点でもって、また融合され始めようとしている、ということですか?

 昔の学問は、むしろ哲学と密接に結びついていました。アリストテレスなんて、哲学者であり科学者ですものね。昔の発想は、科学の発展に対して、哲学的思考が非常に強いのです。

 もちろん今でも哲学は重要ですが、それに対して、今度は対称性や幾何という別の概念での融合が、物性科学あるいは材料科学の中に入ってきているのです。

―素人イメージですが、数学って、自然科学には微妙に入らないくらい、抽象的な対象を扱っているイメージがあります。でも、数学の抽象的な見方が、今度は自然科学に適用されるようなところまで来ているんですね。

 そうそう。やっぱり人間って、どこか、戻るんですよね。「すべて統一的に考えたい」というところに。それは、人間がもっている本質のようなものですよね。

 最初は何か、現象や物質を見つけられたところから始まるのだけど。歴史を見ていくと、そういうところに対して、基本的な概念や数学が、かなり寄与するんですね。

 私は思うのですが、数学は言葉なのかもしれないですね。普通のコミュニケーションは言語を使いますが、科学者が使う言葉の中で、やっぱり一番強力なのは、数学的表現です。言葉としての数学が、もう徐々に入ってきています。

 もちろん、昔も入っているけれども、あまり強くは意識していなかったんでしょうね。ですから、ひたすら組み合わせの興味でした。A、B、Cがあれば、A、B、Cを組み合わせて何ができるかが、昔のやり方です。

 けれども今は、そうじゃなくて、そのものが持っている元の基本的な対称性や基本的な概念から、如何にものをつくれるかを考えるやり方です。ちょっとセンスが変わってきたと思うのですね。そういう意味では、面白い時代ですよね。


同じ土俵で、すべてのことを考えられる時代が来る

◆無機と有機が融合されている時代

 材料としても、昔のこだわりより、今はもう一段階広いですね。僕はここ10年くらい、無機物の研究をやっていたのです。普通は、無機と有機って分けちゃうけども、今はもう、そんな分け方もしないですね。

―え、そうなんですか?

 物質は物質であり、別に無機とか有機とか関係ないという立場に、僕は最近たっています。昔は細分化され過ぎていたから、無機化学や有機化学、あるいはセラミックスと分けたけど。そういった分類はあまり重要ではなくなっているのではないでしょうか。

 逆に言うと、すべての材料は、基本的には一つの概念で統一されるべきものだし、本来は「有機だからこう考えなければいけない」「無機だからこう考えなければいけない」でなくて良いと思います。そろそろ、そんな時代でしょう。

 有名な話では、昔は「有機物は電気を流さない」のが常識でした。「電気を流すのは金属である」と。ところが、ノーベル化学賞を2000年に受賞した白川英樹先生は、高分子、つまり有機物でも電気を流すことを発見しました。もう昔のように「電気を流すのが無機の金属である」と考えなくても良いわけですよね。

 全部、同じ土俵で考えるような物性論の時代になっています。今ようやく無機と有機が融合されている時代。その傾向は2000年頃から始まりました。そして今、騒がれていて、でも手付かずなのは、バイオと材料の融合です。その方向に動き出しているから、いつかは起こるでしょう。

 基本的には、理学部物理は無機物中心で、有機物はあまりやらないです。でも、うちの研究室は、無機物と有機物をやっている学生が、今ちょうど半々ですね。

 学部の講義では、まず有機物は出てこないですから、学生も最初は、無機物と有機物が等価に現れてくることに違和感を覚えるかもしれません。けれども、だんだん慣れていけば、今はそれほど違和感はなくなっていると思いますね。それがうちの研究室の特徴かな。


◆実験装置は独自に工夫して自作する

―実際には、どんな装置でどんな研究をしているのですか?

【写真】実験装置は独自に工夫して自作する

 ナノ構造を(自己組織化で)つくろうとする時、ものができる環境を制御することが必要です。結果的には、非常に単純なのですが、ある圧力や温度、あるいは、まわりのガス状態などをコントロールできる合成装置を、独自に工夫して自作するのです。思考実験を繰り返しながら、如何にものが自己組織化でできるかを調べるための装置をつくっています。

 もう一つは、先程お話したように、もう有機と無機の概念の区別はしません。ですから、総合的に考えた時、有機と無機の界面などを制御することを基本にする実験をかなりやっています。概念的には、無機と有機に違いはありませんが、特性にはかなり違いがあるわけです。見る現象は同じですが、それを如何に融合させて、如何に見るかですね。そういうことができる実験装置を試行錯誤して自分たちでつくり、実験しています。


◆AIMRにいるからこそできる研究

 ただし、有機物は、まず「もと」となる試料をつくる技術が、昔から重要です。そこはやっぱり、古典的な化学なんですよ。ですから我々・物理屋にはできません。では、なぜそういった研究ができるか。それは、ここAIMRにいるから、それができるわけです。

 ここには、たくさんの化学者がいます。化学者は古典的方法で有機分子をつくります。それは誰でもできるものではなく、ある化学者特有の人ができるもの。それがないと我々は研究できません。ここには共同研究できる方がいるので、そんな分野ができるのです。

 また、膨大な発展は、計算科学ですね。コンピュータが進化したおかげで、昔は大型計算機を使わなければできなかったことが、今は昔ほどの理論家でなくとも、どんどん理論を適用できる時代です。

 ここAIMRでは、計算グループもいくつか持っています。ですから、昔は、ある専門家しかできなかった計算が、その人達のサポートをもとにして、もう我々普通の物性研究者でも計算できる時代です。

 そういう意味では、理論と実験の境界もなくなりつつあります。もちろん、「紙と鉛筆の世界」の数学的な純粋理論は、また違いますが。「紙と鉛筆」から離れた、物性理論という実学的な理論は、実験家でも使う時代になっています。


◆宇宙論や生物との融合へ

―それでは、これから先の未来は、どうなると思いますか?

 僕らが子どもの頃は、手塚治虫のアトムの時代。あの頃、ロボットは、夢物語でした。でも今は、知能ロボットなどが現実にたくさんあります。夢が現実になった、最も科学が発展した時代に、たまたま自分がいられたことは、幸せなことですね。

 我々の時代は、色々な学問融合が急速に進んだ時代です。先程お話しました通り、元素の組み合わせの時代から、ある集団を自己組織化で制御する時代へ。それを「ナノテクノロジー」と総称したわけですが、そんな進展があった時代でした。

 特に最近になって、対称性やその破れを、現実として、我々が材料科学と密接に関連付けし始めた時代、ということでしょう。

 今後、同じように物性物理あるいは材料科学も、別の進展をするのではないでしょうか。
宇宙論や材料がもう少し身近になるとか、あるいは、もう少し生物と関連するとか。また色々な意味で発展があるでしょう。ただ僕の時代ではなく、もっと先の時代でしょう。

 我々の時代は、ピュアな材料科学として、色々なものとの融合が起こった時代です。決して、宇宙論や生物と融合したわけでないのです。数学とも色々やってはいますけど。今まさに融合が起ころうとしているのでしょう。

 今後の時代は、それを超えて、もっと広い融合が非常に急展開して起こる時代に入るでしょう。けれども、今から何十年もかかります。その時に僕は生きていないかもしれない。将来の科学には、僕が研究者として生きた時代とは、また別の時代としての発展があるのでしょう。


◆科学とは本来一つのもの

―今後、どんどん宇宙論や生物とも融合していくとなると、逆に、どんな発展をするか、イメージが湧きづらいです。

 一番簡単な理解は、「宇宙は広大だ」と我々は思うじゃないですか。けれども、宇宙を構成しているものを、我々は「素粒子」で議論します。素粒子とは、物質の最小単位です。ですから、一見離れているように見えて、両極端に行くと、結果的には、リングのように、また結びついちゃうのです。

 そのリングで言うと、時代はリングの両端に来て、ちょうどカーブに差しかかるくらい。ずっと進んでいくと、科学とは本来一つのものですから、どこかで結びついていて、その境界はなくなる、ということです。

 ですから、物性論の研究者も、宇宙論の研究者も、結果的には同じような発想で色々なことを考える時代が来るのではないでしょうか。

 今までは他のことを忘れて、一つのことをやっているから、その一つのことが、環境の問題になったり、逆のことになったりします。それを、すべてのことを同じ土俵で考えてやる時代が来るんじゃないですかね。

―これだけ細分化して複雑化した科学ですが、最終的には統一的にすっきりとつながって、同じ土俵で全てのことを見れる時代が来るんでしょうか。

 なると思いますね。ですから、材料科学も変わってきています。そもそも、学問の境界なんて、なくなっていくのは確かだと思います。僕はちょうど、そんな時に差しかかって来るような時代を生きてきたかな。

 そんな流れの中で、如何に新しい現象を見つけるか、如何に暮らしに役立つものができるかを、総合して考えることが、今、僕にできる僕の役目という気がします。


◆どこから始めても、どこかでまた結びつく

―では、科学が一つの土俵にのれば、今、色々起こっている問題も起こらなくなりますか?

 他のことを忘れて一つのことをやった時代は、もちろん、どこかであるわけです。ただ、それをやり過ぎると、どこから始めても、どこかでまた結びつくわけですね。すると、他のことを忘れて一つのことが、いつかできなくなるんですよ。

 ですから結果的には、時間が経てば、必ずすべてのことが融合されてくる。要するに、そういうことを考えなければ、できなくなる時代が来るわけです。

 逆に言えば、一つのことを一生懸命探求していれば、すべてのことを探求しようということに、いつかなるわけです。ですから、何から始めても良いと思います。

 僕のやり方は、それを物性科学、あるいは材料科学の観点から、追求してきました。一人の人間にできることは限られているから、ある人は数学から、ある人は素粒子から入るかもしれない。でも最後は、同じような土俵に融合されてくるのかもしれない。

 最近、そういうことが意図的に騒がれているかもしれないですね。かといって、現実に今、それができる・できないという観点で、はっきり言及できる人は、まだいない。けれども感覚的にそんな感覚を持ち始めている時代でしょう。

 このAIMRは、それを試行的にやり始めたということでしょうね。必要だと思って、皆さんやっている。でも最後は、人間って、興味で動いちゃうから、やっぱり皆さん、そういうことが好きなんだと思いますよ。それが発端であるべきだから。


片方だけでは、いけない

◆色々な要請のもとで科学は進展すべきもの

 基本的には僕、基礎科学やコンセプトが大事だと思うのだけど、科学の中で、もう一つの大事な役目は、人間の暮らしを如何に豊かにするかだと思うのです。

 科学の歴史を調べると、人間って、科学とはどうあるべきかを一生懸命議論しています。有名な話では、2000年にブダペストで世界科学会議が開かれ、科学に対する基本精神が謳われています。それは非常に象徴的でした。

 その中で科学は、まず人間の「知りたい」欲求を満たす以外にも、人間の生活を豊かにすると同時に、周りの環境を破壊してはいけない、ということがあります。

 一番危険なのは、無闇矢鱈にまわりの環境を破壊していくこと。本来、自然がそちらに向かっていないのに、人間が勝手にやることはあってはならないですよね。それらを加味しながら、科学を考えていくべき時代ということです。

 そのためには、色々な基本原理を知る必要があるし、人間の生活に役立てるという概念、しかもそれを自然を破壊せずに行っていかなければいけません。色々な要請のもとで科学は進展すべきものである、ということですね。

 やはり今回の震災のような時に、初めてわかりますよね。どれだけきちんとした理解を、我々は持っていたのかを。反省と同時に、そういうことは絶えず考えなければいけないと思います。


◆両方の観点を耐えず見る環境も大事

 もちろん我々は、理学研究科に属しているので、ある意味では、基本的・普遍的なものを知りたい要求だけで動くこともあります。一方、AIMRでは生活に役立てる要請もあり、材料という観点から物質を見直せます。

 最近、僕が思うのは、「片方だけでは、いけないんだな」ということ。別の言い方をすると、生活に役立てる要請を満たす研究が、非常に基本的なことにフィードバックされることもあるのです。

 やっぱり、両方の観点を耐えず見ることは大事ですね。すると、見えないものが見えてくることがあるんです。必ずしも盲目的に「こっちだけ」と考える必要もないのかなとは、最近思うんです。

―理学研究科とAIMR、二つの異なる指向の場があることで、両方の観点から絶えず見る状況が生まれているということですか?

 そうですね。理学研究科に戻ると、我々は普遍的なコンセプトを非常に重視して、学生にもそれを教えるわけだし、自分でもそれを指向します。

 ところがAIMRに来ると、「どうすれば人間の生活に役立つものを、自然を壊さずに実現できるか」「この基本的な科学・技術を大きく変えていくものができるか」と観点を考えて考えるわけですね。

 そのやり取りの中で、新しいものが進んでくる感じがするんです。それは、ずっと理学部にいたら、あまり意識しなかったかもしれない。逆に、理学部にいないで、応用的な観点だけでやっていたら、基本的なことを忘れるかもしれませんね。

 やっぱり両方の観点が必要なので、その両方に位置していることは、なかなか面白いし、重要なことだと思います。

―理学部とAIMRの両方に所属していることは、谷垣さんにぴったりな感じですね。

 ええ。面白いですよ(笑)。共同研究で、もう分野の融合が起こっていますしね。理学部物理にいれば、物理中心の動きをします。けれどもAIMRには、化学や生物、デバイスなど、本来自分には近くなかった、かなり離れた分野が身近にあるわけです。

 もちろん数学者の方は昔もいましたが、お互いに話すことも、あまりないでしょう?(笑)。数学者の方は、特にシャイなんですよ。でも近くにいれば、だんだん親しくなって、色々な話をしますからね。そんな環境づくりも大事ですね。


◆「揺らぎ」がないのは、安定そうに見えて不安定

―色々なな意味で、AIMRのような環境が必要と実感していらっしゃるのですね。

 そういう時代だから、こういった機構が必要なのでしょう。分野が近づいている、あるいは、バリアの障壁を下げるので、お互いに新しい領域に入っていきやすいですね。融合の観点から言うと、ここは素晴らしいです。

 一方、理学部で基本的なコンセプトに対して非常にこだわる点は、理学部の非常に良いところです。それはまた、向こうに帰ると、そこで指向されるんですね。

 すなわち、両方が必要なのでしょう。ずっと離れて暮らすと、だんだん忘れて、意識されなくなりますが、絶えず接触する機会があることで、重要性をもう一度呼び戻される。行き来があって初めてできます。

 やっぱり、「揺らぎ」が必要ですね。微動だにせず、ずっと一つのことを行っていくのは、安定そうに見えて、実は、不安定なんです。

 ちょっと何か振動がかかれば、ポンと落ちちゃうでしょう?かえって、絶えず右に左に揺れたり、徐々に変化している状態が重要で、非常に強いのですよ。揺らぎって、逆に、安定だなと、最近は思います。

―谷垣さんは、その「揺らぎ」の重要性を体感されているわけですね。

 昔よりも、柔軟になりました。昔は、「こうでなければいけない」と思っていたけれど。今はゆらゆらしている領域が、意外と居心地良いですよ。あまり強くやり過ぎちゃうと、揺れ過ぎちゃうから、程々が良いのでしょうけど(笑)。

 日本人は、外国人から見ると「ずっと働いている」「働き蜂」と言われますね。その状態は、ある面では真面目そうに見えるけど、ある意味で弱いところもありますよね。

 有名な話は、なぜIBMでノーベル賞があれほど輩出されたか。午後からは実験をしない時間があり、山に行って、ボーっとしている時間をつくるんです。一見無駄のように見えますが、それがあることで研究が大きく進展した事実があるんです。

 とにかく「こうしなければいけない」と真面目一方に考えるのも、日本人の良いところかもしれませんが、そのような別の要素も入れることが、一見無駄に見えて実は有効だと、最近は感じますね。

 ここでは、否応なしに、そういうところに入っていくわけでしょう。でも、それが思ったよりも、悪い方には向かない。「揺らぎ」といった状況を、これから日本人は考える必要があるかもしれませんね。


リスクを負わないことほど、リスクがあることはない

―最後に、今までのお話を踏まえて、読者の中高生を含めた若い世代に、メッセージをお願いします。

 一番大事なことは、僕の経験上、「リスクを負わないことほど、リスクのあることはない」ということです。

 一見、逆に見えますが、物事を行う時に「こうすると危ないから、やめておこう」と、人間、思いますよね。でも、そう思ってやらない方が、実は、一番危険なんです。

 なぜならば、安定に存在するのものなど、存在しないからです。「ゆく河の流れは絶えずして」と同じです。ずっと留まっていて、それが良くて、永遠に続いてくれるなら、選んだものは良いですね。でも、そんなものは一切ないと、歴史が物語っています。

 会社だって、そうでしょう。10年20年で、消えたりするわけです。もしくは会社自体が消えなくとも、「この会社に尽くす」とずっと留まっていたとする。でも、トップが変われば、突然ポンと弾き出されることもあるわけです。

 じゃあ、何のためにそうしたのか。それは、盲目的に信じたからですね、誰かが守ってくれると。でも、そんなものはない、ということです。だから逆に、何が一番安定なのかと言えば、リスクを負うことですよ。

 もちろんリスクを負って失敗することもあります。けれどもその確率は、一つのところに留まって失敗する確率と何ら変わらない。むしろ、低いんですよ。だから怖がらないで、リスクを負いなさい。それが逆に、リスクを負わないことにつながるのです。

―先程の揺らぎのお話とも通ずるところがありますね。

 なかなか、受け入れられないけどね。「そんなこと、危ないじゃん」って。でも安定志向で、危険がなくて安全に生きていければ、それがいいっていうのは、逆に、そんなものは存在しないわけで、一番危険なのです。

 英語では「ミディウォーカー」って言いますね。ウォーカーは働く人で、ミディは中間という意味です。「最上を望まなければ、最低も望まない。それが一番安全だ」という志向を指します。

 ミディウォーカーは「一番安全に見えるけれども、害にもならなければ得にもならないから、何の役にもたたず最も悪い」という喩えで使われます。害になったら害で、その害が影響して新しいものが生まれることがあるのでね。だから、リスクを負うほうが良い、ということです。

 つまり、絶えず動くことが当たり前なわけですから、もし柔軟に動けるチャンスが自分にあれば、リスクがあっても、逆に、そのリスクをとりなさい。どちらが安全かなんて、決めることはできないのだから、そんなことは考えないで、自分の好きなもの、信念があったら、それをリスクがあっても取りなさい。

 それが、僕の経験であり、若い人への僕のメッセージです。

―谷垣さん、本日は、ありがとうございました。



学生インタビュー


<インタビュー>
①小林 昌太さん(修士2年)
②尚 彗さん(SHANG, HUI)(博士2年)
③中尾 涼介さん(修士1年)
※取材は平成25年度に行ったものです。


◆有機半導体レーザーの実現を目指して

―まずは、研究内容について、教えてください。

①小林さん:
 有機発光デバイスとして、有機ELディスプレーが知られていますが、有機材料は多彩な発光波長を実現できることや、軽量かつ柔軟であること、安定して入手できる元素からできていることなどの利点から、他の様々な発光デバイスへの応用も期待されています。特にうちの研究室では、有機半導体レーザーの実現を目指しています。

 そもそもレーザー発振には、光で発振させる方法と、電気で発振させる方法の二つがあります。有機材料を使った光励起によるレーザーは今のところ実現されていますが、電流励起によるレーザーは、まだ実現されていません。

【写真】図 有機発光トランジスタ(提供:東北大学理学研究科 ナノ固体物理研究室)

 そこで、うちの研究室では有機材料を使った電流励起レーザーの実現を目指しています。そのために、静電的に有機材料中の電子・正孔の濃度を制御する「有機トランジスタ」(Organic FIELD Effect Transistor:OFET ※有機材料を半導体として動作させる電流スイッチング素子のこと)の研究を行っています。

 電流励起によるレーザー発振に近づけるためには、半導体内に短時間で電流がたくさん流れる必要があります。そのため自分は、有機トランジスタの電流の流れやすさ(移動度:電子・正孔といったキャリアの移動のしやすさ)を上げる研究をしています。

②尚さん
 私の研究テーマも、小林君とだいたい同じです。一つは、有機半導体の基本的な特徴を測定し、その材料が電流励起のレーザーに応用できるかどうかを研究しています。

 もう一つは、デバイスのアクティブレイヤー(活性層:実際のデバイスで電流が流れる層)の新しい構造のデザインです。アクティブレイヤーでは、電流を大量に流すことも必要ですし、発光効率も高い必要があります。けれども普通の有機半導体は、その片方が良ければ、もう片方が悪いという、トレードオフの関係になっています。そこで私は、電流量と発光効率を両立できるような新しい構造のデバイスをデザインしています。

③中尾さん
 半導体って、基盤があって、二人の場合、半導体の結晶を使って、それに電極を付けて、その「OFTE」というトランジスタをつくっているんです。小林さんは、どちらかと言うと、基盤側からの研究をしているんですよね。結晶に電流を流しやすくするための研究というアプローチです。尚さんは、逆に、結晶側からの研究をしているんですよね。電流駆動のレーザー発振に使える良い結晶を、というアプローチからやっているんですよ。

 私は、二人とは別の構造を研究しています。二人が研究しているOFTEは、電流密度は高いのですが、電流が流れている領域がすごく狭いので、結果として、電極間の電流量の総量は低いことが、レーザー発振に対する問題点です。

 そこで、OFTE構造では電流が流れる領域が狭かった点を広げるために、私は「電気化学発光セル」という構造を使っています。ダイオードのような構造にすることで、電流の流れることができる領域を広くし、電流量を稼ぐアプローチで、レーザーにつなげようと研究しています。


◆あなたにとって研究とは?

―日々どんなことを感じながら研究をしていますか?

①小林さん:
 「きりがない」ですね。やればやるほど、調べなければいけないことも、知りたいこともいっぱい出てきます。研究すればするほど、奥深い世界だと思います。

 自分は修士を卒業後、企業に就職します。研究は一段落しますが、研究をしていく中で、物事に取組む姿勢を学びました。ここで得られた経験を今後に活かしたいと思います。

②尚さん:
 研究者になりたくて、有機半導体を用いたデバイス研究で一番有名な日本に来ました。留学生なので、最初はなかなか慣れなかったですが、今は徐々に生活にも慣れました。

 研究は好きなので、いつも一生懸命研究していますが、時々、悪い結果が出ると、「本当に自分は研究者になれるか?」と自信がなくなる時もあります。けれども、辞めたくないです。研究が好きだから。

③中尾さん:
 僕たちは実験系の研究室なので、実験して、そのデータを解析して、そのデータが何を示しているかを読み取り、そこで考察をして、次に繋げる発想で取り組みます。そこでは、理論上は可能ではあるけど実際はよくわからないデータとか、何が原因でそうなったのか、よくわからない現象がたくさんあります。

 誰もやっていない分野ですから、どこを探しても答えはありません。自分で教科書を読んだり、データとにらめっこしながら、自分なりに仮設を立てて、実験を繰り返す毎日です。その過程で「なんでだろう?」と考える能力はすごく身につくし、「なんでだろう?」を解き明かすための設備が整っているので、ここは、「なんでだろう?」を追求できる場所だと思っています。


◆谷垣研究室を一言であらわすと?

―では、谷垣研究室を一言であらわすと?

①小林さん:
「懐が広い」。
 留学生やポスドクも色々なところから受け入れていますし、学生が研究できる分野の幅も広い方だと思います。例えば、有機材料の発光デバイスを研究している人もいれば、グラフェンでトポロジカル絶縁体を研究している人もいるし、新しい物質の発見を目指す人もいます。これらのテーマは、谷垣先生の頭の中ではもちろん、かけ離れていないですが、僕ら学生から見ると、もうバラバラに見えます(笑)。それがひとまとまりになってできる研究室なので、「懐が広い」。それに谷垣先生を筆頭に、基本的におおらかな人が多いです。

②尚さん:
 「国際的」。
 谷垣研究室には、色々な国から来た人がいます。私自身も中国から来ましたし、他にも、ベトナム、インド、ドイツから留学生が来ています。様々な国の人たちとの交流を通じて、異文化に対する違和感がなくなりました。セミナーの発表ももちろん英語です。

③中尾さん:
「自由」。
 研究室に来る時間と自宅に帰る時間の指定がないことと、教授側がガチガチに決めるのではなく、学生各自に任されているところが多い研究室です。そのため、自分のペースで自分の納得できるところまで、研究できるところだと思います。

―ここAIMRの環境を、どのように感じていますか?

③中尾さん:
 週1回、ここAIMRの研究者が集い、情報交換する機会が設けられています。物理の研究だけでなく化学のアプローチのアイディアを聞ける場があるため、共同研究への発展や、高価な測定装置の共有もできます。

 それに、AIMRの公用語は英語であることも、最初は戸惑いましたが、何とか通じるものだという感覚を、実体験として得られました。英語で話すことに対するハードルが低くなったと思います。

 あとは、AIMRは(理学部がある青葉山キャンパスとは違い)片平キャンパスですので、バスの時間を気にせずに、研究に集中できますね(笑)。


◆後輩たちへのメッセージ

―最後に、中高生の後輩たちに、メッセージをお願いします。

①小林さん:
 「何でもいいから、真剣にやれ」。
 部活や勉強でも、習い事やバイトでも何でもいいから、一つのことをやれるだけ突き詰めてやる経験は、どこに行っても活きると思います。研究生活もそれに似たようなものだと思いますよ。常に、そうやって突き詰めていく姿勢を持てたらいいと思います。

②尚さん:
 「必ず自分が好きなことをする」。
 自分が好きなことをしたら、自分が価値を感じます。自分を価値を感じたら、もっと、やっていることが好きなります。それが皆にとっての価値につながると思います。

③中尾さん:
 「何でも挑戦して欲しい」。
 大学生になると、できることはたくさんあるので、色々なことにチャレンジして欲しいです。その中で、小林さんも話していた、じっくり取り組めるものを見つけていけたら、いいと思います。

―谷垣研究室の皆さん、ありがとうございました。



谷垣 勝己さん(東北大学WPI-AIMR 教授):学問はどんどん融合されていく