研究室訪問記

物理学専攻 結晶物理学講座

齊藤 英治(さいとう えいじ)教授

【研究内容】
物性物理学(スピン流、スピントロニクス、スピンゼーベック効果)
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1971年、東京都生まれ。博士(工学)。東京大学工学部物理工学科卒業、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程修了。慶應義塾大学理工学部物理学科助手などを経て、2009年東北大学金属材料研究所教授、現在に至る。専門は物性物理学。2011年に日本学術振興会賞、日本学士院学術奨励賞、日本IBM科学賞(物理学分野)、2012年にドコモ・モバイルサイエンス賞(基礎科学分野)、2014年に読売新聞ゴールド・メダル賞などの賞を受賞している。2014年11月から科学技術振興機構「戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)」研究総括。

 今回訪問したのは、東北大学金属材料研究所および東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)の齊藤英治教授率いる齊藤研究室です。近年、電子の電荷のみを用いた従来の半導体エレクトロニクスに対して、電子の持つ「スピン」の自由度も活用した新しいエレクトロニクス技術「スピントロニクス」が登場し、新しい機能を持つ素材や素子が開発されることが期待されています。そんな中、スピンの流れである「スピン流」を組み込んだ基礎物理の創成を目指し、2006年の研究室立ち上げ以来、数々の賞を受賞している齊藤研究室に、研究の魅力やモチベーション、教育などについて、インタビューしました。


スピン流を入れて基礎物理法則を書き換える

―研究内容について、ご紹介をお願いします。

 我々は「スピントロニクス」という分野の基礎物理を研究しています。最近、「ナノテクノロジー」という言葉をよく耳にするようになったと思いますが、人間は、ナノ(10^{-9}=10億分の1)メートルのスケールをコントロールできるようになり、電子の「スピン」までをも操作できるようになりました。それに伴い、スピンを使った新しい物性(物質の性質)やエレクトロニクス(電子の性質を使った技術)が可能となり、「スピントロニクス」と呼ばれています。スピントロニクスは、もう既に皆さんの生活に浸透し始めています。例えば、コンピュータの中のハードディスクなどに、実際に応用されています。

―電子の「スピン」とは何ですか?

 スピンとは、「だいたい自転」です。正確に言えば、素粒子(物質を構成する最も基本的な粒子のこと)に大きさは無いため、そもそも自転という概念はなく、本来であれば相対論的な量子力学で理解されるべき概念ですが、あくまで直感的理解のために便宜上、「自転みたい」と言っています。このスピンとペアになるのは、電子の「電荷」(電気の性質)という概念です。電荷とスピンは電磁気学的には裏表のようなもの。両方が必要で、両方がないと矛盾する概念なのです。
 従来、物質を表現する基礎有効理論では、基本的に電子の電荷のみが考えられており、スピンやスピンの流れであるスピン流は考えられていませんでした。しかしナノスケールではスピンが表面化するため、電荷だけでなくスピンもセットで扱わなければ誤った理論になることは明白です。そこで、物質の電気や磁気に関する基本的な性質に、スピン流が入った時、どうなるかを調べて、ナノスケールで必要とされる新しい基礎物理をつくろう、というのが我々のアプローチです。その基礎物理法則を、ここ数年間でつくってきました。
 これによって物質中の電磁気(電気と磁気)だけでなく、様々な基礎法則が書き換わるはずです。それによって可能になることには様々な予言があります。少なくとも我々は、新しい演算素子やエネルギー変換素子などを期待しており、既に一部は使われ始めています。


スピン流の良さの根源は、時間をひっくり返せること

―ナノスケールではスピンも考えなければ理論的に矛盾することはわかる気もしますが、応用面でスピン流を使うとなぜ新しいことができるのか、その良さの根源とは何ですか?

 電気(電荷)には、得意なものと不得意なものがあるのです。スピンにも、得意なものと不得意なものがあります。いろいろなことが、電気とスピンでは逆の対応になっていることが多いため、スピンが苦手なことは電気が得意だったりするし、電気が本来できないことがスピンにはできたりするのです。
 例えば、電気の場合、電流は時間をひっくり返すと、反対側に流れます。一方スピンの場合、スピン流は時間をひっくり返しても、同じです。このように、スピン流には時間をひっくり返せる性質があり、それがスピン流の良さの根源なのです。
 具体例としては、電気にはなかなか難しい整流(物質中のランダムな運動を一定の方向にそろえること)やエネルギー変換も、スピンにはその性質がもともと備わっています。スピンの情報はマイクロスケール(10^{-6}=100万分の1)で無くなるため、大きな世界では電気しか使えませんが、ナノスケールの世界では電気だけでなくスピンも相補的に使うべきなのです。


物理学としての美しさと工学的応用

―齊藤先生自身の研究に対するモチベーションは何ですか?

 私の専門は物理ですので、実は役立つことにモチベーションがあるわけではなく、従来の物性物理にはなかったスピン流を考えた時、物理的にどうなるのだろうという興味から、研究をしています。それに、スピンと電気のペアで考えると、やはり構造が美しいのです。そこに一番のモチベーションがありますが、近年のナノテクノロジーの進歩は素晴らしいので、実際にそのようなことに役立つことは良いことですよね。

―齊藤先生個人のモチベーションは、物理学としての美しさということですが、同時に、工学的に役立つことにもつながっている点も面白みなのですね。

 その要因は、エネルギースケールの問題です。多くの場合、新しい現象が発見されても極めて低温にしなければ現れないのが普通で、応用の観点では、ハードルが高いのです。一方でスピン流に関係した現象の場合、エネルギースケールが大きく室温で十分に(現象が)見えます。それがスピントロニクスが、現象の発見から世の中に役立つまでのスパンが短いことの、大きな原因だと思います。ですから、我々で考えた基礎物理が、わりといろいろなところで早く応用される可能性があり、中には実際に使われ始めているのだと思います。

―基礎物理への興味が工学的応用に、すぐ一直線で結びつくケースは珍しいと思いますが、初めから想定されていたのでしょうか?

 なかなか始めから想定してやれないものではないでしょうか。なぜ、これほど早く普及したかと考えて、ここに原因があったのだろうというのも、やはり後から考えてみないとわからないことです。物理では、あまり取り入れられない観点ですよね。


スピントロニクスの歴史と分野への貢献

―「スピントロニクス」はまだ新しい分野と聞きますが、これまでの歴史と、その中で、齊藤研究室が貢献した領域は、全体の中でどのような位置付けにあるのでしょうか?

 スピントロニクスの黎明期は、我々の一つ上の世代から幕を開けました。その代表例は、1988年に発見された巨大磁気抵抗効果(ペーター・グリューンベルクとアルベール・フェールが2007年にノーベル物理学賞を受賞)で、現在はハードディスクドライブのヘッドに使われています。
 主に材料科学とエレクトロニクスの観点から始まったスピントロニクスですが、ナノスケールになると物理法則が変わる必要があるとの認識に立ち始めたのが2000年頃のこと。そんな中、材料開発等でスピン流を考えた時に物理法則はどう変わるのか、「スピン流の基礎物理」を創ったことが我々の貢献だと思います。
 もともと僕のバックグラウンドは別分野でしたが、自分の研究室を立ち上げた時から、この分野を始めました。今ではスピントロニクスは非常に幅広く、物理学会だけでなく、応用物理学会や電気学会、金属学会など様々な学会にあり、分野間の交流も非常に盛んになっています。


2年間練って、今のテーマを設定

―昔を振り返って、齊藤先生の今につながっていると思う原点や、スピン流の基礎物理を始めた経緯など、齊藤先生の個人的なモチベーションを伺ってもよろしいでしょうか?

 基本的には深く考えていないのですが(笑)、何となく研究者になりたいと思ったのは、高校生の頃。でも実は、他にもいろいろな興味があって、一番は「音楽家になりたい」と音楽に一生懸命で、高校の頃は勉強成績はビリに近かったです。初めて物理が面白いと思ったのは、予備校の時。理路整然として美しい学問だと思いました。それから一生懸命勉強するようになり、大学に無事合格。大学では周囲が研究者を目指す人ばかりで、自分も研究者になるものと自然に思っていました。このように何となく流されてきたわけです。
 大学では固体物理を専攻し、慶応大学で助手になり、そろそろ自分の研究室を持てる時、何をやるのが一番面白いかを、2年くらい考えました。そして、練りに練った結果が、このテーマです。当時はまだ、スピントロニクスという言葉すらない時。スピントロニクスがこれから大きな産業になりそうなのに、基礎物理はほとんどつくられていなかったので、これは絶対に行けるだろうと思いました。そこで、今までやってきた研究を全部変えて、今のテーマに全力投球しました。2006年、研究室を立ち上げた頃のことです。


やる気のある若手をどんどん前に

―研究室を立ち上げてからは、研究と同時に教育も大切な要素ですが、若い世代への教育で齊藤先生が気をつけていることは何ですか?

 教育は難しいですね。僕が最初に考えたことは、成功者をたくさんつくることでした。どんどん若い人を前に出して、やる気のある若い人が好きなだけ伸びる環境を、一生懸命頑張ってつくってきました。最新の装置を入れて、最先端の研究者とどんどん交流させ、良い成果が出たら、論文をどんどん出させよう。そして可能な限り国際的にしよう。できるだけ海外から多くの人に来てもらい、研究室でも基本的に英語で議論するようにしよう。そうやって、若かろうが何であろうが、成果を出して目立たせて世の中に売っていこう。それが、まだ小さな研究室を世に売っていく上で重要な考え方だと思ったのです。
 それが功を奏した面もありますが、一方で、不安に思うこともあります。研究室の学生がどんどん若いうちから世界トップレベルで売れるのに対して、基礎力がどうしてもおろそかになる学生も出始めます。もちろん、世界最先端で全力で走りながら、基礎力は後から身に付ければ良いという考えもあります。けれども、もしかすると、長い目で見れば、学生時代にはあえて地味なことを一生懸命やらせる方が、基礎力は伸びるのかもしれません。僕もこのやり方だけが全ての人にとって正解だと思ってはいないのです。
 一方で、それでも良いのかなと思う時もあるのです。僕は昔、自分の先生たちが何でも知っている優秀なタイプの研究者ばかりだったので、研究者とはそうあるべきだと思っていました。けれども、必ずしも同じタイプではなくても、良い発見をしている人や歴史に貢献している人もいるので、多様なタイプの研究者がいても良いのかなとも思うのです。このように、教育に関しては日々、悩みながら考えています。


能力と評価の問題

―教育は難しい問題で、多くの人が非常に頭を悩ませています。

 大学の使命として、教育は大変悩みですよね。例えば、とてつもなく優秀で素晴らしい若手がいたとします。けれどもスターになりたい欲求は全くなく、しかし物理能力や研究能力はずば抜けて秀でている、そんな若手もいるわけです。彼のような人は日本にとって本来プラスになるべき存在です。しかし、昔の日本にはそのような人材を育てる土壌がありましたが、今の時代はスーパースターが好まれるため、なかなか評価されないのです。
 そのような意味で、物理の業界でも、業績リストと能力が一致する場合も、一致しない場合もあるのが現状です。業績は華々しいのに、実力が伴わない人もいれば、逆に業績は地味なのに、1時間議論するとこれは素晴らしく優秀だとわかる人もいます。昔は後者のようなタイプが学者の典型だったと思いますが、今の制度ではなかなか評価されないのです。今はどちらかと言うと、私も含めて半分セールスマンの才能が必要で、それ無しには生きていけない大変な世代なのですよ。逆に言えば、話さえうまければ何とかなる世代でもある点が、将来、日本のリスクになる気がするのです。


科学と社会の接点の問題

―どのような点にリスクを感じますか?また、その原因は何と考えますか?

 これはある意味、日本独特の問題だと思います。日本では大学が大々的なプレスリリース(記者発表)を頻繁にしますが、これは国際的には珍しいことです。多くの国では主に会社がPRのためにすることを日本では大学がやるわけです。
 もともと最初に出すプレスの文章は、大抵は地味なはずなんですよ。ところが、「国民の生活がどう変わるか、国民にわかりやすくイメージさせるものでなければ、プレスになりません」と指摘されます。本来、科学が社会を変えるのは遠いことなので、イメージするのは難しいのですが、それを敢えてやると、どうしても話が膨らんでしまうんじゃないか、と思います。すると「皆がしているからいいや」とプレスに誠実さをだんだん求めなくなる。僕はそれを集団心理だと思っています。STAP細胞のような問題を無くすには、こういったことを一旦ちゃんと議論する必要があると思うのです。
 そもそも理学は基本的に小説や音楽と同じで、「小説が何の役に立ちますか?」「ロック・ミュージックが何の役に立ちますか?」と聞く人はいません。面白いからあるんですよね。理学の根源はそれと同じです。面白いから・知りたいから、という根源が理学にはあるのではないでしょうか。
 ただし、理学が小説や音楽と異なるのは、歴史的に産業と結びつき、理学に対する評価が工業の基礎という概念があるため、その点に対して税金が使われるところです。それが複雑化した原因でしょう。本来、基礎科学に大きな税金を使って良いかは、国民の了解が必要なはずで、国民に説明するためにプレスも必要なのでしょう。ある意味、面白いから知りたいことに税金を使わせてもらう環境にいさせてもらえるのは有り難いことで、やっぱり我々としては頑張りたいですよね。それは皆が考えても良いことでしょう。


次のプロジェクトは「スピン量子整流」

―それでは、これからどうありたいですか?今後の抱負をお願いします。

 スピンは基本的に回転量です。しかし回転量は、物性物理の中であまりつくられてこなかった概念です。例えば回転している物体上にある電子の運動を記述するフレームワーク(枠組み)はありません。それは回転が基本的に非慣性系であるためで、本来であれば、一般相対論を使わないと記述できない概念ですから、そこまで行くと固体物理に含まれる全てのものを、その概念で書き直す必要があります。例えば、流体科学や光学、プラズマ物理など様々なものに独特のスケールがあり、その長さ以下のものは、すべてスピン流を考えることによって変更される必要があります。すると古典物理に限定されず新しい領域を創成できます。このように固体物理だけでなく、さらに広い観点で角運動量がどのようにキャリア間をやり取りされているかを、全般的に理解していこうと目指しています。
 我々はそれを今、戦略的創造研究推進事業(ERATO)のプロジェクトとして立ち上げ、「スピン量子整流」と呼んでいます。そのために今、スタッフとして様々な分野の研究者を集めています。原子核物理の研究者もいれば、場の理論や固体物理、材料科学の研究者もいます。物性物理より、もう少し広い物理体系を創っていきたいと考えています。


小宇宙の有効理論を創ろう

―最後に、中高生も含めた若い世代へのメッセージをお願いします。

 科学は面白いですよ。科学が好きで、かつ向いていれば、自分の能力を100%発揮でき、フェアな土壌で争える良い場です。それに物理は極めて論理的ですから、フィーリングが無くても、ピシっとつくれます(笑)。原理を創っていけることが物理ならではの喜びではないでしょうか。
 中高生の皆さんは、物理学は既に仕上がった学問と思うかもしれませんが、全くそんなことはありません。物理法則がなぜあの形で、その物理法則がなぜこの世に存在するかは明らかになっており、それは現代物理学の成果です。宇宙全体の物理法則を変えることはもちろん不可能です。しかしながら、物質中のように人間が操作可能なところで物理法則を変えることは設計可能です。それを我々は「有効理論を創る」と言います。
 例えば、真空中の電子と物質中の電子は、同じ電子と呼びますが、ある意味、別の粒子なのです。多くの人は、真空中の物理だけを習い、それが物質中でそのまま使えると思うかもしれませんが、真空中と物質中は別世界です。ある意味、物質中は別の小宇宙で、そこで新しく物理法則を創っていけるのですよ。それがこれからの物理の新しい方向性の一つと我々は考えています。
 ですから、中高生の皆さんは、法則を知ってそれをどこかに当てはめる発想だけでなく、なぜこの宇宙にこの法則があるかをきちんと理解してみてください。すると、物質の中の別の宇宙ではこんな法則にしたい、という有効理論を創れるのではないでしょうか。私も研究室の学生には「できるだけ原理から考えましょう、迷った時は必ず原理に戻って」とできるだけ言うようにしています。
 それに、東北大学は仙台の街の中心地にあり、誰でも科学に触れられる良い街だと思います。中高生の皆さんは、もっと気軽に大学の先生に科学のことを質問しに来ても良いのでは、と思う時があります。前の職場(慶応大学)にいた時は、急に高校生から電話があったり、しょっちゅう若い人がとんでもない質問も持って来たりしていました。でも、東北大学に来てからはまだ一回も経験がないですね。中高生を中心に、若い人はどんどん大学を利用されると良いと、僕は思っています。

―齊藤先生、本日は大変お忙しい中、ありがとうございました。



齊藤研究室 学生インタビュー

■齊藤研究室を選んだ理由

―皆さんが齊藤研究室を選んだ理由は何ですか?

廣部大地(修士2年)
 ある教員に進級相談をしたところ、齊藤研究室を紹介され、2年生の時に訪問したのがきっかけです。当時はまだ知識が全然追いつかず、齊藤先生が何を言っているかほとんど理解できませんでしたが(笑)、すごそうなことをやっているなと思いました。あとは教授が頭良さそうだな、と(笑)。そこで一生懸命勉強して、やっぱりこの研究室は面白いことをやっていると感じ、学部4年生の研究室配属時に齊藤研に入りました。

大門俊介(修士1年)
 僕も2年生の時からどの研究室に入るか探しており、理学部物理学科のHPで、准教授の内田健一さんが当時博士3年生で賞を総なめにしていたのを見つけ、こんなに若くして賞をとれるなら、僕もここで良い研究ができるのではと思い齊藤研を選びました。それに実際に齊藤先生と話してみると、齊藤先生がものすごく頭が良いことがわかるので、そこに惹かれて齊藤研に来る人が多いと思います。本当は紆余曲折あったようなことでも、予定調和でなるべくしてそうなったと、ストーリー性のある話し方に惹かれるんですよね。


■研究室に入っての実感

―実際に、齊藤研究室に入って、どのように感じていますか?

廣部
 結局、最後は自分で考えなければいけない(笑)。齊藤先生に聞けば、瞬殺でほとんどの問題は解決しますが、それでは自分の頭は良くならないし、齊藤先生は出張で不在のことも多い。ですから、自分なりに考えて、具体的に何がわからないのか、要は問題を定式化した上で聞くようにしています。結局は、人に頼っているだけでは研究はできないというのが今の実感ですね。

大門
 最先端を研究している実感が、この研究室にいるとあります。例えば、自分の研究が、他グループでも研究されており、一秒でも早くどちらが論文として出せるかを競り合っています。実際、僕が齊藤研に入って最初に携わった実験が他グループに先を越され負けてしまったことがありました。最先端の研究をやっているからこそ起こることだと思います。スピントロニクスという分野を、うちの研究室で引っ張っている実感が多々あります。


■日々の研究で心がけていること

―特に研究室に入ってから、日々研究する中で心がけるようになったことはありますか?

廣部
 自分とはバックグラウンドの異なる方からのアドバイスをしっかり聞くことを心がけています。ここは理学部物理学科の研究室ですが、物理だけでなく材料系や工学系出身の方など多様な専門家がいます。そんな方と研究をしていると、実験に至るまでのプロセスや次の実験への活かし方など、物理学とは考え方が異なるため、大変参考になります。

大門
 僕が研究をする上で最も大切にしていることは、原理をきちんと理解した上で実験することです。これは齊藤先生がいつも仰っていることで、ただやみくもにパラメータを振るだけでは、無駄な行動が多くなってしまいます。ですから原理を理解した上で、その実験で重要なパラメータをひとつ取り出し、そのパラメータを変えてやることを考えながら、実験をするように心がけると、スピードも上がりますし、原理もより深く理解できます。


■分野ならではの魅力

―この分野に対してどんな魅力やポテンシャルを感じていますか?

廣部
 基礎研究の成果が応用につながるまでのサイクルが、短いというのが自分の感想です。例えば、代表的な例として、超電導の発見は大変インパクトがありましたが、未だ応用に至っていません。一般に、原理を探求して面白いという理学的研究が応用に活かせるかは未知数ですが、スピントロニクスは例外的に、原理としても面白いし、それが例えばHDの容量アップなど、身近なところにすぐ応用されるところがすごいと思いますね。分野によって基礎研究から応用分野に至るまでの時間のスケールが違いますが、自分の知る限り、恐らく最短の部類ではないかと思います。ですから、さっさとやらないと置いて行かれるのですよね。心配しているのは、近いうちに焼け野原になってしまうのではないかと...(笑)。

―そんな最先端のスピード感の中で、同時にプレッシャーも大きいのではないですか?

廣部
 プレッシャーは皆、感じていると思います(笑)。うちの研究室は集中する時は集中して、羽目を外して遊ぶ時は羽目を外すメリハリが効いているので、その切替ができるのなら、ストレスの閾値を超えない程度に(笑)、問題なく生活できるのではないかと思います。

大門
 スピントロニクスはできたばかりの分野なので、新しい現象がバンバン発見されるのが魅力ですよね。他分野では今ある効果を如何により良くするかの研究が多いと思いますが、スピントロニクスは今ない効果が新しくどんどん出てきています。それに、例えばHDやMRAM(磁性体の性質を利用した次世代メモリーの一つ)も最近有名ですが、新しくできた原理がどんどん製品化されていくのが、すごいと思っています。

廣部
 理学の面白みはやっぱり発見ですが、最終的には、どの分野も少しずつ最適化の方向に移行し出してきます。けれどもスピントロニクスという分野は、もちろん最適化を目指すところもありますが、今はまだ発見型の研究がたくさんできるんじゃないかと思います。そこが一番の魅力ですよね。


■齊藤研を一言であらわすと?

―では、そんな齊藤研究室を、一言であらわすと?

廣部
 「有言実行」ですね、やると言ったからやる。齊藤先生は、例えば「少なくとも2、3年以内に新しい原理を見つけ、拡張したい」と言って本当にその通りにやってしまいます。齊藤研の成長の軌跡を見ても、実際にその通りではないかと思います。

大門
 自分で言うのも何ですが、齊藤研のイメージは「エリート」って感じなんです。まず、教授が42歳で准教授はまだ20代とめちゃめちゃ若い。他のスタッフも、ものすごく優秀な人が集まっています。学生も院試で上位成績の優秀な人ばかり。エリートが集められて、最先端で戦っている感じが、すごく刺激になりますね。


■自分が面白いと思うことの積み重ね

―そんな皆さんから、後輩である中高生たちへ、メッセージをお願いします。

廣部
 勉強に限らず、自分が好きなことは、突き詰めた方が良いと思います。自分は、小学校から中学校までは野球漬けの毎日でしたし、高校はわりと勉強を頑張った方かな。でも、最初から研究者になるために物理をやったわけでなく、自分で勉強していたら物理が面白そうだなと思って、流れ流れて、ここに辿り着いた感じですね。ですから今巷で流行りの「まずは目標を立て、そこからブレイクダウンして...」というパターンだけでなく、その時、自分が面白いと思ったことを突き詰めてやっていくことも大事だと思っています。

大門
 僕は、中高生に、勉強を勉強だと思ってやって欲しくないという思いがあります。僕は、物理学科なので物理の話をしますが、例えば、高校の時、ボールを投げた時の軌跡などを計算しますよね。でもそれをテストのために勉強するのではなくて、単純に「ボールってこんな風に動くんだ」と現実と対応させて勉強すると、テストのために頑張るのではなく、ただ単純に僕は楽しくなっていたのです。ですから勉強をテストのためにやるのではなく、現実と関連付けて楽しく学んで欲しいと思います。

―本日はありがとうございました。



齊藤 英治さん(東北大学 金属材料研究所 原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR) 教授):学問はどんどん融合されていく