会員からの寄稿

泉萩会会長、元理学研究科長 昭和39年物理卒
佐藤 繁


高輝度次世代3GeV放射光施設が青葉山に実現

 これまで長い間、多数の東北大関係者が協力して進めた放射光計画の最終到達点として、この度、「高輝度次世代3GeV放射光施設」が青葉山に建設・実現される運びとなりました。現役の先生方があまりご存じない約30年前から東北大学放射光計画を進めてきた年代の一人として、また当時共に頑張った多くの皆様の分も含め心から祝福のメッセージをお送りいたします。ここで関連して思い出すこと等を記させていただきます。
 始めに1990年代から2010年の約20年間の東北大放射光計画の動向を概観します。当時、東北大学は、理学部付属原子核理学研究施設(核理研)を改組・拡充して、核理学(ライナック、ストレッチャー利用)と放射光科学(放射光リング利用)の2研究部からなる全国共同利用の「電子線科学研究センター」の富沢地区設置を計画していました。この計画は、総長を委員長とする「同センター推進委員会」と2つの実務専門委員会により全学的に進められました。1996年には、1.5~1.8GeV級(周長190m)高輝度放射光リングと関連設備を約130億円で建設する大規模センター設立を計画しました。当初はメンバーも若くて元気がよく順調に進んでいるように見えましたが、その後の事態はなかなか進展しません。2001年には状況打開のため、放射光計画で競合している東京大学、高エネルギー研に、東北大学が参加して三者検討会議が組織されました。会議は、1年をかけてそれぞれの建設候補地の比較を表にまとめて文科省に提出し、最終決定を待ちました。しかし実施機関は決定されませんでした。この大規模計画が進まなかったことと放射光学会等による指針も考慮して推進委員会は2003年、東北大計画を、75億円規模で赤外線から軟X線,FEL光や偏極γ線発生可能でスリムな新型1.5GeV放射光リング(周長100m)を建設する地域センター型計画に縮小しました。この地域型計画は、短期間での計画内容変更と実働メンバーの世代交代等もあって条件が整わず、実現しておりません。他方、核理学研究分野は、電子ライナックやストレッチャーを増強して学内共同利用の「電子光理学研究センター」への改組が認められ、現在活発な研究活動を行っています。当初計画の半分は実現しましたので大変よかったと思います。この長い期間を通して、東北大学各部局、地域の各大学、宮城県、仙台市、多くの企業の皆様から頂いた多大なご協力は、今も忘れられません。なお、2003年当時の東北大計画の放射光学会等による評価は、「これからの東北大計画は、地域共同利用重点の中規模汎用型光源をめざすべきである」とあり、関連機関に一定の方向性を与えるものでした。
 大規模計画の実現のためには、如何にその研究分野が日常生活にとって有用であるか等を広く世間に知ってもらうことが必要です。2004年3月には、当時の放射光計画に参画している現役の東北大の先生31名が共同執筆して「放射光科学入門(渡辺誠、佐藤繁編)」を東北大学出版会から刊行しました。この教科書は、Amazonの科学技術本の売れ行きで3位になったことがあります。また、2010年上海交通大学出版社から中国語版「同歩輻射科学基礎」として,2016年4月にNarosa Publishing House(インド)から英語版「A Guide to Synchrotron Radiation Science」として出版し、国際的にも読者層を広げました。これらの教科書を50ヶ所以上の国立大学図書館に無償で配布し、多数の学生諸君や先生方の閲覧に提供して、教育・研究の両面で、諸分野のすそ野を広げるために役立てています。  現役時代には、集中講義等の機会のたびに放射光関連事項を紹介してきましたが、定年後の2007年には「東北工大一番丁ロビー」で6回にわたり、市民公開講座「夢の光・放射光が未来を拓くー放射光の発生と応用」を仙台市後援で開きました。研究仲間も様々な講演の機会を通して啓蒙・広報活動を行ってきました。そして、私も建設に参加した「世界初の第2世代放射光専用光源SOR-RING」が,2016年「分析機器・科学機器遺産(No.71)」に選ばれたことは、画期的なことでした。 1960年代東大核研電子シンクロトロンの1ユーザーとしてINS-SORグループが始めた「放射光利用」は、現在全国9ケ所の放射光施設へと発展し文化的遺産として市民権を得て、次世代3GeV施設による東北の未来に繋がって行きます。SOR-RINGからの放射光(図1)とSOR-RINGの全景(図2)です。

図1.円運動する300MeV高速電子前方に発射される放射光

図2. 世界初の放射光専用第2世代電子蓄積加速器SOR-RING(機器遺産No.71)

 SOR-RING完成後の1979年、東大物性研SOR施設から、筑波の高エネルギー物理学研究所放射光実験施設(KEK・PF)に転勤しました。PFでは、真空紫外・軟X線用25億電子ボルト(2.5GeV)放射光リングからのビーム取り出し配管(フロント・エンド、または基幹チャンネル)建設を担当しました。PFリングの加速エネルギーは、2.5GeVで仙台の次世代3GeVリングの約80%であり、ビームライン本数は現PFが22本で次世代26本と同程度、周長は、PFが187mで次世代350mの53%です。多分実験ホールの面積は最新型加速器設備のためPF実験ホールの約3倍以上に広くなるかもしれません。今後の新光源施設の規模を予想比較するため、PFリング実験ホールとARリングホールの平面図(図3)、PF光源リングからのビーム引き出し基幹チャンネル(BL11,12 付近)(図4)を示しておきます。

図3 PF実験ホール(左)、ARリング実験ホール(右)平面図

図4.PFリングからの放射光取り出しBL、放射光はコンクリート壁(1m厚)を通過して、実験ホールで2~3本に分岐。

 前述の放射光学会2003年「評価コメント」での中型施設建設経費の圧縮削減などの提言がよい影響を与えた(?)のか、2007年には、NTT基礎研究所の東北大物理OBから、同所で稼働中の750MeV常伝導リング及び超伝導放射光リングを提供するので、東北大で再利用が可能か、と問い合わせがありました。小林氏(医学部)と協力して、各方面に当たりましたが無理でした(泉萩会報2008年24号)。そして、2010年には、産業技術総合研究所(産総研つくば)から、同所で、真空紫外・軟X線標準光源として稼働中の、800MeV電子蓄積リング(TERAS)と500MeV自由電子レーザー専用リング(NIJI-Ⅳ)について、東北大での受け入れ可能性の有無の相談がありました。このリング再利用計画を、産総研、分子研、KEK・PF、茨城大有志メンバーと協力して纏め(同2014年30号)、2016年頃まで、東北大、東北通産局や宮城県産業技術センター、ICR機構、みやぎ産業振興機構、など仙台市の各所に提案しました。本提案書には、再利用型放射光源の設置場所は現在の地下鉄青葉山駅付近エリア、設備概算は20〜30億円程度、運営は大学だけではなく広く産学官の共同組織が担当、としてあります。2015年には、大阪大学FELセンター165MeVライナックを入射器に加える案もありました。結果、この経費節約型再利用計画も進展しませんでしたが、多数の関係機関に放射光施設実現のシミュレーションや具体案を説明し、意見交換出来たことは大きな収穫でした。
 「次世代3GeV放射光施設」計画の議論が始まったのは、東日本大震災が起こった2011年年末です。東北大多元物質研を中心に東北7国立大連合WGが立ち上げられ、我が国初の高輝度軟X線用3GeV大型電子蓄積リング通称「Slit-J」を東北地域に建設する、地域復興や産業振興の期待も担う大規模施設建設計画の提案でした。詳しい内容は、2014年濱氏(電子光理学センター)により加速器学会で発表されています。 2016年に文科省「学術審議会量子ビーム利用推進小委員会」での包括的・具体的検討が始まりました。そして現在、「次世代3GeV施設」は、全国プロジェクトとして総工費は360億円、仙台市青葉山に建設、大型・高性能・最先端3GeV加速器の建設主体は量子科学技術研究開発機構、建屋・ビームライン等は官学(東北大)、民(光科学イノベーションセンター、東北経済連)、地域(宮城県、仙台市)がパートナーとなり建設・整備することに決まっています。建設詳細と概略は文部科学省のホームページに掲載されています。[ 文科省HP掲載1.次世代放射光施設(軟X線向け高輝度3GeV級放射光源)官民地域パートナーシップ具体化のためのパートナー選定にかかる調査検討結果(報告)2018.6.28、量子ビーム利用推進小委員会、文科省HP掲載2.同(概要)]。この分割方式は、賢明な実行案であると考えます。何しろ、図3、4(PFリング)から容易に想像されるように、本体の次世代放射光リングは、周長が約350mでPFリング187mの約2倍、それに沿って電子の通路である超高真空配管や多数の偏向磁石、4極磁石、RF加速空胴等がびっしりと配置された巨大な装置集合体です。これ等を収容するさらに巨大な円形ドームが、2,3年後に忽然と青葉山頂上に登場します。建物や加速器の建設と維持・運転は、研究・教育が中心の大学では、手に負えない規模の大きさと作業量になります。完成後、この光源リングの電子軌道接線方向の実験ホールに、高輝度軟X線ビームを26本引き出して実験研究に供する計画です。
 東北大を中心とする利用研究チームは、直ちに最先端放射光有効利用のためのR/Dを始めなければ、運転開始に間に合いません。建設時期に巡り合うことの少ない東北大や東北地域の方々が、身近に出来る世界最先端施設の設計・建設作業に参加出来る絶好の機会です。私も若いころ未経験のSOR-RINGやPFビームライン建設に参加して多くを学びました。先端施設の建設立ち上げ過程では沢山の人材が育成されていきます。多数の皆様の参加とその後の発展を期待したいと思います。「頑張れ東北大!」とエールを送ります。

2019年4月6日