会員からの寄稿

泉萩会理事、元理学研究科長 地球物理1982年卒
早坂 忠裕


次世代放射光施設 〜青葉山新キャンパスに〜

 現在、本学の青葉山新キャンパスに軟X線の大型放射光施設の建設が進められている。放射光施設は電子をリング状に光速近くまで加速し、そこから放射される高輝度のX線を用いて物質の微細な構造を分子・原子レベルで明らかにする装置である。特に軟X線は物質科学、地球・惑星科学、環境科学、生命科学でカギとなるほぼ全ての元素に吸収端が存在し、その応用範囲が多岐にわたることが知られている。したがって、産業界においても大きく貢献しており、たとえば、タイヤの材料の特徴を分子レベルで解明したり半導体デバイスの動作不良の原因を非破壊かつナノレベルで調べることが可能である。筆者は2018〜2019年度の2年間、東北大学本部で本施設の整備に関わっていたこともあり、ここでその建設に至る経緯を簡単に紹介する。

 我が国は1974年に世界で初めて放射光専用加速器を東京大学原子核研究所で運用して以来、世界の放射光科学のフロントランナーとして今日に至っている。その後1980年代から1990年代にかけて極端紫外線領域のUVSOR(岡崎、分子科学研究所)や硬X線領域のSpring-8(播磨、理化学研究所)など世界最先端の放射光施設が整備されたものの軟X線領域が空白であり、現在ではこの領域での放射光科学において世界との間に大きく水をあけられつつある。最近、世界では電子の加速エネルギーが3GeV程度の軟X線の大型放射光施設が南北アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、中国、台湾、韓国などに10基以上整備されている。このような中で、我が国にも軟X線の大型放射光施設を整備するために多くの研究者たちが様々な活動を進めてきた。また、国内では東北地域が放射光施設の空白域であり、本学の教員も放射光施設の整備に大きく関わってきた。その経緯については、泉萩会の「会員からの寄稿」に寄せられた佐藤繁先生の文章に詳しく書かれているのでそちらを参照されたい。このような背景もあり、今回の次世代放射光施設の実現に至ったものであるが、本稿では直接のきっかけとの一つとなった2011年3月の東日本大震災以降を中心に述べることにする。

 2011年3月の東日本大震災は大きな津波が発生し、死者・行方不明者は2万人を超えるとともに福島の原発災害をもたらすなど未曾有の地震災害であった。そのような中、本学を中心とした東北地域の国立7大学の研究者有志が震災復興の一環として東北の再生を牽引するために「東日本における新時代中型高輝度放射施設」趣意書を策定した。それは新たな放射光施設の整備により東北の未来を拓き、我が国のものづくり新産業の創出に貢献するというものであった。この計画は東北放射光施設(Synchrotron Light in Tohoku, Japan)という名前が付けられ、SLiT-Jという略称で様々な方面で活動が行われた。この話が広がるにつれて放射光施設を誘致する自治体も見られた。

 しかしながら、復興のための放射光施設という考え方では実現化が進まなかった。そこで、東北放射光施設構想の実現を加速化するため、東北地方の産学官27団体が一体となり、2014年7月に「東北放射光施設推進協議会」を設立し、機運醸成や施設利用への理解の促進を図るため、シンポジウムの開催や要望活動、情報収集などに取り組んで行くことになった。本学も推進協議会の設立当初から中心的役割を果たしてきたことは言うまでもない。2015年6月には放射光ユーザー企業・団体に向けて賛同・参画の要請を開始した。また、放射光施設の産業への貢献を説明し、各企業から支援してもらう「コウリション・コンセプト(Coalition Concept)」を構築した。これは事前に建設費用を出資してもらい、放射光施設が完成した後にはビームラインの使用を優遇するというものである。さらに本事業は産学官の連携強化が不可欠であり、それを推進するために2016年12月に一般財団法人「光科学イノベーションセンター」が設立された。翌年1月には推進協議会において、今後は建設地選定を含め同センターが中心となり放射光整備計画を進めていくことが確認された。そして推進協議会の下に国内の学術界を中心とした関係者建設地選定諮問委員会が設置され、2017年4月には建設候補地を本学青葉山新キャンパスにすることが決定された。

 この間、復興第一ではなく学術界、産業界で本当に成果を上げ得るために、新たに整備する放射光施設はいかにあるべきかということを真剣に議論してその理念を構築する作業も進められた。これは、オールジャパンの関係者から支援を得るとともに国から予算を確保するための方策としても必要なことであったと思われる。国内外の放射光科学のトップレベル研究者によって構成された国際評価委員会が設置され、2016年6月に本学で開催された同委員会で新たな放射光施設の在り方について条件がまとめられた。新たな放射光施設は、(1)首都圏および日本の主要な国際空港からアクセスが良いこと、(2)ワールドクラスの研究大学に隣接すること、(3)コウリション・コンセプトも活用して国内の放射光施設と連携して最大限成果をあげられるようにすること、(4)政府と産業界が利用と資金の面で連携することが重要であるとまとめられた。また、オールジャパンで支援することの重要性が説かれ、そのためのエンドステーション・デザインコンペの必要性も提言された。これを受けて2016年11月には東京大学で国内の関係者が一堂に集まりデザインコンペが開催されている。

 一方、国の予算化のための手続きとしては、まず科学技術・学術審議会の下に量子ビーム利用推進小委員会が2016年10月に設置され、新放射光施設の在り方について議論が進められた。その結果、2017年5月に新放射光施設の国側の推進主体候補として量子科学技術研究開発機構が選定された。それを受けて2017年8月には文科省が次世代放射光施設の整備のために2018年度の概算要求に約5億円を計上した。2018年1月には小委員会の最終報告書がまとめられ、「学術、産業ともに高い利用が見込まれる次世代放射光施設を、官民地域パートナーシップにより早期に整備することが必要であり、量子科学技術研究開発機構を国の整備・運用主体として計画を進めていくことが適当である」と明記された。この報告書を基に量研機構のパートナーを募集し、整備事業を具体的に進めることになった。文科省の募集に対して応募したのは本学、宮城県、仙台市、東北経済連合会、(財)光科学イノベーションセンターを中心とするグループのみであった。その後、審査は小委員会メンバーと文科省による現地調査も含めて進められ、2018年6月に次世代放射光施設の建設が承認された。文科省は2019年度以降の概算要求において放射光施設本体の本格的な整備に向けて予算措置を行い、2023年度の運用開始を目指して現在建設が進められている。

 以上のように、関係各方面の御尽力、御支援により、関連研究者の長年の夢であった軟X線の次世代放射光施設が仙台に実現することになった。しかしながら国側の経費負担は総額約360億円の半分程度であり、残りの経費は民間、自治体等からの支援が必要である。放射光施設完成後も運転資金をどのように確保するのかということも含めて、産学官連携の一層の強化が求められている。上で述べた官民地域パートナーシップという形態はおそらく我が国では前例のないものであると思われる。また、大学のキャンパス内に国の大型研究施設が設置されるという例もほとんど聞かれない。国外では、たとえばフランスの放射光施設SOLEILはフランスの原子力庁に所属しているがパリ・サクレー大学の広大なキャンパスの一角にある。アメリカ・シカゴ郊外にあるフェルミ国立加速器研究所はエネルギー省がスポンサーで、シカゴ大学が連邦政府と契約して管理運営の中心を担っている。また、NASAのジェット推進研究所(JPL)はカリフォルニア工科大学にあり、管理運営は大学、スポンサーはNASAである。国によってそれぞれ事情は異なるが、我が国も次世代放射光施設をきっかけに新たな大型研究開発事業の整備、運営を新しいアイデアの下に進める時代になりつつあるのかもしれない。