イベントレポート

令和2年度泉萩会総会・講演会(令和2年10月31日)

【名称】令和2年度泉萩会総会・講演会
【日時】令和2年10月31日(土) 午後3時〜午後5時
【会場】オンライン開催(Zoom利用)


 令和2年度泉萩会総会・講演会が10月31日、オンラインにて開催され、本会員35人が出席しました。本稿では当日のレポートに加えて、第16回森田記念賞並びに第12回泉萩会奨励賞受賞者へのインタビューをご紹介します。

会長の佐藤繁さん(昭和39年物理卒)による挨拶

議長を務めた小原隆博さん(昭和55年地物卒)


会計の松澤暢さん(昭和56年地物卒)による報告

監事の岡野章一さん(昭和45年物理卒)による報告


 令和2年度泉萩会総会・講演会が10月31日、オンラインにて開催され、本会員35人が出席しました。総会の開催にあたって、はじめに会長の佐藤繁さん(昭和39年物理卒)から挨拶がありました。総会の議長は小原隆博さん(昭和55年地物卒)が務め、本年度の活動概要が報告された後、(1)令和元年会計報告・監査報告並びに経過報告、(2)令和2年収支予算案、(3)役員改選について、計3つの議題について審議され、すべての議題が原案通りに承認されました。また(4)その他では、会計の松澤暢さん(昭和56年地物卒)から会計年度の変更についての提案と、会長の佐藤繁さんから「きたもの会」からの提案についての報告がありました。

第16回森田記念賞を受賞した南部雄亮さん

第12回泉萩会奨励賞を受賞した殷文さん


第12回泉萩会奨励賞を受賞した那須譲治さん

第12回泉萩会奨励賞を受賞した岩井一正さん


 次いで、第16回森田記念賞および第12回泉萩会奨励賞の授与式が行われました。本年度の森田記念賞は、南部雄亮さん(平成21年京都大学大学院理学研究科修了、東北大学金属材料研究所准教授・東北大学ディスティングイッシュトリサーチャー)が「偏極中性子散乱を用いた磁性研究」の業績で受賞しました。泉萩会奨励賞は、殷文さん(平成22年物理学科卒、東京大学物理学専攻特任研究員)が「インフラトンと暗黒物質のアクシオン的統一の提唱」の業績で、同じく泉萩会奨励賞に那須譲治さん(平成18年物理学科卒、横浜国立大学大学院工学研究院准教授)が「多軌道強相関電子系における量子ダイナミクスの理論研究」の業績で、同じく泉萩会奨励賞に岩井一正さん(平成19年宇宙地球物理学科(地物)、名古屋大学宇宙地球環境研究所准教授)が「地上電波観測に基づく太陽の大気構造およびエネルギー解放過程の研究」の業績でそれぞれ受賞しました。授与式では、会長の佐藤さんが各賞の講評を行った後、各受賞者がスピーチを行いました。なお、各賞の趣旨や授賞理由等の詳細については、こちらのページ(森田記念賞泉萩会奨励賞)をご覧ください。

落合明さん(昭和53年物理卒)による講師紹介と司会

森田記念賞受賞講演で講師を務めた南部雄亮先生


 総会の後は、森田記念賞受賞講演が行われ、森田記念賞を受賞した南部さんが「偏極中性子散乱を用いた磁性研究」の業績について講演しました。当日の講演内容は以下の動画からご視聴いただけます。また、業績の詳細については、こちらのページ(森田記念賞)をご覧ください。


森田記念賞受賞講演会


受賞者インタビュー

■第16回森田記念賞
◆「偏極中性子散乱を用いた磁性研究」
 南部雄亮さん (平成21年京都大学大学院理学研究科修了、東北大学金属材料研究所准教授・東北大学ディスティングイッシュトリサーチャー)

第16回森田記念賞を受賞した南部雄亮さん

— 受賞おめでとうございます。まずは受賞の喜びをお聞かせください。

 このたびは栄誉ある賞をいただき、大変光栄に感じております。東北大学は世界に先駆けてパルス中性子源施設を建設するなど、中性子散乱研究に多大な貢献をされてきました。今回、東北大学の泉萩会より森田記念賞をいただき、中性子散乱に関わる者として大変嬉しく思います。

— 今回の受賞対象となった研究について教えてください。

 電子の持つ自由度のうち、スピンを利用するスピントロニクスが次世代エレクトロニクスの候補として注目されています。スピントロニクスではスピン自由度の流れ、「スピン流」の生成と制御が当面の目標となっています。スピン流は光学的、電磁気学的、熱的に生成できることが知られており、固体中での伝搬過程は運動量(Q)空間全般に跨ります。しかしながら、これまでの検出は逆スピンホール効果により変換した長波長極限(Q = 0)の巨視的な電圧測定に限られてきました。スピン流の全容解明には、拡散長や寿命など微視的な視点に基づく情報が必要となります。加えて、室温で動作するデバイスの実用化には熱活性化の影響、つまりスピン流がどのようなエネルギー(E)依存性を持つかを調べておく必要があります。このように、スピン流の安定化・高効率化の達成には電圧測定では不充分であり、運動量・エネルギー(Q, E)分解した情報が必要であることがわかりますが、これまでそのような測定はありませんでした。

 固体中のスピン流は、金属ではスピン偏極電流により、絶縁体では磁気秩序状態の励起であるスピン波(量子化されたマグノン)によって伝搬されます。微視的描像として、秩序化したスピンの歳差運動の回転方向(マグノン極性)によってスピン流が伝搬されることが理論的に示唆されていましたが、驚くべきことに歳差運動自体の直接観測の例はこれまでありませんでした。今回、偏極中性子非弾性散乱をY3Fe5O12に適用し、音響、光学マグノン分散の極性が互いに反対符号であることを示しました。また、YIGのスピン流信号の室温付近での減衰は、昇温に伴って光学モードが熱活性化され、音響モードとスピン流の競合が発生することで説明できました。この結果は、スピン流の理解において(Q, E)分解した微視的情報の重要性を示しており、熱活性化される全マグノン分散の極性がスピン流に寄与している初の実験的確認になります。

— これからの抱負について、お聞かせください。

 今回の偏極中性子散乱を用いたマグノン極性の観測手法は、逆空間におけるマグノンテクスチャなど、反強磁性スピントロニクスにも広く適用できるものと期待しています。マグノン極性自体はスピントロニクスに限らず磁性体一般に固有の自由度であり、その重要性が理論的にも改めて見直されています。今後、極性の自由度を用いたデバイスなど、実用化も視野に入れた大きな展開が予想できます。これからも中性子散乱全般にわたって新しい測定手法を編み出すことで物性物理学に貢献していきたいと考えています。

— 最後に、中高生も含めた若い世代へメッセージをお願いします。

 私は中学・高校時代はクラブ活動に没頭し、あまり勉強できていませんでした。高校でなんとなく理系に進んだ後は学校で習う勉強自体には興味が持てたものの、内容は計算やテクニックの向上に終始していて、当時の勉強が大学に進んだ後にどういう風につながっていくのか常に疑問に感じていたことを覚えています。高校までの受験勉強は大学以降の研究のための「筋トレ」であるとよく例えられます。中高生を対象にした最先端の科学の紹介の場として、最近では中性子散乱の分野ではJ-PARCの一般公開や夏の学校など、多くの機会があります。これらに参加することで、俯瞰的な視点から目の前の課題を捉えると自分のやりたいこと、やるべきことがはっきりと見えてくるかもしれません。

— ありがとうございました。


■第12回泉萩会奨励賞
◆ 「インフラトンと暗黒物質のアクシオン的統一の提唱」
 殷文さん (平成22年物理学科卒、東京大学物理学専攻特任研究員)

第12回泉萩会奨励賞を受賞した殷文さん

— 受賞おめでとうございます。まずは受賞の喜びをお聞かせください。

 とても光栄ですし、誇りに思います!共に良い研究をした共同研究者、東北大学時代の恩師や研究室の方々に感謝です。また、世の中が大変なときに、推薦してくださった方、選考委員の方、泉萩会の関係者方々にも深くお礼を申し上げます。

— 今回の受賞対象となった研究について教えてください。

 宇宙の歴史と素粒子理論は密接に関係しています。宇宙の歴史で重要な役割を果たしますが、地上実験では発見されていない素粒子の候補に、インフラトンと暗黒物質が存在しています。インフラトンは宇宙の始まりを記述する粒子で、一方で現在の宇宙は暗黒物質という粒子で充満しております。これらの正体は宇宙論と素粒子論の大きな謎として、別々に活発に研究をされています。

 本受賞対象研究では、私は共同研究者と、インフラトンと暗黒物質は一つの軽いアクシオンと呼ばれる素粒子で簡単に説明できることを見つけました。本仮説は近い将来、宇宙背景放射の観測と太陽の観測で正しいかどうかが明らかになります。本仮説が検証されれば、暗黒物質とインフラトンの正体が両方わかりますので、毎日ワクワクしながら過ごしております。

— これからの抱負について、お聞かせください。

 奨励賞、受賞者の先輩方、及び、泉萩会の皆様のご評価とご期待に添えるよう、今後とも精進していきたいです。素粒子と宇宙論の分野では、様々な未解決の謎があるにもかかわらず、解への突破口がない時代と認識しています。ですので、新しいアイディアや概念にどんどん挑戦し、基礎物理の本質に迫りたいと思っています。

— 最後に、中高生も含めた若い世代へメッセージをお願いします。

 あまり有用かわからないですが、私が研究をする上で、普段自分に言い聞かせているのは、明確な目標を持ち、達成のために失敗を恐れずに挑戦を続けることです。 素粒子論や宇宙論は、「我々を構成する基本的単位は何か?」、「それはどこからきたのか?」等の基本的な問いに答える分野です。世界中の研究者が没頭し、様々なアイディアを用いて挑戦しているものの、いまだに未解決問題がいくつもあります。もしご興味があったら、ぜひ挑戦してみてください!

— ありがとうございました。


■第12回泉萩会奨励賞
◆「多軌道強相関電子系における量子ダイナミクスの理論研究」
 那須譲治さん(平成18年物理学科卒、横浜国立大学大学院工学研究院准教授)

第12回泉萩会奨励賞を受賞した那須譲治さん

— 受賞おめでとうございます。まずは受賞の喜びをお聞かせください。

 東北大の物理系出身として、とても名誉ある賞をいただけたことを大変嬉しく思っています。お世話になった先生方、学生時代から議論や相談に乗っていただいた先輩方、友人、そして後輩の皆さんに感謝しています。学生時代に東北大で得た経験が現在に生かされていることを実感しております。

— 今回の受賞対象となった研究について教えてください。

 私は物性物理学の中で、固体中の電子の間のクーロン力によって新しい物性が表れる強相関電子系と呼ばれる分野の理論研究を行っております。高温超伝導と並んで強相関電子系の中での難題のひとつである量子スピン液体について、最近提案されたキタエフ模型を使って、物理量の温度変化やスピンの量子力学的な動きを数値計算で調べました。実験結果とも比較することで、ある種の化合物では、固体中の電子の動きがキタエフ模型で期待されるものととても近いことが分かりました。キタエフ模型は元々、量子情報の著名な専門家であるキタエフによって、まわりからの擾乱に強い新しいタイプの量子計算を実装するために提案された模型であるため、固体物理にとどまらない研究展開が期待されています。

— これからの抱負について、お聞かせください。

 東北大学では、多くの友人たち、先輩後輩と議論することでたくさんのことを学ぶことができました。また、指導していただいた先生方には、研究者としてどうあるべきかを教えていただきました。東北で生まれ育った者として、派手でなくても地に足がついた丁寧な研究を、流行にとらわれずに一つ一つ積み重ねていきたいと思います。これまで培った自分の研究の柱を大事にしつつも、それをもとにして、新しい分野を切り開けるようこれからも様々なことを勉強し、研究に励んでいきたいです。

— 最後に、中高生も含めた若い世代へメッセージをお願いします。

 最近は、テレビやインターネットで多くの科学研究が取り上げられており、科学に関して色々なことを学ぶことができる環境にあると思います。ただ、ニュースで取り上げられている話題は、今現在の最先端研究であり、中高生が大学院で研究者を志す頃には、最前線の研究課題が変わっていることも多いです。研究は大変なときもありますが、新しいことを見いだしたときの喜びは何物にも代えがたいものです。新しい発見のためには広い視野が必要だと思うので、メディアで取り上げられたものに興味が出たら、それを始点として、色々なことを調べてほしいと思っています。

— ありがとうございました。


■第12回泉萩会奨励賞
◆「地上電波観測に基づく太陽の大気構造およびエネルギー解放過程の研究」
 岩井一正さん(平成19年宇宙地球物理学科(地物)卒、名古屋大学宇宙地球環境研究所准教授)

第12回泉萩会奨励賞を受賞した岩井一正さん

— 受賞おめでとうございます。まずは受賞の喜びをお聞かせください。

 この度は、泉萩会奨励賞をいただき誠にありがとうございます。大変光栄に存じますと同時に、これからより一層研究に励もうと思います。私は学部・大学院時代に惑星プラズマ・大気研究センターで研究をさせていただいておりました。ご指導いただきました三澤浩昭先生をはじめとする諸先生には大変お世話になりました。この場をお借りして御礼申し上げます。

— 今回の受賞対象となった研究について教えてください。

 電波望遠鏡を用いて太陽を観測することで、太陽の大気やそこで起きる爆発現象の発生過程を研究したものです。大学院生時代には、福島県飯舘村にある東北大学の電波望遠鏡を用い、卒業後にはポスドク等で異動しつつ、所属先が保有する国内外の様々な電波望遠鏡の開発や運用に携わりながら、それぞれの電波望遠鏡を用いて太陽を観測してきました。電波望遠鏡やそこに搭載する観測機器を独自に製作することで、今まで行われていなかった観測による成果を出せたことを評価していただけたと思っています。

— これからの抱負について、お聞かせください。

 現在は太陽大気の一部が宇宙空間に流出して発生する「太陽風」を研究しています。特に電波観測を用いて太陽風を地上から観測し、太陽風が太陽のどこから流出しているのか、どうして流出するのか、という謎に取り組んでいます。並行して、次世代の電波観測装置を開発し、今までにない高空間分解な太陽風観測を実現する計画で、装置の開発研究を進めています。自分が考えたオリジナルの望遠鏡で、まだ誰も見たことのない太陽風を見るのがこれからの目標です。

— 最後に、中高生も含めた若い世代へメッセージをお願いします。

 今思うと、中高生の頃には思いもしなかった未来になりました。とにかく自然科学の世界はおもしろいことだらけなので、どんな道に進んでも楽しめます。研究者へのキャリアでは思い通りにならないときもあるでしょうが、私の場合、たくさんの人に助けられたおかげで乗り越えられたと思います。常に周囲への感謝の気持ちを忘れずに、その時々の環境でできることを精一杯することが、次につながるのだと思います。

— ありがとうございました。