イベントレポート

令和4年度泉萩会総会・講演会(令和4年10月29日)

【名称】令和4年度泉萩会総会・講演会
【日時】令和4年10月29日(土曜日) 午後3時〜午後5時
【会場】オンライン開催(Zoom利用)


 令和4年度泉萩会総会・講演会が10月29日、オンラインにて開催され、本会員21人が出席しました。本稿では当日のレポートに加えて、第18回森田記念賞並びに第14回泉萩会奨励賞受賞者へのインタビューをご紹介します。


令和4年度泉萩会総会

 令和4年度泉萩会総会が10月29日、オンラインにて開催され、本会員21人が出席しました。総会の開催にあたって、はじめに小原隆博会長(昭和55年地物卒)から挨拶がありました。総会の議長は織原彦之丞副会長(昭和39年物理卒)が務め、(1)令和3年度の泉萩会活動が小原さんより報告されました。続いて、(2)令和3年度会計報告・監査報告、(3)令和4年度収支予算案、(3)理事・監事の交代について、(4)その他の議題について審議され、すべての議題が原案通りに承認されました。

小原隆博会長(昭和55年地物卒)による挨拶・本年度活動報告

議長を務めた織原彦之丞副会長(昭和39年物理卒)


松澤暢理事(昭和56年地物卒)による本年度会計報告並びに次年度収支予算案

馬場護監事(昭和42年物理卒)による報告


 次いで、第18回森田記念賞および第14回泉萩会奨励賞の授与式が行われました。本年度の森田記念賞は、杉本周作さん(平成15年宇宙地球物理学科卒、地球物理学専攻 准教授)が「気候変動・気候変化への中緯度海洋の役割解明に関する研究の業績」で受賞しました。泉萩会奨励賞は、青山拓也さん(物理学専攻 助教)が「強相関電子系におけるスピン・軌道自由度に起因した空間反転対称性の破れに関する研究」の業績で、同じく泉萩会奨励賞に栗田怜さん(平成21年宇宙地球物理学科卒、京都大学生存圏研究所 准教授)が「人工衛星観測データ解析にもとづく宇宙空間プラズマ波動粒子相互作用過程の実証的研究」の業績で、同じく泉萩会奨励賞に遠藤晋平さん(物理学専攻 助教)が「冷却原子気体における量子少数多体問題の理論研究」の業績でそれぞれ受賞しました。授与式では、会長の小原さんが各賞の講評を行った後、各受賞者がスピーチを行いました。なお、各賞の趣旨や授賞理由等の詳細については、こちらのページ(森田記念賞泉萩会奨励賞)をご覧ください。

小原会長による第18回森田記念賞並びに第14回泉萩会奨励賞についての授賞報告

今年度から授与が始まった、森田記念賞並びに泉萩会奨励賞の受賞メダル



第18回森田記念賞を受賞した杉本周作さんによる受賞スピーチ

第14回泉萩会奨励賞を受賞した青山拓也さんによる受賞スピーチ



第14回泉萩会奨励賞を受賞した栗田怜さんによる受賞スピーチ

第14回泉萩会奨励賞を受賞した遠藤晋平さんによる受賞スピーチ




森田記念賞受賞講演会

 総会後は森田記念賞受賞講演が行われ、森田記念賞を受賞した杉本周作さん(東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻 准教授)が「気候変動・気候変化への中緯度海洋の役割解明に関する研究」と題して講演を行いました。講演の内容については、動画をぜひご覧ください。

森田記念賞受賞講演で講師紹介・司会を務めた早坂忠裕理事(大気海洋変動観測研究センター 教授)

森田記念賞受賞講演で講師を務めた杉本周作さん(東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻 准教授)




受賞者インタビュー

■第18回森田記念賞
◆ 杉本周作さん(平成15年宇宙地球物理学科卒、地球物理学専攻 准教授)
「気候変動・気候変化への中緯度海洋の役割解明に関する研究の業績」

第18回森田記念賞を受賞した杉本周作さん

— 受賞おめでとうございます。まずは受賞の喜びをお聞かせください。

 このたび森田記念賞の栄誉を賜り、まことに光栄に存じます。ご推薦を頂きました先生方、選考の任に当たられました方々に厚く御礼申し上げます。今日までの研究生活を振り返ってみますと、私は先生に、研究仲間に、研究環境に、時代に、そして家族に恵まれ、好奇心の赴くままに研究活動を行うことができました。歴代の受賞者の錚々たる面々に比して、知識と技倆の両面で自らの非力さが際立つところでありますが、今後とも研究活動・教育活動に邁進し、諸先輩に少しでも追いつけるよう精進することをここに誓います。

— 今回の受賞対象となった研究について教えてください。

 海は大気を変えるのか? この問いへの答えを得るべく研究を行っています。私たちが暮らす地球は海と大気に覆われており、これらが互いに影響し合うことで地球の気候システムは構築されています。これを大気海洋相互作用といいます。気候力学の従来の常識では、中緯度の海洋は大気変動に受動的に応答するだけとされていました。そのような状況のなか、私たちは、観測的・数値実験的アプローチから、東北三陸沖の直径300kmほどの海洋暖水渦は能動的に大気に影響するという新パラダイムを提示しました。他にも、2017年夏から発生している黒潮大蛇行に着目し、衛星観測資料解析から、黒潮大蛇行に伴う沿岸流に起因して関東・東海沖が例年より3℃以上も高温になること(沿岸昇温の発生)を明らかにし、そして、気候シミュレーションを通じて、関東・東海沖沿岸昇温により蒸発が盛んになり、関東に流れ込む水蒸気が増加し、その結果、温室効果(温室効果気体である水蒸気が増えたことによる地表面への下向き放射の増加)で気温が上昇することを発見しました。本成果は、大気海洋研究を、陸上気候分野にまで横断展開させたものです。

 現在、地球の気候は温暖化しています。なかでも海洋は地球温暖化による熱の90%を吸収し、そのうちの約60〜70%が700メートルよりも浅い海に蓄積するとされています。しかしながら、海洋内部の水温については1970年代以前の観測データが少ないため、その長期的な変化を記述することは困難でした。そこで私たちは、北半球の亜熱帯の海の広範囲に存在する水塊(亜熱帯モード水)に着目し、1910年以降の海水温を推定する手法を開発しました。その結果、北半球の亜熱帯の海水温(深さ100〜400メートル程度)は、最近100年間で約1度上昇していることを発見しました。この上昇は、世界平均の海面水温の上昇速度の約2倍であり、亜熱帯の海では非常に速いペースで温暖化が進行していることがわかりました。海水温上昇は、海水の熱膨張による海面上昇を正確に見積もる上で非常に重要です。本成果は、地球温暖化下での、海洋による熱の吸収・蓄積過程の解明に貢献するものです。

— これからの抱負について、お聞かせください。

 四方を海に囲まれた我が国は、台風や温帯低気圧が通過するたびに強風や高潮による被害に見舞われ、「数十年に一度の大雨」や「短時間集中豪雨」などが毎年のように日本列島を襲い、人々の生命・財産を脅かしています。このような極端気象現象・異常気候は地球温暖化の影響で増加傾向にあること、そして今後更に激甚化することが懸念されています。そこで、変わりゆく地球の気候系の理解を推し進めたいと願っています。これにあたり、私は、大規模データの統計解析にもとづく解析的研究に、数値実験を通じた理論的解釈を付与することで現象の理解を深めることを目指してきました。そして、今後は、ここに、現場観測の充実を図るなかでその実態解明につとめ、これらの三方向的な研究を通じて気候研究を推し進めて参る所存です。地球気候の過去を知り、現在を理解するなかで、未来へつなげる。そんな研究の実現を夢に描いています。そして、極端気象現象等への海の役割に迫るなかで、激甚化しつつある自然災害への防災・減災に資するような分野間横断的な研究も展開し、地球の気候を広い視座で理解したいと考えています。

— 最後に、中高生も含めた若い世代へメッセージをお願いします。

 理学で行うのは科学(サイエンス)です。学生も教員もみな科学をします。そして、科学を通じて得られることが「発見」です。これがどんなに些細な発見であったとしても、それは地球史48億年のなかで初めてたどり着いた「知」です。知を想像し、知の創造を通じて知を確立する。そして、その「知」が多くの人の「知識」に変わる。それが科学であり、理学です。そう考えるとワクワクしてきませんか? 私たちの研究室では、毎年観測航海に出かけています。海の上では、360°の全方位に広がる海と大気が織りなす美しい景色を見ることが出来ます。どうですか? 海の世界を冒険してみたくなりませんか? 美しい自然を紐解く科学の世界に飛び込んでみたくなりませんか? ワクワクしながら知の先端を歩まんとする若い方の挑戦を心待ちにしています。

— ありがとうございました。


■第14回泉萩会奨励賞
◆ 青山拓也さん(物理学専攻 助教)
「強相関電子系におけるスピン・軌道自由度に起因した空間反転対称性が破れに関する研究」

第14回泉萩会奨励賞を受賞した青山拓也さん

— 受賞おめでとうございます。まずは受賞の喜びをお聞かせください。

 この度は泉萩会奨励賞に選出いただきまして誠にありがとうございます。この受賞を励みとしてさらに研究・教育活動に精進してまいります。この賞を頂けたことは共同研究者や家族をはじめとした大変多くの方々支えあってのことです。この場を借りて皆様に篤く御礼申し上げます。

— 今回の受賞対象となった研究について教えてください。

 今回の受賞対象となった研究は"強相関電子系におけるスピン・軌道自由度に起因した空間反転対称性の破れに関する研究"です。電子はそれ一つだけ見るとマイナスの電荷と1/2のスピン角運動量を持つ素粒子であって、その性質はとてもよく理解されています。一方で物質中の電子は原子核の周りを軌道運動しているため、電荷・スピンの自由度に加えてどの軌道に入るのかという自由度を新たに獲得します。シリコンのような単純な半導体においてはスピンや軌道の自由度が顕在化することはありませんが、電子同士のクーロン反発が大きいために電子が局在した"強相関電子系"と呼ばれる物質においては電荷・スピン・軌道の自由度によって単一の電子からは想像できないような豊かな性質がしばしば生じます。私はそのような強相関電子系物質において生じる空間反転対称性の破れについて研究しています。空間反転対称性というのはある座標を中心に全体をひっくり返した時に元と重なる性質を指します。例えば酸素分子はダンベルのような形をしているのでその中心で反転しても元と区別がつきませんが、水分子は酸素を中心に水素が折れ曲がってくっついているので、酸素原子を中心にひっくり返ると水素の向きが変わってしまいます。そのような空間反転対称性の破れた物質は電気的な偏りである電気分極を生じるため、外から電圧をかけることで電気分極状態を制御・記録することができます。身近な例では交通系ICカードの記録媒体としても実用化されています。空間反転対称性の破れは上述のような正負のイオンの重心位置のずれだけでなく、電子の内部自由度であるスピンや軌道によっても生じえます。ただ、その効果が非常に小さく、また絶対零度近傍の極低温でしか現れないことが問題でした。今回受賞対象となった研究では、遷移金属酸化物に数万気圧の圧力をかけることでスピンに起因した電気分極が非常に大きくなること、また、低次元系の鉄系化合物においては軌道に起因した電気分極が室温以上で生じることを発見しました。いずれもそれまでの研究からは予想できない結果だったので、とても驚きました。

— これからの抱負について、お聞かせください。

 東北大学理学研究科には豊富な研究資源と自由な研究環境があります。さらに2024年には新たに青葉山キャンパス内に建設されている放射光施設の運用もスタートします。そのような環境を生かして、今後も面白い物質を探し研究を深めていきたいと思います。

— 最後に、中高生も含めた若い世代へメッセージをお願いします。

 "ふしぎだと思うこと、これが科学の芽です。よく観察してたしかめ、そして考えること、これが科学の茎です。そうして最後になぞがとける、これが科学の花です。"これはくりこみ理論によってノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎先生の言葉です。ふしぎだと思う気持ちに気づくには、普段からさまざまなことに関心を持つことが必要に感じます。また、よく観察して考えるためには、孤独に耐えながら永く対象と向き合うための集中力が必要でしょう。そして謎を解くためには、ヒト・自然・計算機とのコミュニケーション能力、つまり英語・数学・プログラミングの力が必要です。ささやかでも自分の花を咲かせられるよう切磋琢磨してまいりましょう。

— ありがとうございました。


■第14回泉萩会奨励賞
◆栗田怜さん(平成21年宇宙地球物理学科卒、京都大学生存圏研究所 准教授)
「人工衛星観測データ解析にもとづく宇宙空間プラズマ波動粒子相互作用過程の実証的研究」

第14回泉萩会奨励賞を受賞した栗田怜さん

— 受賞おめでとうございます。まずは受賞の喜びをお聞かせください。

 この度は、栄誉ある泉萩会奨励賞をいただき、大変光栄に思います。賞をいただいたことで大変身が引き締まる思いであり、今後さらに精進してまいりたいと思います。ご多忙の中、賞の選考に携わられた泉萩会理事会の先生方に御礼申し上げます。大学生時代から長きに渡りご指導頂いている推薦者の名古屋大学宇宙地球環境研究所 三好由純教授に深く感謝申し上げます。また、今回の受賞は理学研究科地球物理学専攻・C領域の先生方や共同研究者といった多くの方々に支えて頂けたおかげだと感じており、この場を借りて皆様に御礼を申し上げます。

— 今回の受賞対象となった研究について教えてください。

 宇宙空間は真空であると思われている方が多いかと思いますが、実際には電気を帯びた粒子であるプラズマが、非常に低い密度で存在しています。このプラズマ中を伝わる電波としてプラズマ波動が存在しており、プラズマとプラズマ波動はお互いにエネルギーのやり取りをしています。受賞対象となった研究は、人工衛星で得られたデータを活用し、宇宙空間に存在する高いエネルギーをもつ電子が、プラズマ波動によって短い時間の間に消え去ってしまうことを明らかにしたことと、宇宙空間でプラズマ波動が生まれる過程を理論と比較し、その理論の妥当性を示したことです。

 まず、1つ目の成果に関してですが、高エネルギー電子がプラズマ波動によって磁気圏から消え去る現象は理論的に予測され、実際に消えていくことは観測から知られていました。一方で、それがどれくらいの時間で起きているかは、過去の研究から明らかになっていませんでした。これは、観測によって、プラズマ波動が出現する前後の状態を把握することが難しかったためです。近年、宇宙空間には多数の人工衛星が配置され、プラズマ波動の出現タイミングや高エネルギー電子数の時間・空間変化を捉えられるようになってきました。この利点を活かし、プラズマ波動出現前後の高エネルギー電子数を比較することに成功し、理論から予測されるような、非常に短い時間に高エネルギー電子が消失していることを明らかにすることができました。

 次に2つ目の成果に関して、プラズマ波動が生まれる過程は、理論やコンピュータシミュレーションが先行して進んできており、実際の観測からプラズマ波動の生まれる理論の妥当性を示す研究は当時行われていませんでした。それは、理論と合致するような特徴を持つプラズマ波動の報告例がほとんどなかったためです。実際にプラズマ波動の観測データを丹念に調べると、理論が予測するプラズマ波動の特徴をもつものが次々と発見され、その特徴は、理論が予測する特徴と数値的に一致する結果が得られました。当時、理論の妥当性を示す結果が乏しかったのですが、この研究により、プラズマ波動の生まれる理論の妥当性が認められ、徐々に研究者の間で用いられるようになりました。

— これからの抱負について、お聞かせください。

 これまでの研究は、宇宙空間におけるプラズマ・プラズマ波動の変動現象に関する研究が大部分でしたが、宇宙と地球の大気は、地球の持つ固有磁場を通して繋がっていることに注目すると、宇宙空間で起きた現象は、地球の高層大気へと影響を与えることが期待されます。実際に、プラズマ波動が高エネルギー電子を宇宙空間から消し去るメカニズムとして、高エネルギー電子の運動がプラズマ波動によって乱され、地球大気へと降り込み、宇宙空間に戻れなくなる過程が考えられています。大気へと降り込んだ高エネルギー電子は、大気中の分子や原子と衝突し、エネルギーを与え、オーロラや大気温度の増加・異常電離を引き起こすことが知られています。これにより、地球大気の組成が変化すると考えられ、宇宙空間の変動が地球大気を変化させるという、興味深い過程が期待されます。今後、宇宙空間だけでなく、大気との関わり合いも視野に入れて、研究領域を広げていきたいと考えています。

 また、人工衛星でプラズマやプラズマ波動を計測するためには、専用の装置を開発する必要があります。これまでは、すでに整備されたデータを使用し、解析を行って成果を出してきましたが、今後は、この装置を開発・搭載する部分にも力を入れていきたいと考えています。現在、これまでの人工衛星に搭載されてきた機器を大幅に小型化する研究にも徐々に携わっており、近い将来、自分自身が設計・開発した装置で宇宙空間を測ることを目指しています。

— 最後に、中高生も含めた若い世代へメッセージをお願いします。

 近年ではインターネットやSNSなどが非常に発達しており、自分が必要としている情報がたくさんあるだけでなく、その情報へのアクセスのしやすさが段違いであり、良い時代になったと感じる時があります。逆に、情報がありすぎて迷ってしまう時代でもあると思います。そういう時こそ、自分自身で考え抜く力や、何かを理解する・実践するために創意工夫する力があると良いかと感じます。この場合、時間がかかったり、失敗を繰り返してしまうかもしれませんが、そういった経験を積むことは、研究者としてだけでなく、社会に出て働く上で重要なスキルかと思います。「こうしたらうまくいかなかった」という状態から成功体験を生むまでの過程は、自分自身を大きく育てる貴重な機会ですので、是非一度、経験してもらいたいです。インターネットやSNSなどを、答えを探すツールとしてだけでなく、面白そうなことを探す出発地点としても、上手に活用してみてほしいです。

— ありがとうございました。


■第14回泉萩会奨励賞
◆ 遠藤晋平さん(物理学専攻 助教)
「冷却原子気体における量子少数多体問題の理論研究」

第14回泉萩会奨励賞を受賞した遠藤晋平さん

— 受賞おめでとうございます。まずは受賞の喜びをお聞かせください。

 この度はこのような栄誉ある賞を頂き、大変うれしく光栄に感じています。私は博士号を取得後海外で研究していたのですが、ここの物理専攻にいらっしゃった萩野浩一先生(現在は京都大学)とのご縁で、東北大学の学際フロンティア研究所の助教として、原子核理論研究室に助教として赴任しました。この泉萩会奨励賞の第一回の受賞者が萩野さんということで、このような縁のある賞を受賞でき大変うれしく思います。また、このように長い間、卒業生同窓生のコミュニティーの維持運営にご尽力頂いている役員・事務局や先輩方に改めて感謝申し上げます。

— 今回の受賞対象となった研究について教えてください。

 量子力学の理論研究をしています。特に3粒子,4粒子といった少数個のミクロな粒子が束縛したりしなかったりといった現象を、解析計算と数値計算を併用して研究しています。ミクロな粒子の動きを記述する量子力学の基礎方程式であるシュレディンガー方程式を解くことで、量子化学から物性物理など様々な分野が発展してきました。1~2粒子のシュレディンガー方程式を正確に解くことは容易で、大学の教科書でも学びますが、少し粒子数を増やして3粒子や4粒子問題を解こうとすると、とたんに難しい問題になります。この量子少数問題の研究は、冷却原子気体という極低温まで原子を冷やしたガスの中で、3原子、4原子が束縛した状態が2000年代に観測されて以降、飛躍的に実験・理論双方から研究が進展しています。私は3原子,4原子がどのような条件下で束縛するかや、その束縛状態の挙動がどの程度原子の種類によらない普遍的な挙動を示すかを、質量や相互作用の強さ、粒子の統計性などを様々変えながらシュレディンガー方程式を解くことで明らかにしました。

— これからの抱負について、お聞かせください。

 原子の3粒子,4粒子問題を解く技術をさらにミクロな原子核の世界に応用することで、どのような面白い原子核状態が出現するかを探っています。また3粒子,4粒子問題を正確に解く技術を応用することで、粒子数かアボガドロ数あるような量子多体系の中においても、媒質内の粒子間の3体相関や4体相関を正確に取り扱うことが可能になります。そのようにして、強い相互作用をする量子多体系の状態方程式をより正確に決定する研究も行っています。このようにシュレディンガー方程式を様々な物理系に対して解き、少数粒子系から多粒子系にわたって量子の世界の挙動を解き明かしていきたいと思っています。そしてそれが、固体中の多電子の挙動や冷却原子気体の挙動の正確な理解にも役立ち、量子新材料開発や、冷却原子を用いた量子シミュレータ開発への一助になればいいなと思っています。

— 最後に、中高生も含めた若い世代へメッセージをお願いします。

 自分が面白いなと思うこと、こうなりたいなと思うような方向に、自分の心に正直に従って進んでみるのがいいと思います。最近「親が子供になってほしい職業」のトップが公務員となるなど、リスクを避ける残念な風潮が世に蔓延しているように思います。ただ、本当に面白い仕事や自分の人生を捧げても悔いが無いと思えるような仕事というのは、みんながなりたいと思うわけで、往々にして競争が発生したりして、不安定な将来展望になるわけです。私は小学校卒業時の将来の夢は「科学者」と書いて、そのまま研究の道へと進みました。安定とは無縁の道を突き進んできましたが、要所要所で様々な先生・先輩方のご指導やお力添えを頂きここまで来ることができました。とにかく進んでみれば案外何とかなるもので、「迷わず行けよ。行けばわかるさ。」という先人の言葉は、まさにその通りだと思います。リスクを恐れず、どうか自分が本当に進みたいと思う進路へ進んでください。

— ありがとうございました。