イベントレポート

令和7年度泉萩会総会・講演会(令和7年10月25日)

【名称】令和7年度泉萩会総会・講演会
【日時】令和7年10月25日(土曜日) 午後3時-午後5時
【会場】オンライン開催(Zoom利用)


 令和7年度泉萩会総会・講演会が10月25日、オンラインにて開催され、本会員13人が出席しました。本稿では当日のレポートに加えて、第21回森田記念賞並びに第17回泉萩会奨励賞受賞者へのインタビューをご紹介します。


令和7年度泉萩会総会

議題:
 1.令和7年活動報告
 2.令和6年度会計報告・監査報告
 3.令和7年度収支予算案
 4.泉萩会の今後について
 5.その他

 令和7年度泉萩会総会が10月25日、オンラインにて開催され、本会員13人が出席しました。総会の開催にあたって、はじめに小原隆博会長(昭和55年地物卒)から挨拶がありました。小原会長が議長を担当し議事を進行しました。上記議題1、2、3は提案通り承認されました。議題4については、収支を均衡させる方策について、理事会でさらに議論し、来年度の会報で案を提示、その後、来年度の総会で決定することにしました。

小原隆博会長(昭和55年地物卒)による挨拶・議事進行

松澤暢理事(昭和56年地物卒)による本年度会計報告並びに次年度収支予算案


青木周司監事(昭和53年物理卒)による会計監査報告



森田記念賞・泉萩会奨励賞の授与報告

 次いで、第21回森田記念賞および第17回泉萩会奨励賞の授与式が行われました。

1. 森田記念賞: 
 富田 賢吾氏(東北大学大学院理学研究科天文学専攻 准教授)が「⼤規模数値シミュレーションによる星・円盤形成過程の研究」の業績で受賞しました。

2. 泉萩会奨励賞:
 MOORE, J. Nicholas氏(東北大学大学院理学研究科物理学専攻 助教)が「低温における⼆次元電⼦系の光学的研究」の業績で受賞しました。

 栗栖 実氏(平成29年物理学科卒、東北⼤学⼤学院理学研究科物理学専攻 助教)が「⾃⼰⽣産ベシクル系の創成」の業績で受賞しました。

 授与式では、小原会長が各賞の講評を行った後、各授賞者がスピーチを行いました。なお、各賞の趣旨や授賞理由等の詳細については、こちらのページ(森田記念賞泉萩会奨励賞)をご覧ください。

森田記念賞並びに泉萩会奨励賞の授与報告

第21回森田記念賞を受賞した富⽥賢吾氏による受賞スピーチ


第17回泉萩会奨励賞を受賞したMOORE, J. Nicholas氏による受賞スピーチ

第17回泉萩会奨励賞を受賞した栗栖実氏による受賞スピーチ



森田記念賞受賞講演会

 総会後は森田記念賞受賞講演が行われ、森田記念賞を受賞した富田氏からご講演いただきました。講演動画は以下よりご覧いただけます。なお、業績の詳細については、こちらのページ(森田記念賞)をご覧ください。




受賞者インタビュー

■第21回森田記念賞
◆ 富田賢吾さん(東北大学大学院理学研究科天文学専攻 准教授)
「大規模数値シミュレーションによる星・円盤形成過程の研究」

第21回森田記念賞を受賞した富田賢吾さん

— 受賞おめでとうございます。まずは受賞の喜びをお聞かせください。

 この度はこのような名誉ある賞を頂き、大変嬉しく思います。受賞対象となった研究は決して私一人だけで成し遂げたものではなく、共同研究者や学生さんなど多くの方々の協力があってのことで、関係者の皆様に深く感謝申し上げます。
 私は東北大学の天文学教室に着任して5年になりますが、優秀な研究者の集まる大変活気のある研究機関で、自分ももっと頑張らないといけないと思いながら日々楽しく研究教育に取り組んでいます。今回森田記念賞を頂き、改めて気持ちを引き締めて今後も一層努力して研究を推進していきたいと思います。

— 今回の受賞対象となった研究について教えてください。

 私の研究テーマは大きく分けて二つありまして、「公開シミュレーションコードAthena++の開発」とそれを用いた「星・円盤形成過程の研究」です。少し長くなりますが個別に説明させてください。
 天文学は物理学の分野とは一つ決定的な違いがあります。天文学ではもちろん望遠鏡を使った観測で宇宙を研究するわけですが、宇宙の時間・空間スケールと人間の時間・空間スケールはあまりにも異なるため実験をすることができません。また、天体現象の多くは人間の時間スケールよりもずっとゆっくり進行するので、ある天体の進化をずっと観測し続けることはできませんし、宇宙はあまりに大きいので現場の近くまで行って直接物質を採取することもできません。そのため、コンピュータシミュレーションを使った「数値実験」が物理学の他の分野よりも重要な役割を果たしているのです。
 従来、研究者は個々の問題に合わせて自分でプログラムを開発していましたが、研究の進展とスーパーコンピュータの発展によりシミュレーションはどんどん複雑化しており、個人でゼロからコードを開発して最先端の研究を行うことは年々難しくなっています。そこで、シミュレーションコードを共同で開発し、より良いものを皆で共有して効率よく研究を進めることが近年主流になってきています。今回受賞となったAthena++もそのようなコードの一つで、私が長年国際協力で開発を進めてきたものです。Athena++は宇宙物理学で必要な様々な物理過程をサポートしているだけでなく、同種の公開コードよりも高性能で信頼性も高いので、天文学分野では最も利用者の多い公開コードの一つになっています。また、このようなコードはシミュレーションを学ぶ学生や若手研究者にとっては教材ともなるもので、これを用いた数値シミュレーションのスクールを開催した実績がありますし、天文学専攻では実習の授業にも使用しています。
 このシミュレーションコードを用いて、私は主に星・円盤形成過程の研究に取り組んでいます。星は宇宙空間で分子雲と呼ばれる低温で高密度なガスが重力で収縮して形成されるのですが、この時ガスが角運動量を持っているため、同時に星の周囲にガスの円盤が形成されます。この円盤は惑星形成の舞台となるので、原始惑星系円盤と呼ばれます。近年、太陽系以外の惑星の観測が進み、現在では6,000個のもの系外惑星が発見されています。それらの惑星は実に多様で、太陽系とは全く異なる質量や軌道を持った惑星が多数観測されています。これらの形成を原理的に理解するには、まずその初期条件である星と円盤の形成・進化をきちんと理解しないといけないわけです。
 近年、特にALMA望遠鏡(日本も参加している巨大な電波干渉計)の活躍により、原始惑星系円盤の構造が詳細に観測されるようになりました。これらと比較するためにはシミュレーションにも詳細な物理過程を考慮する必要があります。我々のグループでは磁場による角運動量輸送が円盤進化に与える影響に注目して研究しています。特に、原始惑星系円盤は低温で電離度が低いため、磁場とガスは完全には結合しておらず、非理想磁気流体計算効果が働きます。電離率の低い環境ではこの効果が強く働いて、磁場による角運動量輸送を抑制して大きな円盤ができます。従来は電離率を空間的にも時間的にも一定とした計算が行われていたのですが、我々のグループの最新の研究では、宇宙線による電離過程を円盤の進化と同時に解くシミュレーションを行いました。その結果、宇宙線は円盤に到達するまでにガスに遮蔽されるため電離率が下がり、従来の研究よりも大きな円盤ができることがわかりました。
 Athena++は様々な物理過程をサポートしているため、星・円盤形成以外にもあらゆる天体現象に適用できます。これを利用して、ブラックホール降着円盤や星間物理学、惑星形成など様々な研究にも取り組んでいます。

— これからの抱負について、お聞かせください。

 スーパーコンピュータはこれからもどんどん高性能化していくため、今後もシミュレーションによる研究は更に発展していくでしょう。最先端のシミュレーション研究を行うには、単に計算機の性能に合わせて計算規模を拡大するだけではなく、それまでできなかった新しい物理を取り入れた研究を行う必要があります。そのためには常に新しいコードの開発と、それを用いた研究を並行して進める必要があるのです。Athena++の開発は現在も国際協力で進められていて、例えば惑星の元になるダストの合体成長過程や、天体からの光子やニュートリノの放射を計算する放射輸送など、更なる開発が進められています。これらを使って、これまで誰も実現していない新しいシミュレーションに挑戦し、天体現象の解明に取り組んでいきたいと考えています。

— 最後に、中高生も含めた若い世代へメッセージをお願いします。

 天文学に限りませんが、あらゆる知識や技術は何かの役に立ちますので、自分で自分の範囲を制限することなく幅広くそして深く学んでほしいと思います。また、単に個別の知識を増やすだけでなく、それらの間の繋がりを意識して体系的に学び、より全体として一貫した理解を自分の中に構築することを目指してください。
 また、私が公開コードの開発を通じて学んだことは、自分の能力や開発した成果を人と共有すると、その効果を何倍にも拡大することができるということです。自分の興味を追求することはもちろん重要ですが、独り善がりにならず周りの人々や社会とのコミュニケーションを大切にして、より良い研究・学習に取り組んでもらいたいと思います。
 最後に、同級生や同世代との繋がりをぜひ大切にして欲しいと思います。。彼らは競争相手であると同時に、科学を探求するという共通の目的を持った仲間です。お互い切磋琢磨して高め合った仲間は生涯の財産になるはずです。

— ありがとうございました。


■第17回泉萩会奨励賞
◆ MOORE, J. Nicholasさん(東北大学大学院理学研究科物理学専攻 助教)
「低温における二次元電子系の光学的研究」

第17泉萩会奨励賞を受賞したMOORE, J. Nicholasさん

— 受賞おめでとうございます。まずは受賞の喜びをお聞かせください。

 栄誉あるこの奨励賞を頂戴し、大変光栄に存じます。今回評価していただいた研究成果は、大学院時代の指導教員をはじめ、これまでご支援くださった多くの先生方や研究者の皆様のお力添えによるものです。研究をこのような形で認めていただき、心より感謝するとともに、今後の研究活動の大きな励みとなりました。

— 今回の受賞対象となった研究について教えてください。

 今回の研究は、低温下の二次元電子系(2DES)でのみ現れる量子現象に焦点を当てたものです。
 第一のテーマは、強磁場中で特定の電子占有状態において生じる、基底状態の電子スピン秩序の急激な変化に関する研究です。通常、強磁場中では電子スピンは完全に整列(偏極)する傾向がありますが、GaAs に実現される 2DES では電子間のクーロン相互作用がこの傾向に対抗します。両者の競合により相転移や電子スピンの特異な秩序が生じ、さらにスピン反転エネルギーが消失することで、電子スピン系と核スピン系が強く結びつく非常に稀な現象が実現されます。私は、電子および核スピン偏極の空間分布を直接撮像する光学手法の開発に貢献し、スピン相互作用が豊かな新しい現象を明らかにした。その中で、電気的な励起によって電子スピン磁区が形成され、空間的に伝播する過程を可視化した。同時に、これらの磁区によって電流が迂回させられ、電気抵抗が大きく増大することも示しました。また、磁壁を横切る電子スピンは核との磁気散乱を受け、その過程で核スピン系の強い偏極が生成されことを解明しました。
 第二のテーマは、グラフェンの電子比熱の測定です。これは、ファンデルワールス材料の小さな熱容量に対応可能な新しい熱容量測定技術の開発が必要であるとの認識から始まりました。熱容量測定は、超伝導の研究など物性物理における重要課題に関わる状態密度や低エネルギー準粒子を直接探査する手法です。この測定感度を向上させるために、熱雑音温度計測と高速光加熱を組み合わせた手法を開発し、ファンデルワールス材料の中で最も小さな電子比熱を持つグラフェンの電子熱容量の測定に成功しました。

— これからの抱負について、お聞かせください。

 私は今後も、二次元電子系におけるスピン秩序に関わる問題に強い関心を持ち続けています。その一方で、これまで研究してきたスピンの一次相転移をより基礎的な現象の解明に応用できると考えています。多体系の準安定状態が量子ゆらぎによって崩壊する「量子崩壊」(量子場理論の言葉では「偽真空崩壊」)という現象は、量子場の相転移が引き起こされる過程であり、初期宇宙におけるインフレーションや電弱相転移を理解する上で極めて重要です。私は、この現象を時間的・空間的な計測を通じて初めて直接観測することを目指しています。

— 最後に、中高生も含めた若い世代へメッセージをお願いします。

 このメッセージを受け取る皆さんの中には、技術や科学に興味を持つ方が多いかもしれません。その皆さんに、科学の世界と工学の世界の重要な違いについてお伝えしたいと思います。私は、科学と工学の両方の分野で仕事をしてきた経験があるため、その違いを実感しています。
 科学は「なぜ、どのようにして現象が起こるのか」を明らかにすることを主な目的としています。一方、工学は「どうすればそれを実現できるか」、つまり実際に動くものや役立つものを作り出すことを目指します。日々の仕事では両者の境界が曖昧になることもありますが、目指す方向の違いによって、働く環境や求められる姿勢は大きく異なります。もし、物理を好きな理由が「それによって生まれる技術が面白い」からであれば、工学の道の方が楽しく感じられるかもしれません。一方、「自然の仕組みを知りたい」「物理の謎を深く考えるのが好きだ」という方は、科学者として謎解きに挑戦する道を考えてみても良いかもしれません。

— ありがとうございました。


■第17回泉萩会奨励賞
◆ 栗栖 実 さん(平成29年物理学科卒、東北大学大学院理学研究科物理学専攻 助教)
「自己生産ベシクル系の創成」

第17回泉萩会奨励賞を受賞した栗栖実さん

— 受賞おめでとうございます。まずは受賞の喜びをお聞かせください。

 このたびは泉萩会奨励賞という、これまで名だたる先輩方が受賞されてきた栄えある賞をいただき、大変光栄に思います。私は2013年の学部入学から大学院の修士・博士課程、そして助教として、一貫して東北大学の物理学科で純粋培養されてきた人間で、東北大学の物理系はもはや私のアイデンティティの一部になっています。そんな私ですから、同窓会組織である泉萩会からこのような賞をいただいたことで大変励まされたとともに、喜びもひとしおです。

— 今回の受賞対象となった研究について教えてください。

 私は生物物理学やソフトマター物理学を専門にしており、物理学の視点から生命現象にアプローチすることで、「細胞分裂して増殖する」という生命と非生命を区別する根幹的な性質が物理的にどのように説明づけられるのかに興味を持っています。細胞は生命の最小単位ではありますが、その構造は極めて複雑です。「細胞を変形させて分裂させる」という機能だけに絞ってみても、マイクロメートル単位の微小な細胞内空間で数十種類ものタンパク質の機能が時空間的に精密に制御されることで実現しています。私はそうした生命の構成要素の動きを一つ一つ分析していくという生命科学的関心よりは、複雑なものを複雑なものとしてそのまま受け入れるのではなく、そのシステムを成立させているシンプルで普遍的な原理を見出したいという物理的関心を持って生命を眺めています。
 特に私は「単純で非生命的な物質が、どのように組織化・秩序化していくことで、自己増殖するシステムである生命が現れるのか」を自らの研究課題としています。そこで私は細胞の容器である細胞膜に着目しました。そしてこの「空っぽの細胞」であるモデル膜に対し、何を搭載して何を実現していけば、細胞らしい最低限の性質が現れてくるのかというボトムアップな実験のアプローチで研究に取り組んでいます。当然、物理学の範疇の実験技術だけでは自分が望む実験系を設計・構築できません。そこで国外の化学系研究者との共同研究や留学などを経て、さまざまな手法や知見を取り入れながら、自己生産する膜ベースの「人工細胞系」を構築してきました。これまでに、系の外部からの継続的な物質供給に伴い、4・5世代程度自己生産する人工細胞系の構築に成功するという成果をあげてきました。今後も実験系物理の立場から、今回受賞となった研究に限らずさまざまなアプローチで生命とは何かに挑んでいく所存です。

— これからの抱負について、お聞かせください。

 これまで学部から助教まで13年あまりに渡り東北大物理系にお世話になってきましたが、2025年12月からは九州大学物理の別の研究室で助教として研究することになりました。私はこれまで細胞という構造に対して膜ベースのアプローチを取ってきましたが、九州大学の次の所属先は細胞の中身(細胞質)の物性研究で世界をリードしています。これまで私が得意としてきた「細胞のガワ」の物理に対し、新たに「細胞の中身」の物理の知見を組み合わせることで、将来的に「細胞構造全体」を生物物理学やソフトマター物理の立場からボトムアップに記述し、説明づけていきたいです。そして、生命という物質の特異的な存在様式が、自然界の他の物質系に対してどう特殊なのかを理解する、物理学の新しい世界観を探究していきたいです。

— 最後に、中高生も含めた若い世代へメッセージをお願いします。

 大学入試に至る過酷な勉強生活では、多くの場合で「試験の点数」という一軸の評価で自分の人生が左右されてきます。学部での単位取得やコース選択も、まだしばらくその一軸評価が続くでしょう。そしてそうした一軸評価の世界にいると、その一軸の中での頑張りや成果次第で、自分の人生をある程度コントロールできるのだと錯覚してしまうのではないでしょうか。
 しかし、就職活動をしてみたり、研究を始めたりすると、世の中は一軸だけで評価され・成果が出るのではなく、実はものすごく多次元の世界で、何によって自分が評価されて何によって成果を生み出せるのか、その全貌をとても把握しきれないことに気づくと思います。その意味で、就職活動や研究を始めると、自分の人生というのは自分ではとてもコントロール出来ないことに気がつきます。そんな多次元の世界で大事になってくるのは、「誠実さ」ではないでしょうか。自分が思いもよらない日常の一コマが、実は他者から自分への評価軸だったりします。こんな些細なことと思っていた実験の一作業が、実は本質的な結果を左右する要素だったりします。人との関係について、研究について、ぜひ誠実であることを大事にして、この多次元の世界で活躍されていってほしいと思います。

— ありがとうございました。